第38話 僕の料理は一周りして元の世界の料理になって帰って来た
お待たせいたしました。
「難しいお話は一段落ついたかい!?」
威勢のいい女性の声とともに、僕らのテーブルにドカドカと料理やエールが並んでいった。
「い、いや、これ頼んでない……どえええええッ!」
言いかけた僕はあんぐりとだらしなく口をおっぴろげた。
「当店の女将からのサービスだよ! 改めてようこそ『ウォートコィヤーマ亭』一号店へ! あたしは若女将のリンダだよ!」
板につきすぎている酒場の女将姿のオーフェン侯爵令嬢ゲルリンデ様がフンスと胸を反らしていた。
「り、リンデさ……。どうしてこんな……」
どうしてオーフェン侯爵家の若奥様が、こんなところで酒場の女将コスしてるんですか?
そう言おうとした僕の口は、驚きすぎてパクパクと開いたり閉じたりするだけだった。
「ああ、ハジメ君、この店はね、我が侯爵家の王都での主要な収入を担っている商売のひとつだ。さすがに、所領からの税収を王都での生活に使うわけにはいかないからね」
僕の横からアルベルトさんが間延びした声で教えてくれる。
そういえば、ヴィオレッタお嬢様が侯爵家が王都で何やら商売をなさっているとおっしゃっていたっけ。
まさか、居酒屋経営とは思いもよらなかった。
「まあ、こんなもんでウチが受けた恩をお返しできるとは思わないけどさ。今日の飲み食いはウチ持ちだ! ガンガンやっとくれ! あと、これ、試食頼むよ。あんたのレシピをウチの店で提供できるコストに抑えて作ってみたんだ。流石にワイヴァーン肉やコカトリス肉は、貴族様が行くようなお店じゃなきゃ提供できないからね! ウチは大衆酒場だからさ! あはははははは!」
そう言って、ゲルリンデ様は僕にウィンクを飛ばした。
「は、はいありがとうございます。リンデさ……ん」
様と言いかけ、ゲルリンデ様の湿った視線に気がついて、間一髪『さんづけ』に修正した。
「ん、よしよし、あと、あたし、リンダだからね」
ゲルリンデ様は僕の前にエールのジョッキを置きながら僕の額を小突いた。
「っははぁ、奢りかぁ! リンダにしちゃ気が利くじゃねえかよ。じゃあ、エールお代わり! 小樽で持ってきな!」
「んふふ、おいしそうなのだわ。やわらか煮の肉はワイヴァーンの肋肉から豚の肋肉に換えたのね。ふむ、カラアゲはコカトリスからただの鶏、……と。ええ、これなら確かに平民でも食べられる次元のお値段になると思うのだけれど」
ルーデルとリュドミラは、早速テーブルに並んだ料理に舌鼓を打ち始める。
かく言う僕も、鶏からをフォークで突き刺し口に運ぶ。
「はむ…………ん、んんッ! んぐぐぐぅ! んふおおおおッ!」
ウマいッ! コカトリスの唐揚げには及ばないけれど、元いた世界のおべんと屋さんの唐揚げを1ウマウマとするなら余裕で3ウマウマある!
「お、おいひいでふね、リンダはん!」
「だろう? ハジメちゃんに教わったレシピだと醤油ダレに漬けなきゃいけないからそこんとこ苦労したんだよねぇ。ほら、醤油ってあんたにもらった5ガロンしかないから、さ」
たしかに、この唐揚げ、醤油の味がしない。
だが、にんにくや生姜をはじめとするハーブと胡椒などのスパイスと塩で、醤油での味付けに負けない味を出している。
それに、なんと言っても鶏自体が滋味に富んでおり、味わいを豊かにしていた。
これで、更に醤油での味付けも加わったら、鶏の唐揚げなのに10ウマウマくらいにまで到達してしまいそうだ。
「昨日の今日で、よくここまで再現できたのだと思うのだけれど」
「あははは! それはウチの天才シェフ、デニスを褒めてあげて」
たしか、オーフェン侯爵邸の司厨長がそんな名前だったっけ。
すげーなデニスシェフ!
そして僕は一周りして元サヤに落ち着いた感たっぷりの豚の角煮に手を伸ばす。
もともと僕は豚バラの角煮が大好きだったから、それを肉質が似ていたワイヴァーンで作ったらもっとウマウマだろうと思って作ったのがワイヴァーン肋肉のやわらか煮だった。
そんなわけだから、ワイヴァーンから豚へと元ネタに帰ってきたわけだ。
鶏からもそうだね。元ネタが鶏だから、一周りして元サヤだ。
「はむ…………ん……ん……うまッ! こっひもうまひれすひょ、りんらはん!」
僕はお行儀悪く、口に角煮を入れたまま、ゲルリンデ様に美味しさを伝える。
醤油の旨味には欠けてはいるもののハーブとスパイスで十分に味わいを出している。
ウマい、本当に旨い料理だがこれは豚の角煮じゃない。
肉を柔らかく煮込んだ料理だ。
やはり、角煮には醤油味が絶対だな。
「こんなふうに時間をかけて肉を煮込むという料理がなかったからね。これは昨日ハジメちゃんが作ったのとは、別の料理になっちまったけどね」
僕のかすかな表情を見取ったのか、ゲルリンデ様が豚の柔らかに込みを指して苦笑いをする。
「いえ、たった一日で調理法を習得されたのはすごいです。あとは、醤油さえあれば……」
「そうだ、どっちもウマいぜリンダ。オルビエートの生命の水を出してくれよ」
「あいよ、ウィタエいっちょう!」
「はーい! ウィタエいっちょう! かしこまり!」
威勢のいい、女給さんの声が帰ってくる。
うん、ここは良い酒場だ。
「ふむ……醤油かぁ……」
僕は醤油の製造法に思考を巡らす。
やはり、何よりも大豆の調達が必要不可欠だ。
大豆の調達を急ごう。
「くッ! 貴様ら、殿下のお言葉がまだ……」
僕が知らない方の女騎士さんが腰の物の柄に手をかける。この人さっきから怒ってばっかだな。カルシウム足りてないんじゃないか?
いや、アイラ皇女のお話の途中で、食べ物のことに話題が移ったのは悪かったけどさ。
「やめよ、ヴリティカ。元はといえば我らがハジメ殿の食事時に非礼にも闖入してきたのだ。妾の話を聞く聞かぬも、ハジメ殿の胸先のことだ。ハジメ殿、美味そうな料理の数々であるの。我らも相伴に預からせてくれぬか?」
「ええ、どうぞ殿下。おいしいですよ。こちらの酒場のメニューにまだ載っていない新作料理だそうですよ」
僕はアイラ皇女に鶏のから揚げをさしだし、オレンジ果汁のカップを傍らに置いた。
「ヴリティカ、ディークシャ。そちらも座るがよい。王都随一の酒場の新作料理。馳走になろう」
そう言って、アイラ皇女は鶏からをつまみ上げ、大きく口を開いて放り込む。
二人のお付きの騎士さんたちも、アイラ皇女のようにつまみ上げ、大口開けて唐揚げを放り込んだ。
「あ……」
あに濁点がつくくらいで僕は幻滅した。
一国の皇女殿下と、その側近が手づかみで唐揚げを食べたのだ。
僕はマジックバッグから新しいフォークを取り出し、皇女殿下と騎士さんに献上しようとする。
「んんんん~~~~~~~ッ! うまい! これはうまいものじゃの!」
ギュッと目を閉じ、皇女殿下がルビーのような瞳を僕に向け破顔した。
そして、その顔を儚げに翳らせ呟いたのだった。
「生きておればこそだ」
18/09/21
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