第13話 人手が有り余っているときに作るのはアレで決まりだな
すみません! お待たせいたしました!
商会のお屋敷に帰って来た僕たちは、エントランスホールに祭壇をしつらえ、ゼーゼマンさんを安置した。
エフィさんが、状態保存の魔法をゼーゼマンさんの遺体に施す。
「これで、埋葬するまでご遺体が傷むことはありません」
今回、エフィさんには、ゼーゼマンさんの弔いの件では、何から何までお世話になりっぱなしだ。
無料サービス期間中って言ってたけど、何かお礼をしたいなぁ。
そんなことを考えながら、44番ことルーデルと、エフィさんから背嚢を受け取って、厨房へ。
「さて……と」
ルーデルたちが、セスアルボイ亭の厨房の偉そうな人から貰ってきたという食材を、調理台に並べる。
まず飲み物は、ワインのツボが×2、オレンジみたいな果実の絞り汁がツボ×1、ビールみたいな匂いがする飲み物が入った樽×1
食材は、何の肉かは分からないが、適度に脂が乗った、牛のような赤身の肉の塊が、ステーキに切り分けて、男一人に女性5人なら十分に余裕でまかなえそうなくらいの分量……持った感じ1キロ余りはある。
そして、豚のバラように赤身と脂身が層になっている、赤身部分がピンク色の肉が塊でたぶん2キロくらい。
僕の親指より太いソーセージにベーコン、そして卵もある。
さっき店で食べ損ねた50センチ級の魚……もとの世界の鱸に似ている……が3匹。
ほうれん草やキャベツのような葉物野菜、にんじん、ジャガイモ、カブといった根菜類、ニンニク、ねぎ、生姜とかのハーブ類に、キノコ類。
パンや、スパゲッティもある。
ありがといことに、香辛料、調味料もふんだんにある。
残念なことに味噌醤油はない。あたりまえっちゃ当たり前だけどね。
「うん、これだけあれば何でも作れるな」
問題は、時間だみんな腹を空かしているから、時間がかかるものはまた今度ってことで。
「だと、ローストとかは無理か……」
「薪はここでいいかしら……まあ、それにしても、ルーたちはずいぶんたくさんいただいてきたのだこと」
リュドミラが、二宮金次郎式に背負っていた薪を竃のそばに下ろし、調理台の上の食材を見て、呆れたように微笑んだ。
「ハジメさん、何かお手伝いできることありますか?」
「ハジメ! サラ、お手伝いするわ!」
「私もなにか……」
「おーいハジメぇ! 手伝ってやるぞ!」
あれあれ、みんな、厨房に全員集合したよ。
時間はないが、人手はある……か。
みんな、キャラバンで旅をしているときに、自分の食事は自分で用意していたはずだから、基本的な料理スキルはあるはずだ。
ものを適当なサイズに切り刻むとか……。
ふむ……逆に、一人で作るのはめんどうくさいけれど、人数がいればめんどくさくならない物……か。
「あ!」
僕の頭の中に閃光が走る。そうだ、あれだ、あれなら全員参加で調理ができる。
すきっ腹を抱えて待つ辛さも、一緒に調理に参加することで軽減される。
問題は、材料だけど……。
調理台に広げた食材を見る。肉はある。キャベツ、ねぎもある。ニンニク、生姜もある。幸いなことに韮みたいな野菜もある。匂いをかいでみる。うん、韮そのものだ!
小麦粉もある。ここまで揃っていたらやるしかないだろ!
僕は必要な材料と、飲み物以外を腰の雑嚢にしまっていく。
僕の雑嚢は女神イフェのギフト(たぶん)で四次○ポケット化しているから、容量に制限はないみたいだし、時間経過の停止がかかるみたいで、なまものは腐らない。食材の保存庫としては最強だ。
「あいかわらず、そのマジックバッグ、ぶっ壊れ性能ね、そんなの王族か枢機卿レベルの持ち物だわ」
リュドミラが僕の雑嚢に呆れる。
「ほえー! すごいですね、そのマジックバッグ」
エフィさんが、切れ長の目をまん丸にして驚いている。ああ、エフィさんには初めて見せるんだったっけ。
「ええ、元々はただの雑嚢だったんですけど、生き返ってからこっち、こんな性能になってしまってたんです。僕的には、名前と今一度の命と一緒に、女神イフェからいただいたんだって思ってます」
「そうそう! 女神イフェ様のお話、楽しみにしてますからね! 絶対ですからね!」
エフィさんは、目をキラキラさせて僕に念押しする。
まあ、詳しく話しても五分とかからない内容だから、食事が終わったらお話しよう。エフィさんには、今日、たくさんお世話になっているから、できることはなんでもしたい。
雑嚢に入れず残した食材は、豚バラみたいな肉を半分、キャベツ、韮、ニンニク、ねぎ、唐辛子。そして、小麦粉と各種調味料に香辛料、油にビネガー。
油が入ったツボは二つあって、その匂いをかいでみたら、ふたつともオリーブオイルだったことがわかった。
返す返すも醤油がないのが残念だ。
「ようし、じゃあ、始めよう! ヴィオレッタ様、リューダ、みんなで手分けして野菜と肉をみじん切りにしてください。可能な限りこまかくね」
サラお嬢様を含めた全員が、利き手の反対側の腰に差したナイフを抜き放つ。
元の世界と違って、こちらは銃刀法なんてものはない。なぜなら、こちらの世界は脅威に満ち溢れているからだ。
怪異、モンスターは当たり前、同じ人間でさえ時と場所によっては脅威だ。
自分の身は自分で守るのが当たり前。
僕がもといた世界の日本ように、安全安心と水がただで手に入れられるというような考えは通用しない。
だから自分の身を守る権利を強制放棄させられるがごとき、誰を何から守るのかを勘違いした法律、銃砲刀剣類所持等取締法などという阿呆なものは存在しておらず、誰もが日常生活で使用する小型のナイフなどは常に身に着けている。
もちろん料理人が使う厨房刀(包丁)は存在しているけれど、今は洗いざらい債権者という名の蝗共がもっていってしまったから、今仕える刃物は、身に着けているナイフだけだ。
ちなみに、お嬢様方のナイフは、古着屋でお二人の服を買ったときに、金貨三枚以上お買い上げのお客様への粗品ってことで貰ったものだった。
「僕はこっちをやるね」
雑嚢から鋳鉄の深底鍋を出して、小麦粉を入れ、水を少しづつ加えながら練って行く。
水が回ったら捏ねて、捏ねてなめらかになるまで捏ね回す。
「なあ、ハジメ、何を作るんだ?」
と、ルーデルが僕の手元を見る。僕は捏ねあがった小麦粉をロープ上に伸ばして、一口サイズの団子くらいに切り分けていた。
「全く想像がつかないわ」
リュドミラも不思議そうに小麦粉団子を見つめる。
「ええ、タルタル人風の細切れ肉の固め焼きにしては、お野菜が多すぎますし……」
流石、キャラバンであちらこちら行っていらっしゃるお嬢様は、ご自分が記憶されているデータとつき合わせて、僕らが鋭意製作中の料理の正体を類推しようとしている。……が、残念ながら、想像の埒外のようだ。
「でも、楽しいよ! みんなでお料理!」
僕よりも頭二つ分小さなサラお嬢様は、どこからか持ってきた踏み台に乗って、調理台での作業に参加している。
ゼーゼマンさんのお嬢様方は、いわゆるお嬢様ではなかった。厳しいキャラバンでの旅の生活が身にしみているのだ。
だから、生活する上で、できることをしないという選択肢がない。身分に胡坐をかくということをしない方々だった。
「私も、旅の僧侶です。さまざまな土地に行きましたが、このようなものは初めてですねぇ」
エフィさんも、野菜を細かく切る手を休めずに、小首をかしげている。
なるほど、東方遥かまで旅をしてきたキャラバンの皆様や、旅の僧侶様でさえ、僕らがこれから作ろうとしているものは想像できないらしい。
「大丈夫、きっと、美味しいと思う」
みんなを励ましながら、僕は小麦粉団子を薄く丸く延ばしてゆく。麺棒が無くて手で伸ばしているものだから、けっこう歪な形になってしまう。
まあ、これは仕方ない。今度、麺棒を買おう。
「ハジメ! お野菜とお肉の微塵切り終わったわ!」
「はい、みなさんお疲れ様。……うん、塩揉みからの水出しもオッケーだね。肉もきれいにミンチになっている。ありがとうみんな!」
女性陣にお礼を言って、今度は深底鍋で肉、調味料と混ぜ、練り合わせてもらう。
みんなが交代交代で、かしましく騒ぎながら材料を練り込んでゆく様子は、なんかほっこりとする。
そうして、小麦団子を円盤状に延ばすという僕のほうの作業も終わり、この料理の工程はあと二つだけとなった。
すなわち、包み込みと、焼きである。
そう、僕たちは『餃子』を作っていたのだった。
僕は元いた世界で、引き篭もっていたころ、何度か餃子を作ったけど、作るたびに大人数で作ったら何百個って作れて楽しいだろうなって思ってた。
だから、僕は期せずして餃子を作ることになったこの状況が嬉しかった。
今回のお話を書こうと思って、書き始めてハタと思いつき、やっちゃいました。
餃子150個作って30個食べちゃいました。いや、初めはね、描写をなぞるためだったのですよ。でも……はい、本末が転倒してしまいました。