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転生グルマン! 異世界食材を食い尽くせ  作者: 茅野平兵朗
第2章 今度は醤油ラーメンだ! の巻
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第47話 ある兄弟の結末

お待たせいたしました。

「そうか、がんばったな」


 そう言って、ルーデルがクラウス王の頭に手を載せ、年の離れた姉が幼い弟をあやすようにゆっくりと撫で擦った。


「ふぐううッ!」


 クラウス王の声を殺した嗚咽に瞑目して、僕はこの人が愚王でなかったことに安堵していた。

 ヴィオレッタお嬢様のお母様の実家を没落させて奴隷に落とし、王都を追放したのが、愚王と謗られている人物であったことを、国王陛下の召喚に応じて王都にやって来てから知った僕は内心苛立っていた。

 だって、そんなやつはお嬢様方だけじゃなくて、僕の敵とも言えるやつだ。

 身内の敵に僕のラーメンを食べさせたくはなかった。

 だけど、僕がゴブリンの巣穴から救出した少女たち『東の森の乙女』の団長閣下にして侯爵令嬢ニーナ様のお祖父様である、ヴェルモン領主のオーフェン侯爵様の木馬の友ということもあって、ラーメンを作らざるをえなかったのだ。

 そんなアンビバレンツに頭が割れそうだった僕は、ようやくその頭痛から開放されたのだった。


「昔、とても仲のよい三人の兄弟がいたのだわ」


 リュドミラが、むせぶクラウス王に目を細め僕に囁く。


「変人で武芸に秀でた長兄に、全てが凡庸だけれどお人好しの次兄。そして聡明で文武両道な末弟。齢もそんなに離れていなかったこともあって、いつも一緒に学び、鍛練にいそしんでいたのだわ。けれど、武者修行に出ていた長兄が行方知れずとなり、長兄に次代を望んでいた当時の国王が気鬱を病んで衰え、失望の中に死んだの。王位を継いだのはお人好しの次兄だったわ」


「ヘルマン兄はよくやっていた。本当に頑張っていた。我も兄を輔弼し二人で父王亡きあと王国の民を迷わせまいと頑張っていたつもりだった。だが、間が悪かった。凶作と飢饉、疫病、蝗禍が相次いで王国を襲ったのだ。疲れ果てたヘルマン兄は次第に酒量が増えていった。呑んでいるときはすべてを忘れられると言っていた。我は、そんな兄を諌めた。だが……ヘルマン兄のお優しい心根を知るがゆえ、諌めきれなかった」


 鼻水を流しながら語るクラウス王の背中をルーデルがウンウンとうなずきながら擦る。


「人一倍優しかったヘルマン兄だ。救いきれない民のことを想うあまり、己の手の大きさに苦悩し、失望を重ねていったのだろう。次第に現実から目を背けて始めたのだ。国庫を顧みずに権力に飽かせて酒菜に贅を凝らし、四方の美女を侍らし、それに溺れるようにのめっていったのだ。もともと食道楽な血筋だからな」


 もはや、クラウス王の嗚咽を止められるものはなかった。


「当時、破綻の危機にあった王国の財政を豊富な財力で支えたのが、当時の南方辺境伯ヴィシニェフスキ伯爵であった。ヴィオレッタ・アーデルハイドの母、スリジエの実家だ。南方辺境領は不思議と凶作に見舞われなかったから、穀物の高騰もあって随分と財を蓄えたであったの」


 オーフェン侯爵がルーデルがテーブルの上に置きっぱなしにした『生命の水』の壜を取り返して、自分の盃に注ぎ、天井を仰ぐように一気に呷った。

 それは、まるで何かに自棄になった男のやけ酒のようだった。


「最後に拝謁したときのヘルマン様は、まるで人が違っておったな。元々ふくよかではあったがワシが幼き頃より知り上げておったヘルマン様は、中にしっかりとした骨筋が入っておった。あのようにブヨブヨと膨らんだ醜悪な脂の塊ではなかった。あの頃、東方辺境伯を継いだばかりのワシは妻娘とともに王都を離れ、不作で危機的な状況に陥っていた自領の復興で手一杯だった。だから、ヘルマン様が悪行に手を染め、かつで花と言われた王都を悪徳と絶望と汚泥が猖獗する巷に陥れていたのを風聞で知りながらも手をこまねいていざるをえなかったのだ」


 再び侯爵閣下は蒸留酒を呷り、酒精の混じった大きな溜息をついた。

 前王『愚王』ことヘルマン王は、どうやら前世の僕のような体つきだったようだ。


「いつの間にか、王城には怪しげな呪い師や素性の知れぬ道化が入り込み兄を誑かし、その愚行を礼賛して蝗のように王国の財産を喰らっていった。目を覆いたくなる王都の惨状、急速に衰えてゆく国をなんとかせねばと、我は、数え切れないくらいヘルマン兄に諫言を繰り返し、建白をした。……が、それらは全て黙殺さた。良心ある臣下や精強な王国騎士が次々と粛清され、王都から治安が失われ、昼夜の別なく往来で強盗や人殺しに強姦が行われ、あらゆる不正がまかり通っていた。瘴気が立ち込め、まさに魔都と呼ぶのが相応しい有様だった。そして、王都から一部を除きあらゆる教団が神殿をたたみ退散していった。それは仕方のないことだった。だが、そんな中、行くあてのない弱き民の拠りどころとなったのが、大地母神教団と冥界の主宰神ミリュヘの神殿だった」

「両神殿騎士団が民を保護し、ヴィシニェフスキ伯爵がその資金を支えることで、どうにか民は毎日のパンに事欠かずにおれた。ヴィシニェフスキ伯爵家はな、南方辺境領を治める辺境伯ではあったが、代々ミリュヘ教団の枢機を預かる神儀伯家でもあったのだ。だが、その頑張りもヘルマン様の愚行の数々前では巨竜の前のネズミも同然だった」


 当時の惨状を思い出し、クラウス王はギリリと歯を食いしばり、オーフェン侯爵は眉間にシワを寄せ目を閉じた。


「いくら酒に溺れ肉欲にくらんだ眼でも、次第に目減りしてゆく財は見えたのであろうな。が、財政を再建するような気概は兄からは失せて久しかった。兄の頭の中身はすでに馬糞も同然だった。『無くなったのなら奪えばいい』そんな野盗のような短絡的な浅慮に支配され、国をかろうじて支えていた両教団の財力に目をつけたのだ」

「思い出すたびにあの日のことは、腸を引きずり出されるかの思いにかられる。領地の復興も目処が付いて、伝え聞く王都の惨状にようやく耳目を向ける余裕ができた春のことだった。突如ヴィシニェフスキ神儀伯家断絶の報が王都に放っておいた手の者からもたらされたのだ」


 オーフェン侯爵がテーブルに拳を叩きつける。頑丈そうなテーブルからピシリという異音が聞こえた。


「ある時、王城の中庭で閲兵している兄に我は気がついた。我が王国が誇る精強な近衛はすでになく、兵と名乗るもおこがましい野盗同然のナリをした男たちがだらしなく並んでいた。兄は我に『我が精強なる近衛を見よ』と言ってきたが我は正視に耐えなかった。我は兄に皮肉を込め『何処に近衛が? おるのはゴブリンとみがわんばかりの下卑た野盗共ばらですが』と応えた。その時兄は『そうか、お前にはそう見えるのか』と、ニッコリと笑って『この者らにヴィシニェフスキ伯爵を捕縛に向かわせる。罪状は……反逆罪だ。ミリュヘ教団からの内通があったのだ』と曰われた。我はヘルマン兄をなんとか諌めようとしたが、兄に我の声は届かなかった……。そして……」


 クラウス王は指が真っ白くなるくらい拳を握りしめ声を震わせる。

 そして、絞り出すような声で。


「そして、我を疎んじていたのだろう。兄はついに越えてはならぬ一線を越えたのだ!」


 と言って立ち上がった。

 立ち上がったクラウス王は服を脱ぎ上半身を露わにした。


(うわあ、すげえ!)


 それは還暦を間近に控えた世間的にはジジイと言われるような躰ではなかった。


「クラウス、お前……」


 ルーデルが目を細め口角を歪める。

 と、同時に、クラウス王が僕らの方に背中を向けた。


(うわッ!)


 僕は息を呑んだ。

 クラウス王の躰がオッサン離れした立派だのものだったからではない。その背中に大きな傷跡があったからだった。

 それは、傷跡というには生易しかった。

 右肩口から左腰にかけて袈裟懸けの刀傷。

 よくよく見ると、腰回りにもいくつもの刺し傷がある。


(まるで、こないだカイゼル髭にやられた僕みたいだ)


 つまり、生きているのが不思議な傷跡だったのだ。


「刺客が、な、潜んでいたのだ。背中から斬られ、何人ものゴロツキに突かれ、体中が悲鳴を上げた。その時、我が憶えておるのは『ここにも反逆の徒がおったわ。誅してくれたぞ』と高笑いしながら去っていく兄の後ろ姿だけだ。あのときは、本当に死んだと思った。だが奇跡的に助かった」

(ちょ、ちょ、ま、え? え? たったそれだけ? それで済ませていいこと? 助かった経緯は?)


 だがクラウス王は、自分が助かった理由について言葉を及ぼそうとはしない。

 と、いうことは、話したくないか話せない何かがあるからなのだろう。


「九死に一生を得た我は、家族とともに王都から救出され、マーニを頼り東方辺境へと逃げのびたのだ」


 救出されたということは、どうやら暗殺されかけたクラウス王とご家族を助けてくれた人がいるようだ。

 それで東方辺境伯領に逃げてきたと…。


「そうして、我はオーフェン侯爵の庇護のもと東方辺境領で傷を癒やし、力を蓄えた。そして、王都に舞い戻り、侯爵の助力を得て機を謀り兄ヘルマン国王陛下を弑したのだ。………………だが、今こうして平安を取り戻した王都を見ると、あの時、本当に兄を弑するしかなかったのかと。兄に我が言葉を伝える手段はなかったのかと……おも…う……グフッ……のだ」


 兄殺しの大罪を犯し、僕の前で拳を慚愧の念に震わせている初老の貴人が、ついさっき、ラーメンを食べて子供のようにはしゃいでいたオッサンと同一人物だとは僕には思えなかった。

 とてつもない苦労を背負って、とてつもなく長い長い坂を登ってきたようなオーラをだだ漏れにしている佇まいは、正に『国王陛下』そのものになっていた。


(そうか、だから、ルーデルは「がんばったな」って言ったのか)


「上出来だ、クラウス。お前はよくやった。がんばったぞ。胸を張れ」


 ルーデルが再び国王陛下の頭をポンポンと撫でる。


「ルー……。ありがとう」


 目を閉じたクラウス王の眉根がほんの少し緩んだ。

 僕は今の今まで気が付かなかったクラウス王の眉間のくっきりと寄った縦ジワに、深い深い悲しみを見たような気がしたのだった。

18/10/11

第47話 ある兄弟の結末 の公開を開始いたしました。

毎度ご愛読誠にありがとうございます。

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