第48話 王都に舞った春の吹雪
おまたせいたしました。
『愚王』ことヘルマン王を暗殺した後、クラウス王子(当時)と三人の暗殺者らは、『愚王』ヘルマンの首を王城のバルコニー掲げ、自らがヘルマン王弑逆を実行したことを集まった王都の民集の前で宣言したのだそうだ。
そして、その足で王城警衛隊の司令部に出頭して、逮捕投獄された。
クラウス王子はヘルマン王のイエスマンばかりと成り果て、腐りきっていた家臣団がすぐさまにでも自分を処刑するものだと思っていたのだそうだが、三日経ってもなにも取り調べ一つなく、さっぱり音沙汰が無いことを訝しんでいたそうだ。
食事を運んでくる衛兵に聞いても、埒ない答えが帰ってくるばかりだった。
「あのとき、我は奇妙だと思ったのだ。手枷を受けるでもなく、ただ、牢に入れられただけだったのだ。これは大罪人の扱いではないとな。それに、運ばれてくる食事は粗末だったが、戦場で兵と共に食したものと変わりがない滋養に優れたものだった。さらに、だ、驚いたことに食事に毒が入っていなかったのだ」
たしかに、クラウス様が驚いたのももっともな話だった。
普通なら、真っ先に弑逆の大罪を犯した犯人を暗殺して事の真相を隠し、事件を有耶無耶にして、王亡き後の支配者の座に着くやつの都合のいいストーリーをでっち上げるものだからな。
元の世界でも、要人の暗殺犯が更に暗殺され、その背後関係が有耶無耶になるなんてことはよくある話だった。
アメリカのケネディ大統領暗殺事件なんてそのいい例だ。
二〇三九年まで公開されない事件の資料に何が記載されていたのか? なぜ、一九六三年の事件の資料がそんな未来まで公開されることを禁じられたのか?
後ろ暗いことがなきゃそんなことしないだろ?
特に、今回みたいに王位がからんでくるとなると、王位簒奪のウルトラスーパーデラックスチャンスだ。
暗殺者を暗殺して国王を弑逆した奸賊を倒した英雄を騙ることができる。
そして、主君の敵をとった英雄は権力の座に最短距離だ。羽柴秀吉のようにね。
「我は、謀反人ではあるが、王位を望んではいなかった。ただただ、兄の愚行を止め、政を糺したかったのだ。我が、兄を弑すれば、兄王に疎まれ、王都を追われた国を想う諸臣諸侯が起ち、良王を選定することを約束してくれていたからな。我はあの牢で死ぬことに迷いはなかった」
ヘルマン王暗殺から一月近く立った後、大逆人クラウス王子は、突如牢から出され、体を清められ、白装束に着替えさせられた。
「いよいよその時が来たのだと我は思った。白装束は公開の場での処刑用の咎人の正装だからな。暗い牢獄での毒殺で闇に葬られるのではなく、刑場で衆目の中で死ぬることを我が生涯の誉れと思ったものだ。だが……」
白装束のクラウス王子は、牢番ではなく磨き抜かれた甲冑を纏った騎士に丁重に案内されて城内を進んだ。
「更に変だと我は思ったのだ。我が国における公開刑の処刑人は、たしかに華美な装いをするが、それは罪を死で贖う咎人の魂の浄化を祝うためハレの衣装であり、甲冑は身に着けない。だが、奇異なことに我を連行する処刑人どもは儀礼用と言ってもいい立派な甲冑に身を固めている。まるで近衛騎士のようだったのだ。だが、ここで何かを問おうと口を開けば、命乞いと勘違いされなねぬと我は沈黙を守った」
王城を正面の門から出たクラウス王子は農夫が御者の農耕用の馬が牽く粗末な馬車に乗せられる。
「その馬車にはな、その朝収穫したと思われる作物が満載されていたのだ。我は吹き出しそうになるのをこらえたよ。なんとヘルマン兄の愚かな行いのせいで、我が王国は、刑場へ咎人を乗せてゆく牢馬車も売っぱらってしまい、農夫を徴発してしまうほどに窮していたのかとなならば、せめてじゃがいもをのけて、我を晒す場所を作ればいいものを、作物はそのままに、我を荷台の一番後はじに座らせたのだ」
そうして、クラウス王子を乗せた馬車は王都をゆっくりと進んだ。
「今でもあのときの光景は鮮やかに思い出すことができる。死を覚悟するとな、不思議と音が聞こえなくなるのだ。一切音がない世界で、荷馬車の後ろ端で足をぶらぶらさせながら我が見ていたのは、王都中を舞う雪だった。春だったから、桜の花びらかとも思ったが、それにしては多過ぎであった。たしかに、桜の花びらの薄い紅色も混じっていたが大部分が真白な雪であった。不思議に思っている我の手に、ふと、ひとひらの雪が落ちてきた。が、落ちてきたそれは冷たくも溶けもしなかった。その雪は白布でできていたのだ。民が白布を裂き雪のように振り撒いていたのだ。我が刑死することを民がこれほどに喜んでいるのか、兄ヘルマンはそんなにも民に愛されていたのかと、我はこのとき我が行いが間違っていたのかと失望し、涙したものだ」
王都中に舞う桜の花びらと白布の吹雪の中、大逆人であるはずのクラウス王子が『連行』されたのは、刑場ではなく、大地母神神殿の大本殿だった。
「処刑役人に促され荷馬車から降りた我は、ようやくにして、我が向かっていた先が刑場ではないと気がついた。その瞬間、突如、地を揺るがしたような音がなだれ込んで来た。それが我が名を歓呼する民と騎士たち、諸臣諸侯ものだと理解するまで、我は頭の中が真っ白になり、立ち尽くしてしまっていた」
茫然自失のクラウス王子は、騎士に先導され、剣を捧げた騎士たちの列を通り抜け、大地母神教の王冠を携えた総主教が待つ祭壇に進み、促されるまま跪いたという。
「我を待っていたのは斬首の剣などではなく、王冠だったのだ」
クラウス王の目尻から、一筋の光の粒が流れ落ちた。
後から侯爵様に聞いたことだが、クラウス王子(当時)が王城から連れ出され、神殿まで荷馬車で市中を練り歩いたのは、始祖王がこっちの世界に来た日のことを再現した、戴冠式の伝統的な催しなのだそうだ。
「クラウス様が、ヘルマン様を弑し奉った後、王都とその周辺に巣食うノミ、ダニ、シラミにゴキブリそれとシロアリ共や糞尿やら汚泥やらを掃除するのに一月もかかってしまったわい。ありゃぁしんどかった」
とは、オーフェン侯爵閣下の談だ。
つまり、クラウス王子が牢に入れられたのは、国王弑逆の混乱に乗じて王位簒奪を目論む輩から、クラウス王子を保護することが目的だったのだそうだ。
そして、牢番には帰参した近衛の最精鋭をつけ警護を万全にした上で、王都を追われた忠臣や反ヘルマン王派の諸侯の一斉蜂起を決行、王都を包囲して『愚王』の配下を排除、王都内の『腐敗物』を掃除して、クラウス王子の王位継承を問う国民投票を実施し、全国民の九割以上の支持を得たのだと、オーフェン侯爵はオルヴィエート村特産の高級蒸留酒をチビリと舐めた。
「そうでもせんと、この頑固者陛下は、死ぬと言って聞かなかったろうからのう」
再びチビリと蒸留酒を舐め、侯爵が懐かしむように目を細めた。
「そうか、本当によくやったなクラウス、マーニ! きょうから、お前らは泥んこや鼻水から脱皮だな」
「そうね、ちゃんと、名前で呼んであげるわ。ああ、マーニは、ディアブロルージュのほうがいいかしら? ヴェルモンではニーナの手前そう呼んであげていたのだけれど」
ルーデルが国王様と大貴族の首を抱えて犬歯をむき出しにして笑い、リュドミラは、小首をかしげ微笑んで、僕に意味ありげな視線を投げてよこした。
「うん、わかった」
僕はマジックバッグから、今朝搾って壜に詰めた『妖精王の戦舞』を取り出す。
「おう、ハジメ気が利くな、それがいい。それは、こいつらをムチャクチャに祝ってやりたい今の気分にぴったりだ」
更に陶製の大サイズのショットグラス(つまりは大きめのお猪口だ)を取り出し『妖精王の戦舞』をなみなみと注ぐ。
「おお、ハジメ殿それは……!」
「なんと強く酒精が香ることか! 熟した瓜のような甘く芳醇な匂いも素晴らしい。それは、本当に酒か? 我は、そのような酒を知らぬぞ!」
「かかかかッ! クラウスぅ、こいつはな『妖精王の戦舞』っていうんだぜ覚えときな」
「ハジメが作ったのよ。特別に飲ませてあげる」
夕暮れ間近のオーフェン侯爵邸貴賓応接室に、旨い酒にありついたオッサンの野太い歓声が響いた。
18/10/14
第48 王都に舞った春の吹雪
の公開を開始いたしました。
登場人物紹介も作ってみました。併せてご覧いただければ何よりです。
作者名からマイページに飛んでいただくと作品一覧がございますので、そこからご覧いただけるはずです。
毎度ご愛読誠にありがとうございます。




