第71話 タジャ商会のヤトゥさんが、カリスマグルメレポーターだった件
お待たせいたしました。
今回少し尾籠な表現がございます。
今日のお食事にカレーを予定しておられる方はご注意くださいませ。
「うぅ……確かに良い香りはするのだけれど」
「おい、ハジメぇ、こりゃあぁ……」
「ハジメさん……いい香りなんですけれど、これは……。いえ、作るのをお手伝いしていましたから、これがれっきとした食べ物であることは分かってるんですけど……」
「わたしも始めっからおてつだいしてたからこれが食べ物だってわかってるけど……。ウエェ……、ハジメぇ、わたし、わたしぃ……」
「使徒ハジメ様、お気に触ったことが有ったのなら、幾重にもお詫び申し上げます。どうかせめて、子供たちの分だけでも……」
「我が主ミリュヘよ……私にこの試練をお与えいただきありがとうございます」
「ハジメ様お赦しを……」
「へえ、ウチの船員共が作ったのは随分と趣が違うねぇ」
この世界に転生してきて初めて作ったカレーは、我ながら渾身の一皿とも言える出来だった。
が、テーブルに並べたそれを見たとたん、僕とタジャ商会のヤトゥさん以外は顔を引きつらせ凍ったように固まっていた。
よくよく目を凝らすとかすかに震えてもいるようだ。
「ハジメさま、ミーシャよいこにしますからこれをたべろなんていわないで」
「ハジメ様、SSSきゅうぼうけんしゃがとまるやどだなんてうそいってごめんなさい。ばつならあたしがひとりでぜんぶうけますから、みんなのことはゆるしてください」
孤児たちの中で一番小さなミーシャちゃんはべそをかいている。
僕たちを騙してここまで連れてきたエーリャちゃんも目に涙を浮かべて僕に赦しを乞いている。
「みんな、どうしたんですか? 僕は誰にも怒ってなんかいませんよ。それより、冷めないうちに食べましょう。みんな匙の使い方は知ってますよね。さあ!」
僕はみんなに先駆け、スプーンを手に取る。
みんなも匙を手に取ったが、それをカレーに突っ込むことはしないで、ひたすらカレーを盛った皿を見つめるばかりだ。
なんでだかはわからないが、ヴィオレお嬢様、サラお嬢様やルーデルにリュドミラ、そしてにミリュヘ教会のみんなは、カレーレイスにドン引きしているのだった。
「はぁん、匙で食べるのかい? ウチの船員たちは、現地で教わったとおりに手で食べてるよ。うん、匙で食べるほうが手が汚れなくていいねぇ」
たしかに、ヤトゥさんからもらったあのレシピ通りに作ったカレーを日常的に食べている人々なら手で食べるのが当たり前だろう。
だが、今日、僕が作ったのはヤトゥさんからもらったレシピのカレーではない。
小麦粉とカレー粉でルーを仕立てたいわゆる日本のカレーだ。
通常ならルーをのばすのにコンソメを使うところだが、今回はストックしてあったヒュージボア骨スープとタジャ商会がはるか東方から買い付けてきた鰹節で煮出した鰹出汁の混合スープを使い蕎麦屋のカレー風に仕上がっている。
コメも、今日、ヤトゥさんから買ったものじゃなくて、以前にヤトゥさんから買った米俵のコメを使っている。
具は今日市場で買ってきた玉ねぎ人参じゃがいもと、唇で噛みちぎれるくらいホロホロに煮込んだワイヴァーンのバラ肉だ。
「おおッ! この肉がワイヴァーンの肉だね。 ハジメちゃん、あたしゃもう我慢出来ないよ! 先にいただいちゃうよッ!」
そう言ってヤトゥさんが匙をカレーに突撃させようとしたその瞬間。
「うへえ。おばちゃん、ビチ○ソ食うつもりかよ!」
と、孤児の男の子がツッコミを入れたのだった。
「こ、こら! マックス! なんて事を!」
慌ててシスターダーシャがマックス少年を叱りつける。
「かかかかッ! そうかい、そうかい。そうだねぇ。こりゃ確かにそう見えるねぇ。かく言うあたしもウチの船員たちが作ったのを初めて見たときにゃ、そう思ったもんさね。けどね、ボウズ、これはれっきとした食べ物だよ。しかも、癖になるくらい美味しいんだ。ボウズが今言ったもんじゃぁ、絶対ない。この、タジャ商会のヤトゥが保証するよ! だから、安心してお食べ」
ヤトゥさんが呵呵と笑う。
そうか、さっきからみんながドン引きしていたのは、カレーが下痢のウ○コに見えていたからか!
これには困った。
一度そういうふうに見えてしまったら、その思い込みを拭い去ることはなかなかに難しい。
そう思い込んでしまったら、味だって脳が勝手に改変してしまうかもしれない。
僕は心の中で頭を抱える。
「へえ、そーか『迷宮の美食家』ヤトゥ・ヴィーテルドゥムがそう言うんならまちがいないな」
「そうね、『迷宮の美食家』が美味しいっていうのなら、間違いないと思うのだけれど」
そう言ってルーデルとリュドミラがスプーンを手に取った。
え? みんながウ○コにしか見えないと認識しているものをヤトゥさんが食べ物だと保証しただけで、食べようと思えるものなの?
てか、今更ですけど、ヤトゥさんも二つ名持ちだったんですか?
「なんだって? あんた、あのヤトゥ・ヴィーテルドゥムなのかい?」
シスターダーシャが目を見開く。
「あのかどうかは知らないけど、ヤトゥ・ヴィーテルドゥムはあたしだねぇ」
ヤトゥさんがシスターダーシャに不敵な微笑みを向けた。
「あ、あたし、『迷宮の御馳走』シリーズ全巻持ってます!」
シスターツェツィーリアがヤトゥさんが著したらしい本の書名を叫ぶ。
「わ、私も読みました。ツェツィーリアとは寄宿の同室だったので。あの本は学僧のときの心の支えでした。神職学校卒業したら、絶対冒険者になってこの本に書いてあるもの全部食べようって思ってました」
「ええ、あの本があったから、あたし、あのパサパサのパンと豆だけの食事に耐えられたんです。後でサインください!」
シスターツェツィーリアとシスターイェンナがアイドルに遭遇した女子中学生のように頬を染めた。
子供たちが見てますから、そういう表情は控えたほうがいいんじゃないだろうか。と、いう僕の心配を他所に、若いシスター二人はキャイキャイとはしゃいでいる。
「ええっ! 『めいきゅうのびしょくか』なのおばちゃん」
「『めいきゅうのびしょくか』が美味しいって言ったものは、ぜったいにおいしいんだってきいたことあるよ!」
「なら、この、かれーってたべものがおいしいってこと?」
「そうにきまってんじゃん! 『迷宮の美食家』がおいしいって言ったもんがまずかったなんて聞いたこと無いや!」
とたんにみんなの目の色が目に見えて変わっていった。
どうやらヤトゥさんは、この国で知らない者がいないくらいのカリスマグルメレポーターだったようだ。
「ぐびりっ!」
僕の隣から唾を飲み込む音が聞こえる。
「んはぁ……いい匂い……」
「ああん、おなかがきゅんきゅんするぅ!」
お嬢様方の瞳も獲物を狩るときの大型肉食獣のように輝き出した。
見回すと、みんなの目の色もあからさまに変わっていた。
グルメレポーター侮るまじだな。
18/12/18
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