第59話 僕は冥界の主宰神のおやつ番
お待たせいたしました。
「おいおい、こんなとこでおっぱじめようってか? ダーシェンカ。しかしすげえな、それ、人族のくせによお」
マザーダーリャの背中から立ち上がった青白い炎のようなオーラがゆらゆらと揺れている。
こんな状況じゃなきゃ、さぞかし美しい眺めだったろう。
「まあまあ、あなた、その齢でまだそんなにイケるの? 人族やめたのかしら? ダーシェンカ」
「ハナから人間辞めてるあんたらに言われたかないね!」
何処から取り出したのか、シスターダーリャの手には、二メートルほどの棒が握られていた。
カァンッ!
と、その棒が地面を一打ちしたかと思うと、意思を持った生き物のようにシスターの周りでブンブンと飛び回っている。
いや、シスターダーリャが、目にも留まらないスピードでぶん回していたのだった。
「ここであたしと逢った己の不運を嘆け! 今日こそ決着付けてやる!」
ああ、もう、ルーデルとリュドミラは、どうしてこう行く先々でトラブルになるのか。
てか、トラブルがネギ背負ってやって来る感じだ。
「SSS級冒険者なんてやってんとな、年がら年中こんな感じなんだよ」
「そうね、常に世界中の腕自慢に狙われ続けてるっていえばわかるかしら?」
ルーデルとリュドミラが、僕の心の中の問いに答えてくれる。
おお、それも、SSS級冒険者様の能力なのか!
「バカお言いじゃないよ! あんたたちはそこいら中からいらない恨み買ってるだけじゃないか! シムナにおっかぶせた借金、返してやったのかい! 〆て金貨百三十三枚と銀貨四枚に銅貨八枚!」
マザーダーリャの鋭い突きが、ルーデルの喉元を襲う。
ガンッ!
ルーデルが自分のマジックバッグから取り出した盾で辛うじてその突きを防いだ。
ようにみえたけどマジか? ルーデルが辛うじて防ぐなんて。
「お前マジで人ヤメたろ。何だこの突きは」
「人はな鍛練次第でどうとでもなるんだよ。覚えときなッ!」
今度はルーデルの足元を風のように棒が薙ぐ。
手元と先端の速度差のせいでものすごくしなっている。
横薙ぎを放ったマザーダーリャが背中を見せているのに、棒の先端はまだルーデルの足元だ。
くるりと一回転したマザーダーリャが棒をすくい上げる。
それまでルーデルの足元を薙いでいた棒の先端が鞭のようにルーデルの股下を這い上がる。
ガァンッ!
再びルーデルの盾が棒を防いだ。
ルーデルは、盾に乗っかった形だ。
「シムナに払ってもらった金貨百三十三枚と銀貨四枚に銅貨八枚なら、こないだ耳を揃えて返したのだけれど」
「そこにいる、使徒様が気前よく払ってくれたのさ」
額から一筋汗を垂らしたルーデルが犬歯を見せてマザーダーリャに笑いかけた。
「なんだって? 本当ですか使徒様! こんなやつばらの借金を肩代わりなさったのですか?」
マザーダーリャが、僕の方を向いて抗議してくる。
「ええ、まあ、半ば成り行きで……」
僕は、マザーダーリャに答える。
「嘘ではありません。マザーダーリャ!」
「うん、ほんとうだよ! ルーとリューダの借金、ハジメがマスターシムナに払ったんだよ」
「僕が壊したログクリスタルの分も併せてですけどね」
「だから、あなたは、そんな物騒なものをわたしたちに向けなくてもいいってわけ」
僕らの声にマザーダーリャは棒を収め、自分の脇に立てる。
そして、優雅に僧服を翻し僕の前にやって来て棒を背に控えて跪いた。
「我が友の不始末の尻ぬぐいなど、畏くも勿体なく、いかな感謝の言葉を並べようともこの気持あらわしきれませぬ。ただただ。頭を垂れ、跪くのみでございます」
いや、僕にとってはあなたのその態度の方が畏くも勿体無いんですけど!
「ん? んんんん~~~~~~ッ!」
突如、マザーダーリャががばっと頭を上げて、ヴィオレッタお嬢様を盲た目で見つめる。
「リジエ! その気配はクリザンテ・ヴィシニェフスキの娘スリジエ! スリジエ・ヒルデガルダ・ヴィシニェフスキ!」
ヴィオレッタお嬢様が、跪き、マザーダーリャの手を取る。
「マザーダーリャ、スリジエは母です。このサラを産んで、十二年前にヴェルモンで亡くなりました」
「なんと、身罷られておられましたか」
「マザーダーリャ。母のこと教えてくださいますか? わたし、母のことほとんど知らないの」
サラお嬢様も跪き、マザーダーリャの手にその小さな手を重ねる。
「はい、お嬢様。この、ダーリャ、知る限りのことをお話しましょう。王都の華と謳われたスリジエ様のことを。ですが、その前に、ヴィオレッタ様、サラ様にひとつお許し頂きたいことがございます」
「はい?」
僕はピンと来た。これはフラグだ。
「マザーダーリャ。それは、誰も許しはしないよ。あなたは父をなくしてまだ数ヶ月にもなっていないスリジエさんのお嬢様に、新しい悲しみを負わせるつもりですか?」
ハッとしてマザーダーリャは僕を振り向く。
「ですが、私はお側にお仕えしながら守り切れなかったのです」
「愚王の親衛隊相手に単騎奮闘されたのでしょう?」
「でも……」
「それ以上は誰も望みません。立派でしたよマザーダーリャ。誰が認めずとも、僕が認めます。生命の女神イフェの第一の使徒にして、冥界の主宰神ミリュヘ様のおやつ番の僕があなたを赦します」
マザーダーリャがひれ伏した。
「おおおお、なんという友愛の波動。子どもたち、私の盲た目の代わりに見ておくれ」
「はい、マザーダーリャ。ヴィオレッタ様はマザーがよくお話してくださるスリジエ様にそっくりなの」
「旅人の姿で、マザーの手を握っているわ」
「中指にとっても綺麗な指輪をしている」
「お母さんみたいな笑顔してる」
「サラ様もとってもかわいいのよ」
いつの間にか教会から出てきた子供たちが口々にヴィオレッタお嬢様とサラお嬢様を讃える言葉を紡いでいる。
僕の口の端も自然と綻んでいた。
「なあ、ダーシャ、終わっとくか?」
「ダーシェンカ、今日はその鉾を収めてくれるかしら?」
「ふん、しょうがないね。ヴィオレッタお譲とサラお嬢の前での刃傷沙汰はご法度だ。今日のところは勘弁しといてやる。お嬢たちと使徒様に感謝しな!」
ぷいっとマザーダーリャが横を向いた。どうやら、ルーデルとリュドミラの方も丸く収まったみたいだ。
「ところで、生命の女神イフェ様の使徒様。ミリュヘ様のおやつ番とは一体……」
その問は下品で聞くに堪えない男の声に遮られた。
「あれあれぇ? なんの騒ぎかと駆け付けてみたら、これはいったいどういうことですかな?」
嘲るような声に振り返ると、手に手に得物を携えた風体の宜しくない数十人の男たちが、下卑た笑いを浮かべて屯していた。
「いやあ、マザーダーリャ。流石のお手並みです。こんな上玉を四人も……一人は好事家が狂喜しそうですな。うん、男は鉱山に送ればよい値がつくでしょう」
ああ、コイツ本当に下衆だな。
「マザーダーリャ、ひとつお聞きしたいのですが」
僕の問に被せ気味に答えが返ってきた。
「使徒様、このダーリャ、人攫いに手を染めたことなど一度たりともございませぬ。考えたこともございませぬ。子供たちに正しき道を説けませぬ」
「大変結構です」
僕は愚連隊に向かって手を指し示し声を上げる。
「ルー! リューダ! 出番だ!」
18/11/06
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