第41話 僕が作ったラーメンを啜っている人からは愚王のオーラを感じられない
お待たせいたしました。
王都オーフェン侯爵邸の貴賓食堂にラーメンを啜る音が響き続けている。
「ウマい、ウマいとしか言いようがない! ああ、この時を迎えられたことに感謝する!」
僕の前で無心にラーメンを啜る初老の男性。
オーフェン侯爵家の若奥様ゲルリンデ様が愚王と悪し様に罵った国王。
この国王陛下が愚王には僕にはとても見えなかった。
僕がイメージする愚王のモデルから、この国王陛下はずいぶんと乖離している。
愚王というやつは、もっと偉そうで理不尽で、人を不愉快にさせる瘴気と言っていいくらいのオーラを染み出させているもんじゃないだろうか。
そもそも悪い奴ってのは美味しい物を食べて感謝なんかしない。
僕の前でラーメンを食べている国王陛下からはそんな瘴気が滲み出ている様子は窺えない。むしろ逆に、名君オーラが出ている気さえする。
だけれども、国王が愚かであったため、ヴィオレッタお嬢様のお母様、スリジエ様が奴隷に落ちたのだという。
(本当にこの人が、ヴィオレッタお嬢様のお母さんのお家の失脚に関与していたんだろうか)
オーフェン侯爵家はヴィオレッタお嬢様のお母様とは代々親しくしていたようだった。
スリジエ様のお家が失脚したときには遠く自領の東方辺境にいたためにそれを防げなかったと、激しく後悔していた。
と、いうことは、それに関与していた王と王家には悪感情しか無いはずだ。
なのに、こうして自邸に招いて、王家千年の夢を叶えて差し上げている。
矛盾していないか?
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「ヴェルモンの冒険者ハジメ、此度のゴブリンパレード討伐、誠、天晴であった。国史書にその勲功を記し讃え、金貨千枚をもってその労に報いることとする」
数時間前、僕は王城謁見の間で国王陛下に拝謁し、ゴブリンパレード討伐の表彰を受けていた。
あの戦いで実際に活躍したのは僕以外のみんなで、僕がやったことといったら肉壁ぐらいのことだから、僕が国王陛下に謁見して褒賞を受けるなんておこがましいもいいところだ。
だけれども、みんなが国王陛下に拝謁するのを本気で嫌がっていたので(僕だってできることなら避けて通りたい)、「ハジメ殿に謁を賜ってもらわねば東方辺境伯家の面目が立たぬ」というオーフェン侯爵に王城へとドナドナされて国王陛下に謁見したのだった。
「だからな、俺は、あのカボチャ頭共に言ったんだ。一昔前だったら叙勲叙爵の上、辺境伯任命だぞってな。ちょうど今南方辺境伯が空いてるしな。けどよ、あんのしみったれ共が金貨千枚ごときで済ましやがって! ああ腹が立つ! ってわけで、スマンなハジメ。しみったれた褒美しかやれなくて。これは俺の本意じゃねえんだ」
「いえいえ、滅相もない。拝謁しただけで、身に余ります」
ってか、この人だれ?
ますます、愚王から遠ざかってるんだけど。
「陛下、だから、その、威厳もへったくれもねえ喋り方、いい加減に直しやがれってんだ。ハジメ殿が戸惑ってるだろ!」
「うるせえ、この汗っかきマーニ! 城じゃちゃんと王様やってんだろ! あの監獄から抜け出したときくらい勝手にさせろってんだ!」
「んだと、このクサレ陛下! 表出ろや!」
「上等だ、今日こそ決着つけてやんよごるぁ!」
「「ふんぬぐぐぐぐぐぐぐ!」」
「ごめんなさいね、ハジメ君。この人たちったら昔っからこうなのよ」
「ああ、もうお父様ったら、せっかくよそ行きでお上品ぶってたのに台無し!」
「母上、爺上様とマーニ殿のこれは、今に始まったことじゃないですから。それより、ハジメ殿、あのとんこつラーメンは誠に美味かった。美食勲章を爺上に制定してもらってその初代受賞者に貴君を推挙したい」
「バカ兄! そんなことしたら全部台無しってわかんないかな! ねえねえ、ハジメ、ラーメンとっても美味しかったわ。その、できればなんだけど……」
ラーメン丼の最後の一滴まで飲み干したロイヤルファミリーは、場所を侯爵邸貴賓応接室に変え食後のコーヒーを召し上がっていた。
ブラジルの黄色いお菓子キンジンより甘い砂糖たっぷりのあれだ。
しかし、何だこの人達。
全然ロイヤルファミリーっぽくないぞ。
ぱっと見、ただの成金にしか見えねえ。
一番若い、サラお嬢様くらいの齢の王女様? は、なにげにお代わりを要求してるし!
たっぷり二玉盛ってたよ。あんた方それを一滴残さず食べたよね!
「「かんぱーい!」」
ってか、国王陛下にオーフェン侯爵閣下! つい今しがた、いがみ合っていたのに、肩くんで酒飲んでるし。しかも、アルコール度数推定43度のオルビエート村の『生命の水』!
よ、よし、酒の匂いを嗅ぎつけてあいつらが来る前に状況を整理しよう。
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国王陛下に謁見して褒賞を受け取った僕はオーフェン侯爵邸に戻ってきた。
これがほんの2時間くらい前のことだ。
戻ってきた僕らを出迎えたのは侯爵閣下の執事さんやメイドさんでもなかった。
つい今しがた辞してきた王城の主が、侯爵邸の玄関先で僕らを迎えたのだった。
一体どういう手品なのか分からないないけれど、国王陛下は家族を引き連れ、僕らの先回りをしてオーフェン侯爵王都屋敷に来ていたのだった。
初めのうちこそ、王城で会った国王陛下そのものの威厳に満ちたお姿だったんだけれど、ラーメンを一啜り二啜りするうちに、メッキが剥げゲフン、その本性が……ゲフン、かなりフランクに接してくださるようになっていった。
そうして、たっぷり二玉の特盛一杯を食べ終わる頃にはすっかり伝法な物言いに変貌してしまっていたってわけだ。
これが、陛下だけじゃなくてご一家全員がそうだから、僕は初め、今回のラーメンに原因があるんじゃないかと考えたくらいだ。
だが、今回のラーメンは国王陛下に献上するという前提で作ったものだ。
侯爵閣下ご一家を交えて何度も試食を重ね、安全性と美味を追求しものだから一番初めに作ったオーク骨ラーメンのときのようなイカれた薬効は無いはずだ。
もちろん完成時にちゃんと鑑定して、『滋味あふれる栄養価の高い料理』という結果を得ている。
こないだみたいな、アップ系の危ないおくすりみたいな薬効はなかったはずだ。
じゃあ、どういうことかというと、この人達は王族のくせに元々がメチャクチャ庶民で、ここ、侯爵閣下の家で本性をさらけ出していただけなのだった。
「ほんと、クラウスったらマーニの所じゃ、子供の頃に戻っちゃうんだから」
「あらぁ、トルディ、あんただって王城なんて息苦しくってうんざりだって言ってじゃない」
国王陛下と侯爵の何度めかの乾杯を微笑ましくみていた王妃様をあんた呼ばわりしたのは、侯爵令夫人マティルデ様だった。
「あらぁ、ティルデ、お店はいいの?」
「ええ、せっかくトルディやファルカが来てくれてるんだもの。大急ぎで片付けてきたわ」
「はあ、間に合った……。ファルカお久しぶり」
「リンデ、おひさぁー。あんたんとこの、ハジメくんのラーメンおいしかったわよぉ。ウチの子にしちゃってもいいかなぁ」
侯爵夫人たちは王都で一番の大衆酒場『ウォートコィヤアーマ亭』の仕事を大急ぎで片付けて駆け戻ってきたようだった。
なんだこれ、フランクにも程があるだろ。王族と上級貴族の会話じゃないぞ、そこいらのおっちゃんおばちゃんの会話だ!
しかし、これで僕の疑問は更に深くなった。
大切な仕事を大急ぎで片付けてまで駆け付けるほど好意を抱いている人の旦那さんを愚王と罵るものだろうか?
東の森の乙女達の送別の宴の晩、侯爵家の若奥様ゲルリンデ様はたしかに言ったのだった。
『あの愚王があそこまで阿呆だったとは、神様にだってわからなったわ』
って、ね。
18/09/28
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