第61話 ごめんなさい
お待たせいたしました。
小一時間ほどして、クィームファミリアのチンピラが瀟洒な馬車を連れて戻ってきた。
瞬間、僕は嫌な予感に背筋に怖気が走った。僕は、その馬車をヴェルモンで見たことがあったのだった。
「マザーダーリャがご融資の一括返済をなさるというので証文を持参いたしましたが、それは本当のことなのでしょうか? 金貨一万五千枚もの大金をご用意できる方がおられるとは思いませんがねぇ」
馬車から降りてきた男の声が耳に入ってくるや、僕の怖気はいよいよ本格化して吐き気を伴ってきた。
「んん? ははぁ…。あなたですか。ミリュヘ教会の借金を肩代わりしようなんて言う酔狂な御仁は」
その男は僕を視界に入れるやまっすぐに歩み寄ってきた。
『商業ギルド』『証文』の二つの単語でこの男が出てくることを予想すべきだった。
「シャイロックさん……」
僕より先にその男の名を呟いたのはヴィオレッタお嬢様だった。
「んんん? おやぁ? 私、お嬢さんとお会いしたことございましたかねぇ? どうも、いけません。最近人の顔を覚えられなくて。まあ、商業ギルドのマスターなどをしておりますから、セレブリティであることは否めませんがねぇ。でも、お嬢さんみたいなお美しい方を忘れるはずはないですねぇ」
男は、腰をかがめてヴィオレッタお嬢様の顔を眺め、しばし黙考して「やはりわからないなぁ」と、呟き、僕に向き直る。
そいつは、痩せ型で髪の毛を丁寧になでつけた上品で柔和な感じの男だったが、その目には油断がならないと思わせるのに十分な裏腹さを漂わせていた。
「さてさて、初めまして。私、アンブール商工会議所商業ギルドの会頭イーロン・シャイロックと申します。以後お見知りおきを。私の方は忘れてしまうかも知れませんがね」
この慇懃にして無礼な物言い、間違いなくあの男だ。ヴェルモンの街の商業ギルドマスター、アロン・シャイロックだ。
「シャイロックさん、お仕事をお願いしますよ」
ジョアンがだぶついた肉を揺らしてシャイロックに駆け寄る。
「ああ、はいはい、クィームさん。では、始めましょうか。ええ、とそちらの男の方がマザーダーリャに代わって教会の建物敷地を担保にクィーム商会から融資された元本金貨七千五百枚と十年分の利子金貨七千五百枚をお支払いくださるわけですね」
僕は頷く。
「では、さっそくですが、確認させていただきましょうか」
シャイロックが秤を取り出した。
僕は馬車に乗り込み、マジックバッグから金貨百枚入りの袋百四十九個を取り出す。
「確認してくれ」
ドサドサと地面に金貨の袋を投げ出す。
「はい、畏まりました」
そう言ってシャイロックが指を鳴らすと、シャイロックの馬車の陰から何人かの使用人と思われる男たちが現れ、金貨袋の中身を確かめ始める。
全ての袋の中身を確認して男たちが引いたあと、シャイロックがおもむろに秤で袋の重さを計ってゆく。
そして、全ての金貨の袋の重さを確認して宣言した。
「確かに、金貨百枚位入りの袋百五十個、確認いたしました。こちらが、証文になります。お収めください」
僕はシャイロックからミリュヘ教アンブール教会の土地建物を担保にした金貨七千五百枚の借用証書を受け取り、すかさず問いかける。
「これで、教会の建物と敷地を担保にした借金は無くなったんですね」
「はい、これできれいさっぱりとマザーダーリャがご返済を引き継いだご融資は消滅いたしました。この教会の土地建物に対する抵当権は消滅いたしました」
「本当ですね、後で、別の借金が出て来るとかナシですよ」
「はい、このイーロン・シャイロック。アンブール商工会議所の名誉にかけて証しましょう。ミリュヘ教アンブール教会の借財は一切消滅したと!」
シャイロックが慇懃に腰を折る。
僕はそれを確認して、サラお嬢様にウィンクをする。
「わかったハジメ!」
サラお嬢様が指を弾くと僕の手にあった借金の証文が勢いよく燃えだした。
「ふふふ、非常に優秀な魔法使いさんがおいでのようですね。ああ、そうだ、あなたのお名前をお伺いしても? すこぶるつきにお人好しの冒険者殿?」
僕はシャイロックに向かって名を告げる。
「ヴェルモンの街の冒険者、ハジメだ」
イーロン・シャイロックの糸のような目がカッと開いて僕を捉える。
「ああ、ああ、君がそうですか! 兄から聞いています。バカが付くほどのお人好しに出会ったってね。そうですか、君でしたか。いやあ、聞きしに勝るお人好しっぷりですねぇ。恐れ入りましてございます。では、また、何かございましたら、商工会議所の私をお尋ね下さいませ。ではこれにて!」
借金の返済の仲介を終えて、シャイロックは再び瀟洒な馬車の人となる。
シャイロックの馬車を見送って、僕はジョアンに向き直る。
「さあ、これで、この教会にあんたたちの用はなくなったよな。とっとと消えてくれないか? 僕たちはこれから夕飯なんだ」
ジョアンは歯噛みして、地面を躙る。
「く、くそ、これで……」
「終わりでしょ? もう、借金はないわけだから」
「あははははは、消えな。テメーの負けだ。あんまりしつこくしてっとウチのリーダーは容赦ねーぞ。テメーを背開きにするくらいお茶の子だからな!」
ルーデルが、犬歯を見せて口角を吊り上げる。
背開きって……君が僕を投げつけた結果だと思うんだけどね。
「早くお家にお帰りなさいな。でないと、あなたの命で滞在費を払うことになるわね」
リュドミラが追い打ちをかけるようにジョアンに微笑みかける。
「クソッ! 覚えてろ! この街の支配者が誰なのか、骨身に解らせてやるからな!」
テンプレの雑魚の遠吠えを残して、ジョアンたちクィームファミリアが引き上げてゆく。
僕が支払った金貨はしっかりと持っていった。
「使徒様、生命の女神の使徒ハジメ様!」
マザーダーリャがまろびつつ僕に駆け寄ってくる、とても目が不自由な人とは思えない。
彼女が言いたいことのほぼほぼは分かっている。
だから僕は彼女が口を開く前に言ってしまうことにした。
「お嬢様、アインさんの遺産、使っちゃいました。ごめんなさい」
18/11/10
第61話 ごめんなさい
の公開を開始しました。
毎度ご愛読誠にありがとうございます。




