第40話 国王陛下、王家千年の悲願、ラーメンを食す!
お待たせいたしました。
「ほわあああっ! これなのかぁっ! これだったのかああっ! う、ウム、ウムぅッ! 伝承のとおりだ! 白く濁った汁、薄黄色の麺、畜肉の塊を煮込んだものを薄く切ったちゃーしゅー、おおう、にたまごまであるではないか。し、しかも、まぶしてあるこの黒い油はまーゆ? 何もかもが伝承どおりだ! まごうことなきこれは、とんこつらーめんであるッ!」
侯爵閣下と同年代の初老の男性が、手にした帳面と僕が作ったラーメンを見比べ、はしゃいでいた。
「はあぁ! なんと芳しい……香り………。これが、とんこつらーめんなのですね。あなた、おめでとうございます!」
「ああ、ほんとうに……。美味しそう……父様、おめでとうございます!」
「陛下! 私も感激であります! かくなる上は今日という日を祝の日に列しましょう! 父上や兄上もいらっしゃったらよかったのに」
「バカ兄! そんなことしたら、こんな美味しそうな食べ物を食べるのが儀式になっちゃって、お気軽に食べられなくなるじゃない! だめよそんなこと!」
アイラ皇女殿下との大衆酒場『ウォートコィヤーマ亭』一号店での邂逅から数日後のこと、王都オーフェン侯爵邸貴賓食堂で、僕はあるご家族にとんこつラーメンをふるまっていた。
僕の目の前で、白濁スープのラーメンに神様にでも会ったかのように大感激しているご家族。
一見裕福な豪商の一家というふうな身なりだったが、その所作のいちいちが実に洗練されていて、上品という言葉で言い表せないくらいに上品だった。
それは、たった今「バカ兄」と叫んだお転婆を装った少女も例外でなく、生まれながらの高貴さをその髪の毛の先にまで纏っていたのだった。
「陛下、さぁ、お召し上がりを。せっかくの麺がのびて……だったかなハジメ殿」
「はい、左様で、ございます侯爵様」
侯爵閣下の問に僕は慇懃に答える。
オーフェン侯爵家貴賓食堂でとんこつラーメンを目の前に嬉ションレベルではしゃいでいるのは、じつに、この国のロイヤルファミリーだったのだ。
「ささ、陛下、早う、お召し上がりを」
オーフェン侯爵が僕の言葉を受けて更に勧める。
「う、うむ、分かっておる、分かっておるとも、伝承にもそうあった。時をおくと麺が汁を吸って柔らかくなり食感が台無しになるという状態異常、『のびる』ということになることはな。だが、マーニよ! キサマも我が感激がわかるであろう? これが、これが、とんこつラーメンなのだぞ! 始祖王が故郷にて口にして以来、王国千年の歴史で歴代王が追い求め、食すことを夢にまで見、遂に叶わなかった、ラーメンが我が目の前にあるのだぞ! ラーメンを食するという王家の悲願が今かなおうとしておるのだ!」
おいおい、エライことになってるぞ。始祖王以来、王家千年の悲願とか、僕のラーメンはそんな重いもん背負いきれないぞ。
「だ、だが、のびてしまうのは勿体無い。皆、食するぞ」
「「「「はい!」」」」
国王陛下の掛け声とともにロイヤルファミリーが箸を構えた。
え? 箸……? 箸を構えた? フォークですら、まだ、東方辺境のごく一部でしか普及していないのに箸?
「お、おお、失礼した銀鷲殿。これなる棒ははしといってな、我が王家始祖が故郷の食器だ。我が王家はこれの使い方を家中の秘伝として伝えておるのだ。この棒の先で食べ物を摘んで食すのだ。使い方は慣れが必要だが、便利なものなのだ。我が王家では普段はこれで食事をしておる。そのせいかどうかは知らぬが、王家のものは他の者に比べ腹痛が極端に少ないのだ。腹下しで死んだ者もこの百年で一人だけだ」
国王が箸の説明をしてくれた。
それにしても、銀鷲って……。
僕の体の主アイン・ヴィステフェルトはこの国の王様にも知られているらしい。
そういえば、僕が異世界からこの体に転生してきたって知っているのは、ウチのパーティーの面々だけだから、僕が箸を知っていることを知らないのは当たり前だ。
『東の森の乙女』たちだって僕が転生者だって知らない。
じゃあ、どうしてラーメンの作り方を知ってるんだってことになるんだろうけど、そこは『銀鷲殿』が交易商人ゼーゼマンのキャラバンの荷役奴隷だったってことは、周知のことだから、侯爵閣下あたりが交易商隊で東方に行っていたときに、覚えて来たってことにでも勝手に解釈してくれているのだろう。
僕自身すっかり忘れていた。僕のこの体の元主が金貨三千枚の賞金首なんて、ね。
「いただきます!」
「「「「いただきます」」」」
全員がラーメンに手を合わせ軽いお辞儀をする。
なんと、食前の『いただきます』もやるんだ。
僕が密かに感心をしていると。
「ふ、ふ、ふーーーーっ! ずるるるっ! ハフっ!」
「ずずずずずっ! んふ!」
「はふはふ、ずるるるっ!」
「ずずずっ! ズズっ! ずるるっ!」
「んっ、んはふ、ずるずる……ズズズっ、ちゅるる!」
一斉にラーメンを啜る音がオーフェン侯爵邸貴賓食堂に響く。
「「「「「はああああああっ!」」」」」
そうして一啜り終えた皆様が、少し汗ばんだ顔を赤らめて、大きなため息をつく。
その顔はどれもが幸せに満ち満ちたすごくいい笑顔だった。
「うむっ! うまいっ!」
「はい、おいしゅうございます」
「はああっ、おいしいわっ!」
「おおおおおっ! これはウマいっ!
「ああん、なにこれぇ! こんなの私知らない! 美味し過ぎて何処かに行っちゃいそう!」
グリューヴルム王国のロイヤルファミリーの皆様に、とんこつラーメンは大好評のようだった。
18/09/25
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