第14話 なるほど、餃子はそれを知らない人が見るとミートパイに見えるのか!
おまたせいたしました!
「じゃあ、まず、お手本を見せるから、真似してみてください」
匙で皮に具を載せ、パンにバターを塗るように延ばす。このとき、具の分量は少ないんじゃね? って思うくらいが実は丁度よかったりする。
丁度いいと思うような分量は、包む際にはみ出しや皮の破れに繋がったりする。
餃子を作る上で、具の分量は侮ってはいけない。
「二つに折って、ほんの少し水をつけて、こんな風に襞を寄せながら閉じていきまーす」
餃子製作の最難関、包みにはいろんなやり方があるが、僕は手前側で襞を寄せて閉じる方法をゆっくりとやってみせる。
「できた! ねえ、ハジメこれでいい?」
背丈が小さい分、手も小さいサラお嬢様が、実に器用に包みをしてのけた。
「うん、上手です。この調子でたくさん作りましょう!」
素直にサラお嬢様の作品をほめる。餃子を包んだのが初めてとは思えないぐらいに、きれいに完成していた。
「うしッ! ハジメ! こんな感じだろ!」
以外や以外、次に包みをマスターしたのはルーデルだった。
「わたくしだって!」
そう言ったヴィオレッタお嬢様の作品は少しだけ歪な形。
「んふふふ、こういう緻密な作業は実に私向きだと思うわ」
まあ、そんなに緻密さは求めてないのだけれど、リュドミラの餃子もなかなかにきれいな出来だ。
「あれ? あれあれ? どうしてこうなるのでしょうかぁ?」
エフィさんの作は……、うん、実に個性的だ。
みんながきゃいきゃいと騒ぎながら次々に餃子を包んでゆく。
最終的に、なんと二百個オーバーの餃子が調理台の上に並んでいた。
「なるほど、これは、プチミ-トパイですね! これをオーブンで焼いて完成! ですね。なんてかわいい形のミートパイなのかしら。でも、オーブンは……」
ヴィオレッタお嬢様が、再びこの料理の完成形を予想した。お嬢様の予想した手順ではこのあとオーブンで焼くわけだが、そのオーブンは、今はこの厨房には無い。債権者に持っていかれたのだ。
「惜しいです。ヴィオレお嬢様! これは、オーブンがなくても焼きあがるミートパイなんですよ」
うん、餃子がミートパイの仲間なんていう発想は、僕には無かったが、ここは、みんなに分かりやすいのが一番だ。ヴィオレッタお嬢のお言葉に乗っかっておこう。
「うわあ! ミートパイ! ミートパイ!」
サラお嬢様がはしゃぐ。
「ほえぇ、私、こんな可愛いミートパイ初めてですよ」
エフィさんは切れ長の目をまん丸にして餃子を見つめる。
「で、このミートパイ、オーブンなしでどうやって焼くのかしら?」
リュドミラの的を射たツッコミに僕は口の端を少し上げる。
「ルー! 竃は?」
火起こしを頼んでいたルーデルに確認する。
「おう! いつでもいけるぜ!」
頼もしい答えが返ってくる。
「ようし!」
僕は雑嚢からフライパンを取り出し火にかけて、油をまわして、みんなで包んだ餃子をならべてゆく。
フライパンのふちに沿って、餃子で風車を描くように並べると、列を作って並べるよりも、一度にたくさん焼けるし、皿にも移しやすい。
ジュウジュウと皮が焼ける音が、厨房に響く。
「そしてこれ!」
小麦粉を溶いた水を、餃子の隙間を埋めるようにまんべんなくまわし入れる。
竃から火がついている薪を取り出し弱火にして、取り出した薪に灰をかけて火を消しておく。
蓋をして弱火のまま、水が概ね飛ぶまで放置。蒸し焼きにする。
水分が飛んだら今度はオリーブ油を全体にかける。ごま油じゃないのが残念だが、ないものは仕方がない。
このとき、油をかけ過ぎるとギトギトになるので、注意が必要だ。
そして、火を若干強くして、焼き色をつける。火を強くしすぎると焦げ焦げになるので、ここでも注意が必要だ。
そして……。
「第一弾完成ッ!」
フライパンに皿をかぶせ、皿ごとひっくり返す。
香ばしい食欲をそそる香りがブワッと厨房に充満する。
水溶き小麦粉から水分が飛んでお焦げになって、餃子と餃子の間に膜がはったようになる。
羽付き餃子の完成だった。
「むっは~~~~~ッ! うまそうな匂いだぜ」
ルーが涎を垂らさんばかりに、皿の上の餃子に鼻先を近づける。
「背中とお腹がくっつきそうになるような香りだわ」
「たしかに! ハーブの香りが食欲をそそります」
「私たちがキャラバンで行った限りでは、こんなミートパイは見たことないわ!」
「あーん! おなかすいたおなかすいた!」
みんなが目の色を変えて、皿の上の餃子を凝視している。視線だけで胃袋に取り込んでしまいそうだ。
「まだ熱いから、もうちょっと待ってくださいね」
リュドミラのフライパンを借りて、同時に焼き始めた第二弾も、ほんの少し遅れて完成。同じように皿に盛る。
こりゃ、冷ます時間も考えて、第三段第四弾くらいはすぐに焼き始めた方がいいかもしれないな。
熱したオーリーブ油に唐辛子を何本か入れて作っておいたラー油モドキと、ビネガーを取り皿に注ぐ。返す返すも醤油が無いのは残念だ。
さあ、最後の工程、実食だ!
……っと、その前に。
餃子を数個小皿に取って、エントランスにしつらえた祭壇に供える。
みんなでゼーゼマンさんに手を合わせ、僕はあらためてお嬢様方を救出したことを報告したのだった。
そして、厨房の隣の食堂に移り、車座になって餃子を盛った床に皿を置く。
それぞれが取皿やタンブラーを雑嚢から取り出す。
お嬢様方の雑嚢と、それに入れる食器や日用品も、服と一緒に同じ店で揃えられてよかった。
ビールの匂いがする液体が入っている樽から、黄金色に輝く液体を、みんなのタンブラーに注ぐ。やっぱりこっちはビールだったか……。確かこっちではエールっていってたな。
サラお嬢様には果汁だ。
本場ドイツではビールは室温だそうだから、これはこれで正しいのだろうが、僕はコンビニ日本でキンキンに冷えたビールを飲んでいた人間だ。いずれ、ビールの温度問題は解決しなくてはいけない。
「皆さん手はきれいにしましたか?」
「「「「「はぁい!」」」」」
たいへんよろしい。手洗いは防疫の基本ですからね。
ぼくは、絶対健康があるから大丈夫だけど、みんなは気をつけないとね。
「では、皆さんめしあがってください!」
みんなが銘々勝手に、それぞれの神様に祈りを捧げ、餃子に突撃していった。
「食べ方だけど……、そのまま食べてもいいけれど、さらに美味しくて食べるために、ビネガーをつけたり、塩コショウをふってださい」
僕は自分の食器……いつも食器代わりに使っているフライパンは餃子を焼くために供出中だ。したがって僕の皿は飯盒状の小型鍋の蓋だ……に餃子を取る。
「いただきます!」
餃子を丸々一個口の中に放り込む。じゅわっと肉汁が口の中に広がる。皮も、手作りならではのモチモチだ。
「おおうッ! うまい!」
思わず声に出してしまった。
「おぉいしいッ! ハジメ、おいしいよ!」
サラお嬢様が破顔する。
「ウマッ! これうまいぞ! ハジメ! これにはエールが合う。ピッタリだ!」
一個目を、あっという間にエールで胃袋に流しこんだルーが、二個目をほおばって、エールを満たしたタンブラーを傾ける。
「ええ、ほんとうに。エールがよくあうわ。こんな味のミートパイは初めてだわ」
リュドミラにも好評のようだ。
「ハジメさん! 私、こんな料理は初めてです。ああ、すごいこれ! おいしいッ!」
エフィさんもうっとりしている。
「ああ、このお肉と野菜のバランスが、ああん、たまらないッ! こんなミートパイがこの世にあったなんて!」
ヴィオレッタお嬢様も、エールのタンブラーをあおって餃子を流し込んだ。
そして、予想通り、あっという間に、第一弾第二弾の餃子は、エールと共にみんなの胃袋に落ちていった。
さあ、第三弾、第四弾を焼き始めよう。
16/10/12第14話 公開開始です。アクセスならびにブクマ等ありがとうございます。
16/11/10第28話との整合性を取るために改稿しました。




