第36話 僕が助けたのはどうやら影武者だったらしい
お待たせいたしました。
「えーっと、アイラさん? どちらの?」
僕が知っているアイラさんは、スーラ皇国第一皇女殿下のアイラさんだが、眼の前にいるアイラさんは背格好やパッと見た感じは似ているけれど全くの別人だ。
「キサマ、皇女殿下に対し不敬である! 跪けその首落としてくれる!」
いきなり僕と顔見知りじゃない方の女の子が、腰の剣に手をかけた。
穏やかじゃない。スキル『絶対健康』がなければ速攻で土下座しているところだ。
「いやあ、初めてあった女児に知り合いの名前を名乗られて、ハイそうですかと言えるほど目は悪くないんだ」
「きさまああっ!」
激昂してお付きの少女が半分ほど剣を鞘走らせた。
「やめよ! 非礼は妾らのほうじゃ!」
アイラと名乗った少女が剣を抜いた女の子の手を抑える。
「すまぬハジメ殿。言葉が足りなかったようだ。妾がスーラ皇国第一皇女アイラである。ハジメ殿が命を救ってくだされたのは我が従姉妹カイラである。カイラは妾が影武者なのだ」
まあ、皇女なんていう高貴な方だから、影武者の一人や二人いるだろうけど、いまアイラさんの名を名乗っている方が影武者だったりしないか?
「あー、ハジメ殿、こちらがスーラ皇国第一皇女のアイラ殿下で間違いないよ。自分が保証する」
皇女を名乗る少女と僕を挟んで反対側に、平服の近衛騎士第四聯隊副長アルベルトさんが間延びした顔で座った。
いつの間に? この人顔が間延びしてるときは忍者モードなのか?
「ようアル坊、今日も休暇か?」
「ちょうどいいわ、エールを奢りなさい」
ルーデルとリュドミラが手持ちのジョッキをグイッと飲み干した。
「いえいえ、先生方、残念ながら勤務中ですよ。我々第四聯隊臨編小隊は特務中なのであります。まあ、先生方がおられる時点で周囲1リューギュ以内は完全に安全なんですけどね」
そう言って、アルベルトさんは、注文を取りに来た給仕にエールと果汁を人数分注文する。
「おいおい、いいのか? その特務ってやつは守秘なんとかじゃねーのか?」
「アルベルト坊やは特別任務の内容を一般市民にほのめかすことをしたのだと思うのだけれど?」
「からかわないでください。奢りませんよ」
なるほど、アルベルトさんが所属している近衛第四聯隊から抽出された一個小隊分の戦力でSP小隊を臨時編成したと。
そのSP小隊が只今絶賛任務遂行中であると。
そして更に、その任務対象が僕の隣の紫髪紅眼の女児である。と、いうことか。
ということは、僕の目の前にいる女剣士二人を従えた女児が本物のアイラ皇女だということで、僕らが街道で助けたアイラ皇女と名乗っていた少女は……。
やっぱり影武者だったってことか……。
僕は改めてアイラ皇女と名乗っている僕の目の前の幼女を観察する。
たしかに僕らがカイゼル髭から助けた『アイラ皇女』と背格好も顔も瓜二つと言わないまでもよく似ていた。
「カイラは妾の母方の従姉妹での、生まれ年が同じで生まれ月も同じであったから、同じ乳母に育てられたのじゃ」
アイラ皇女は目を細め、自分のことのようにカイラさんのことを語る。
「だから……。だから、妾は嬉しかったのだ。カイラが生きていてくれたことが……。しかも傷一つ無くだ。ありがとうハジメ殿、ルーデル殿、リュドミラ殿。カイラたちを救ってくれて本当にありがとう。妾は、この恩に報いる術を知らぬ。この身を求められれば捧げもしよう……」
「「殿下!」」
うん、流石にそれは止めるよね。
騎士さんたち大正解! 座布団をあげよう。
僕だって、ロリコンじゃないから捧げられても困るしね。
ってか、アルベルトさん、なんですかその湿った視線は? 僕は求めませんからね、こんな年端もいかない女の子なんか!
いい加減、僕のロリコン疑惑解消してくれませんか?
「しかし殿下! カイラ様が生きてグリューヴルム王国に着いたということを彼奴めらが知ることとなれば………! くっ、おめおめと……」
何をか思い余ったのか、僕が知らない方の女騎士さんがアイラ皇女に噛み付いて、ディーグシャさんを冷たい目で見下げた。
ディークシャさんは顔を真赤にして、ギリっと音が聞こえるように歯を食いしばる。
その顔は、なにかとてつもなく恥ずかしいことに耐えているような顔だった。
「……あ!」
知らない方の女騎士さんが言った、おめおめと……の続きに僕は気がついてしまった。
『おめおめと生き残りおって……』だ。
食堂天幕でアイラ皇女と名乗っていた影武者カイラさんの慟哭が蘇る。
そうだあのときはよく聞き取れなかったが、彼女はこう言っていたのだった。
『わたしだけ、おめおめと生き残ってしまった。わたしだけが』
ディーグシャさんの表情も、やはり、自分が生きていることを恥さらしと誹られているのに耐え忍んでいるように思える。
僕は今、ディーグシャさんが味わっているような恥辱を知ってる。
僕の祖国で七〇年以上昔に本当にあったことだ。
敵撃滅のための必死の作戦が、いつの間にやら必死が作戦目的にすり替わっていた本末が転倒した用兵の邪道の末に編まれた悲劇だった。
「僕は……なんてことを……」
知らなかったとはいえ、僕は特攻隊員を生き残らせてしまったのだった。
「いいのだハジメ殿。それでも妾は嬉しいのだ。カイラが生きてくれていたことが嬉しいのだ。ありがとう。本当にありがとう」
水に濡れたルビーのようなアイラ皇女の紅い瞳が僕を慈しんでくれるように見つめていたのだった。
18/09/17
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