第35話 僕の血肉が悪鬼悪魔以外にとって不老長生の霊薬である件について
お待たせいたしました。
「まるでエリクサーだな」
ルーデルがジョッキに満たされているエールを呷った。
ニーナ様たち4人以外の東の森の乙女たちをルーティエ教団神職学校まで送り届けたあと、神殿にある自分の部屋に寄るというエフィさんと、街に日用品を買いに出るというお嬢様方と別れ、僕とルーデルにリュドミラはオーフェン侯爵家の司厨長ご推薦の酒場にやって来ていた。
彼の名前を出せば、全ての飲み食いはただになるように話をしておくと言われていたが、流石にそれは図々しくて憚られるので、個々の払いは自腹のつもりだ。
僕らはそれぞれにエールをジョッキで頼み、一番安い干し肉と炒って塩を振っただけのナッツ類をアテにジョッキを傾けていた。
まだ日は高いが、今日はいいだろう。
行くあてがなかった少女たちをヴェルモンの街から王都の神職学校に送り届けるという任務を達成したのだから。
その打ち上げということで。
僕的には明るく楽しい話題を希望だったんだけれども、ルーデルが切り出したのはどう展開しても鬱にしかなならない真逆の話題だった。
トリアージの結果、どうひっくりかえしたってブラックタグしかつけられない女の子たちが、僕が血反吐をぶっかけたせいで完全回復したなんてさ。
「あたいとしては、お前の血でヴィオレとウィルマが来るまでの間、あの皇女殿下を生かしておければ上出来だと思ったんだがな」
一気にジョッキ半分ほどのエールを干して、ルーデルがぷはぁと酒精を含んだ息を吐いた。
「エリクサーなんてものじゃないわ。あの子たちのお風呂を手伝ったウィルマから聞いたのだけれど。あの子たち、肌に掠り傷一つなかったそうよ。それどころか、長年騎士の訓練をしてきたような手練の身のこなしのくせに剣ダコの一つも手になかったそうよ」
「ひゃはははは! ちげえねえ、エリクサーなんてかわいらしいもんじゃねえな、そりゃ」
「んな!」
僕は思わずテーブルを叩いていた。
ざわッ! っと僕らの方に視線が集まる。
全身の毛穴が痒くなり背中に嫌な汗が流れる。
「なあ、ハジメ、お前、わかってたか? あのお姫さんたちな、オマエが血反吐ぶっかけたときには、もう、姫さんはもとより、ほとんどがくたばってたんだぜ」
「え? じゃあ、それって……」
「あなたの血であの子たち全員を生き返らせたってことだと思うのだけれど」
リュドミラが干し肉を噛みちぎってエールを煽り、ルーデルが手にいっぱい握ったナッツを口に放り込んでバリボリと噛み砕きながら犬歯を見せる。
「ハジメ、この世にはほんのかすかでも息さえあれば回復させられる魔法、魔術に薬はたくさんあるのだけれど、黄泉路をスキップする魂を地上に引き戻せるのはミリュヘだけなのよ」
「不死者の王だって、眷族にするのは生者だ」
「じゃあ、彼女たちはアンデッドになったってこと?」
「いや、あれはゾンビやグールでも、リッチやワイト、レヴァナントでもない。正真正銘の生者さ」
僕の鑑定スキルでもそうだった。
彼女たちは普通に生きている人間だった。
どうやら僕は彼女たちの体をまっさらに『回復』してしまったようだ。
『猛毒転じて良薬となる』なんてことをどこかで聞いたことがある。
穢を纏ったオーガやゴブリンとかの悪鬼悪魔にとっては、フグ毒のような僕の血や肉だけれども、瘴気を汚染されていない清浄なものには超強力な回復薬になるようだ。
「あなたの血は……」
リュドミラがあたりを見回し声を潜める。
「死者を蘇らせ、あらゆる傷を治すもののようね。ひょっとしたらあらゆる病も癒やし、毒も消すのかもしれないわ」
「かかかっ! 人間どもが血眼で追い求める長生不死の霊薬ってやつだ。とびっきりの、な」
ルーデルがエールをぐびりと呷り犬歯を光らせ、リュドミラがエールの香りがする吐息をついて、僕をぼんやりとした目で見つめる。
その表情からは心中を察することはできない。
が、かなりの確率で呆れ返っていることは推測できた。
ルーデルは……、面白がっているようにしか見えない。
「ドラゴンの血かよ……。浴びせかけただけで人が生き返るなんて……」
「かかかかっ! ありゃあ、体をちょっと頑丈にするくらいの効き目しかねえよ。どっかの英雄の保証書付きだ」
「なら、人魚だ……」
「あら、あれは生者が食べてこそよ。それに寿命がちょっと伸びるくらいだし」
はあ、やれやれだ。
僕は大きく溜息をついてテーブルに伏せる。
「すまないが相席してよいだろうか」
テーブルに伏した僕の背中に周波数の高い舌足らずな少女の声が降ってきた。
酒場には不釣り合いなほど稚い。
「こちらの店は、飲酒不可年齢でも食事なら大丈夫だと聞いてきたのだが?」
体を起こし振り返った僕の視線が、同じ水平でその声の主の視線と交わった。
深くかぶったフードをおこしながら僕の隣に腰掛ける彼女を僕は見たことがあった。
「あなたは……」
「ヴェルモンの街の冒険者ハジメ殿と、ルーデル殿、リュドミラ殿で、あるな」
その少女は僕らが王都に着いたときに皇女殿下一行を迎えに来ていた一団の中にいた人だった。
僕の隣に腰掛けた彼女の背後にいつの間にか二人の女の人が立っている。そのうちの一人にも僕は見覚えがあった。
視線があったその人が僕に会釈する。
彼女は、僕が生き返らせた王女様の護衛騎士の一人だった。
「ディークシャとは見知りであろう。妾は、アイラと申す。此度は我が従姉妹の危急をお助けいただき、感謝の極みである。改めて礼を申し上げに参った」
そう言った少女は、ルビーのような澄んだ紅い瞳で僕の心底を見透かすように見つめるのだった。
18/09/15
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