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転生グルマン! 異世界食材を食い尽くせ  作者: 茅野平兵朗
第1章 ラーメン王に俺はなる! の巻
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第15話 あっという間に無一文。夕べの餃子が最後の晩餐?

少し長めです

「これは早急に何とかしないとな」

 僕はベーコンと目玉焼き、にサラダ、パン、そして、果汁という朝食を、みんなと一緒に食べながら、つぶやいた。夕べと同じように、車座で、みんなはパンを齧り、ベーコンを噛み切っている。

 返す返すも醤油が欲しい。

 それにしても、こっちの世界のパンは、やたらに酸っぱくて固い。カワサキパンのバブルソフトが恋しいなぁ。

「なにを…、ですか? ハジメさん」

 ヴィオレお嬢様が果汁のツボを僕に差し向けながら、問いかけてくる。

「ああ、テーブルとイス、それからベッドを早急になんとかしないとなって」

 背伸びをしながら答える。

「さすがに、お屋敷の中でキャンプ生活は……ね」

 片目を閉じる。俗に言うウィンクだ。うわ、自分でやってなんだけどキモイ。ゾワリと悪寒に震える。

「そうね、食卓とイス、食器に調理道具、寝台と照明器具。とりあえずそれくらいは用意しないといけないと思うのだけれど」

 リュドミラがパンを齧りながら相槌を打つ。

「サラもベッドで寝たいよなぁ!」

 ルーデルがサラの頭を撫でながら犬歯が目立つ歯を見せて笑った。

「わたし、みんなと一緒なら、このままでいいな。キャラバンみたいで楽しいんだもの」

 サラお嬢様は、生活を豊かにすることに若干の不安があるようだ。

「ほえええ…………」

 エフィさんは、夕べ食後に、僕が女神イフェに名前と命を貰ったときのことを話してからこっち、心がどこかへ行ってしまって、帰ってこない。

「えへ、えへへ、ほえ、ほええええ……」

 時折えへらえへらと笑い、空気中の何者かと短い会話をしては、また、放心するといったことを、夕べから繰り返している。

「大丈夫よ、神職は時折こうして神や、精霊と交信するものなの。じきに元に戻ると思うのだけれど」

 果汁を飲み干して、ヴィオレお嬢様から果汁のツボを受け取りながら、リュドミラが僕を安心させるように微笑んだ。

「そういうものなんだ……」

 元いた世界じゃ、これは、イエロー・ピーポーレベルだ。

 ああ、そうそう、イフェ様への毎朝の挨拶は、この世界に転生してからこっち、欠かしていない。今朝も寝所の一角でイフェ様に朝一番の水と感謝の祈りを捧げた。

 ちなみに、僕が寝所として使わせていただいているのは、ゼーゼマン家の使用人が起居していた大部屋だ。昨日までは僕のような解放奴隷を含む七人の召使が寝起きを共にしていた。

 そうだ、あとで、エフィさんが戻ってきたら正しいイフェ様の祭り方を教わろう。

「ん? あれ?」

 なにかが引っかかる。

 それは、エフィさんが現れたときから感じていた違和感だった。僕が女神イフェ様とこっちの世界に来たときに、イフェ様がおっしゃっていたことだったと思うんだけど、なんだったっけ?

「いずれにしても、お父様の埋葬を終えてからにしましょう」

 ヴィオレッタお嬢様が、会話の尾を畳んで、朝食が終わる。

「ほええええ…………」

 今日の主役の僧侶がこの状況で、きちんと実施できるかどうか不安なので、早く帰ってきて欲しい。

「ほえええええ…………」

 僕と女神イフェとの邂逅の話が、おそらくは超一流の旅僧で、位階もずいぶん上位であろうエフィさんをここまで骨抜きにするとは……。

「エフィさん、大丈夫ですか? ゼーゼマンさんの埋葬……」

 僕は、おそるおそる尋ねてみる。

「うあっ! は、はいっ! 大丈夫ですっ! ハジメ様っ!」

 ハッとして、エフィさんは樽から飛び出す海賊のように、姿勢を正し、僕にわざとらしく爽やかな笑顔を向けてくれる。

「大丈夫ならいいんです。ってか、ハジメ様ってのやめてくれません?」

 エフィさんは夕べから僕のことをハジメ様と呼称し始めたのだった。

「ああ、なにをおっしゃいますのやら! もったいのおございます!」

 今にも昨日みたいに土下座しそうな勢いだ。

 当初、エフィさんは僕のことを台下とかいう尊称で呼んでくれてたけど、それは、あんまりにも恐れ多いんで僕は恐縮してしまった。

 台下って、たしか、ものすごい高僧の尊称で、日本国政府ではローマ教皇に対して台下という尊称を公式に使用していたはずだ。

 奇跡の体現者にそんな不遜な態度はとれませんと、ごねるエフィさんを相手に粘り強く、値下げ交渉を行った結果、なんとか「様」までの値下げが実現したのだった。

「この、生命の女神教団独立遊撃枢機卿エフィ・ドゥ・ルグ、身命を賭して、務めさせていただきます!」

 エフィさんが拳を胸に当てて、意気込む。

「ああ、もっと、楽にやってくれても……」

 いや、ゼーゼマンさんのお葬式だから、ヴィオレッタお嬢様ならともかく、僕がそんなことを言うのはスジじゃないけど……。

 ヴィオレッタお嬢様のほうを見ると、お嬢様も苦笑しておられる。

 ってか、エフィさんあなた、枢機卿なんてものすごい高位の僧侶だったんですね。

 しかも、なにやら物騒な接頭語がついてるし。

「はあ、困った……」

 僕は密かにため息をついたのだった。


 食後、僕たちはゼーゼマンさんが入ったお棺を荷馬車に載せて、墓地に向かう。

 途中、役場によって、死亡届を出し、埋葬許可証を貰う。

 町外れの墓地に着いた僕らは、墓守に正規の料金よりも少しだけ上乗で金貨を払う。上乗せ分は、ダイレクトな墓守の収入…つまり、チップだ……になるから、墓守のやる気も違ってくる。きれいに丁寧に深い墓穴を掘ってくれたのだった。

 ここでケチると、墓穴が浅いものになったりする。そうすると、魔物や野犬が掘り返して遺体がえらいことになるらしい。エフィさんが、教えてくれていた。


「生命の女神イフェより、大地母神ルーティエに務めを終えた器をお返しいたします。このものの死に祝福をそしてまた、このものを苗床に育まれる命に祝福を!」

 エフィさんの声が朗々と墓場に響く。

 腰の短剣を抜き放ち、空を切りながら、よく聞き取れない言語でお経のようなものを唱え始める。

 ひとしきり短剣で空を切り刻んで、エフィさんは短剣を鞘に納める。

 チーン! っという仏壇の鐘みたいな音が響く。

 そして、小さなハンドベルを取り出して鳴らしながら、再び聞き取れない言語の呪文みたいなものを唱え始めた。

 それは、歌のようでもあり、お経のようでもある不思議な旋律の美しい音声だった。ぼくはその歌声に呆然と聞き惚れてしまう。お葬式なのに不謹慎なことだとは思うが、エフィさんの声が美しすぎて、聞き惚れずにいられなかった。

「ハジメさんは、これも忘れているのですね」

 ヴィオレッタお嬢様が少し悲しそうな表情をする。いや、お父さんのお葬式なのだから悲しいのは当たり前だけど……。

「すみません、あまりにもきれいな歌声なので……」

 僕は自分の不謹慎さにうなだれる」

「いいのよ、聞き惚れても。これはそういうものなのだから。この大陸西方で行われる埋葬の儀で唱えられる、各派共通の鎮魂呪文よ。そうね、故人の命への賛歌ね」

 リュドミラのフォローに僕は安堵してホッとため息をついた。


 やがて、エフィさんの弔いの呪文をBGMにお嬢様たちがシャベルでひとすくいずつ棺に土をかぶせ、リュドミラ、そしてルーデルとシャベルが渡る。

 最後に僕にシャベルを差し出され。僕もゼーゼマンさんの棺に土をかぶせた。

 全員が土をかぶせたあと、墓守が残土を穴にもどし、完全に墓穴が埋まる。

 そして……、ぱあぁん! と、鉄砲でも撃ったような破裂音があたりに響いた。

 それは、エフィさんが両手を打った拍手だった。

「全ては成りました。これで、ヨハン・ゼーゼマンさんの死は、生命の女神イフェと大地母神ルーティエに祝福され、その魂は完全にこれまでの器から放たれました。そして、次の命へとその魂を紡いで行くことでしょう」

 そうエフィさんが言って、ゼーゼマンさんの死が終わったことを告げる。

 ドサリと何かが落ちたような音がした。

 ヴィオレッタお嬢様が、そして、サラお嬢様が、糸が切れた人形のようにその場にへたり込んだのだった。

「ああああああっ!」

「うわああああああああっ!」

 涙を滝のように滂沱し、お二人は当たりかまわず大声で泣いた。

 だがその泣き顔は不思議なことに笑っているようにも見えた。

 その泣き声は、悲しみだけの泣き声というには、違和感があった。僕にはその泣き声が、同時に歓喜の声にも聞こえたのだった。

 父親が死んで喜んでいるわけではない。僕じゃないんだから。

 その死が女神たちに祝福され、その死が、新たな門出であることを喜んでいたように思えた。

 僕は、ヨハンゼーゼマンという人は、本当によい親だったんだなと、少しだけうらやましかった。


「ヨハンさんのお弔いは、終わられましか?」

 ゼーゼマンさんのお墓から墓地の入り口に戻ってきた僕たちを待っていた人がいた。

 痩せ型で髪の毛を丁寧になでつけた上品で柔和な感じの人だったが、その目には油断がならないと思わせるのに十分な裏腹さを漂わせていた。

「シャイロックさん……」

 ヴィオレッタお嬢様が、その人の名を呼んだ。

「ヨハンさんがお亡くなりになったと聞きまして……」

 だが、この雰囲気は、葬式に参列に来た雰囲気じゃない。

 どちらかというと、昨日、ゼーゼマン商会からありとあらゆるものを持って行った蝗どもに近い。

「商人ギルドのやり手トレーダー、アロン・シャイロック。禿鷹シャイロックっていう方が通りがいいわ」

 ルーデルとリュドミラが身構え、サラお嬢様は僕の後ろに隠れた。

 ああ、つまりそういう人だこの人は……。

「あの、シャイロックさん、今日はどんな……」

「まずは、ヴィオレッタさんにサラさん、このたびは誠にご愁傷さまでございます。商人ギルドを代表いたしまして、おくやみを申しあげます。さて……」

 シャイロックさんが一枚の紙をヴィオレッタお嬢様に手渡す。

「そんな……」

 ヴィオレッタお嬢様の膝がかくりと折れる。ルーデルがそれを抱きとめた。

「どうでしょうか……」

「そんな……、もう、おわかりでしょう。私たちには、もう、何もありません」

 眉を顰め、ヴィオレッタお嬢様はシャイロックさんを睨む。

「ヴィオレッタお嬢様……」

 僕の呼びかけにヴィオレッタお嬢様は、気丈に振舞う。

「なんでもありません。ただ……」

「ただ?」

 僕は聞き返す。

「ただ、今皆さんがおいでになっておられる。屋敷を引き払っていただかなくてはいけなくなった次第です」

 シャイロックさんが慇懃に告げる。

 ゼーゼマンさん! 昨日債権者の皆さんが来たときに、お屋敷が売れればとか何とかいってなかった? とっくの昔に抵当つけられてたんじゃないよ! 抵当のこと忘れてたの?

「じつは、みなさんがおいでの屋敷の土地なのですが、先代ゼーゼマン様が借地された物件でございまして、なにぶん四十年も前の契約でして、このことは、ヨハンさんもご存じなかったようなのです。借地料も四十年分先払いされておられましたし」

 ゼーゼマンさんが亡くなったこのタイミングで、借地権が切れたってことか。イヤハヤだ。

「あの……ちなみに借地料っていくらなんでしょうか」

 おそるおそる聞いてみる。

「あなたは……ああ、ニンレーの奴隷市場で、ヴィオレッタ様たちを王都のネコチェルン一家と競って金貨二万枚で落札した……」

 すげえ、僕なんかのことを知っているぞこの人。

「さらにさらに、そのあと、セスアルボイ亭で、奴隷の入店を断られ、その場で四人の奴隷の契約解除をしてのけたとか。この、ヴェルモンの街ではけっこうな評判になってますよ。ええ……とハジメさんでしたか。さて、お伺いの借地代ですが、残念なことに、地主が買取を希望されておられまして、その金額は金貨三千枚なのです。手付け金を一割をいただければ、一月の間、取置きさせていただきますが?」

 こいつ、誘ってやがる。お嬢様方に二万枚もの金貨を出した俺が、三千枚くらい造作もなく出すだろうと思ってやがる。

「いけません、ハジメさん!」

 ヴィオレッタお嬢様が叫ぶ。

 俺は振り向いて、俺よりも頭二つ低い場所にある瞳に目線を下げる。

「サラ、あのお屋敷に住んでいたいかい?」

 サラお嬢様は、首を振って即答する。

「ううん、ハジメ! わたし、みんなといっしょならどこでもいい」

 ヴィオレッタお嬢様の顔はほっと安堵の色を浮かべる。

「わかった」

 俺は踵を返して、幌がかかっている馬車の荷台に上がる。シャイロックにマジックバッグを見られたくないからだ。

「ハジメさん?」

「ハジメ?」

 お嬢様方は俺が何をしようとしているのか分からないといった風な声で、俺を呼ぶ。

 馬車から降りた俺は、シャイロックに金貨の麻袋を突き出す。

「手付けだ。確認してくれ。あの屋敷は俺が買う」

 シャイロックの目が俺をスキャナーのように値踏みする。

「いいでしょう。手付金をお預かりいたします。すぐにギルドで念書を製作してこの街のどこにおられてもそこにお届けいたします」

 シャイロックが踵を返し自分の馬車に向かう。

「確認しないのか?」

 俺の問いかけにシャイロックは顔だけ振り向いて答える。

「私はね、ハジメさん。あなたみたいな方が一番信用も信頼もできると思っているんですよ。ですから、そんなあなたが金貨三百枚くらいごまかすとは思えないのですよ」

 シャイロックの馬車がが見えなくなったとたん、僕は左頬に衝撃を感じる。

 ものすごい音があたりに響きわたった。

「なんてことを、なんてことを! ハジメさんあなたはご自分が何をなさったかわかっているのですか?」

 ヴィオレッタお嬢様が、涙を浮かべて俺の胸を叩きながら顔を埋める。

「ハジメ! ハジメ! わたし、お家がなくなったって、へいきなのに……」

 サラお嬢様も僕の腰を抱きしめ涙やら鼻水やらを擦り付ける。

「だからこそですよ」

 僕は、お二人を抱き寄せ答える。

「だからこそ、あの場所はお二人にとって、リューダやルー、そして僕にとって必要な場所なんです」

「だからって、だからって……私はあなたに何を返せるというの?」

 いや、別になにかを返してもらおうとか考えてないし……。

「ハジメ、ハジメ!」

 お嬢様方を抱きしめている僕の腕を包む柔らかな感触。

「うふふ、やっぱりあなたはわたしが見込んだ通り」

「うん、うん。あたしもおまえならあのにやけ面に金貨叩きつけると思った」

 僕たちにケモミミっ娘さんたちが、寄り添ってくれていた。

「あの……う」

 真っ赤なローブを着た、物騒な肩書きの旅の僧侶さんが、もじもじしている。

 ヴィオレッタお嬢様が微笑み、サラお嬢様が破顔して、リュドミラとルーデルが犬歯が目立つ歯を見せて笑う。僕は腕を広げる。


 あの場所にとって必要な人が、ひとり増えたのだった。


「……で、なんですが」

 僕は、みんなに告白する。

「さっき支払った、アレで、お金はもう殆どありません」

「「「「「ええええええええええええっ!」」」」」

 残金金貨64枚が全財産だ。

 あのお屋敷を買うためには、あと、金貨約二千七百枚が必要だ。

 あと一ヶ月で二千七百枚……。いったい、どうしたらいいだろう?


16/10/13 第15話公開開始です。毎度アクセスありがとうございます。励みになります。

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