第33話 アイスクリンの他にも僕は美味しいデザートを用意しておいた
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王国東方辺境伯オーフェン侯爵邸の庭園に厳かで美しい合唱曲が流れていた。
元の世界にいた頃、暇つぶしに見ていた動画サイトで不意に表示してしまったグレゴリオ聖歌っぽい旋律で、もっと律動的な、どっちかというとゴスペル的だけれども、あそこまでノリが良くない……。そんな感じの合唱だった。
普段からエフィさんと一緒にいるうちのお嬢様方や、ダリルたちはともかくとして、ニーナ姫やジゼルさんたちまでがちゃんと歌えているのが不思議だった。
サラお嬢様が造営した祠には、ミスリルナイフが御神体として祀られ、水、それから「妖精のポルカ」が捧げられている。
『妖精のポルカ』は所謂御神酒だ。
僕の鼓膜をジンジンと震わせるエフィさんたちのハーモニーが辺りの空気を清浄に染め上げてゆく。
僕の目には周りの空気がほんのりと青く輝いているように見えた。
そして、合唱が終わった。
辺りに、ぱあん! という何かが破裂したような大きな音が鳴り響いた。 それが、エフィさんの拍手だと気がつくまでに、数瞬を要した。
「全ては成りました。ここに、『始原の三女神の殿』を開きます! 当主オーフェン候爵殿!」
「あいわかった! ワシが在府中はワシが必ず毎朝祝詞を上げ水を捧げよう。ワシが不在、もしくは所用のときも誰かが行うようにしておこう」
「「ありがとうございます。領主殿」」
僕の両脇から自称使徒様方が侯爵閣下に礼を取る。
すると、逆に公爵閣下と令夫人、若奥様が跪き、頭を垂れた。
「「「もったいないことでございます!」」」
周囲の使用人の皆さんも侯爵閣下に倣って跪いた。
侯爵閣下が跪くのはこの国においては国王陛下ただ一人だというのに。
流石に僕も尻のすわりが悪くなり、跪こうと腰を折ろうとすると両脇からそれを止められる。僕の両脇を自称使徒様方が支えていたのだった。
「オーフェン殿、そなたは先程なんと言われたかな?」
自称、使徒エーティル様が侯爵閣下に問いかける。
「使徒エーティル、侯爵様は確か無礼講と……」
自称、使徒イェフ様が首を傾げる公爵閣下の代わりに答えた。
「だねぇ、言い出しっぺがそれじゃあ、いけないよねぇ」
使徒エーティル様が破顔した。
「し、しかし女神ルーティエ! 女神イフェよ! ワシは……」
「そ、そうです女神……」
「あの!……」
抗弁しかけたオーフェン候爵ご一家の唇に女神と呼びかけられた自称使徒様方の指が添えられた。
「侯爵様、わたしたちは、『使徒』でございますよ。総主教殿よりは多少神々に近い所におりますが……ね」
イェフ様がウィンクをする。
と、公爵閣下の緊張した顔面筋肉がふにゃっと弛緩した。
「は、ははッ! 仰せのとおりに」
公爵閣下は立ち上がり。
「皆無礼講をつづけよ! 祝じゃ、『始原の三女神の殿』が開かれた宴を兼ねるぞ。東の森の乙女達の神職学校入学の祝と『始原の三女神の殿』の開闢の祝宴じゃ」
公爵閣下の宣言に応える歓声がオーフェン公爵邸を包み込んだ。
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「おやおや、ものすごーく盛況ですねぇ」
きこえてきた間延びした男性の声に僕は振り返る。
「あいすくりん」
そこに、鎧姿から平服に着替え、表情筋をすっかりと弛緩させた王国近衛第四聯隊の副長様にそっくりな人と旅装に身を包んだ冥界の主宰神の『使徒ヘミリュ』様が佇んでおられた。
「いやあ、帰ってきたら、門前でたのもうしていた見たことのある女の子がいたから連れてきちゃいました」
(こ、この人、本当にあのひとだよな)
僕は自分の記憶力に自信をなくしかけている。
「かかか! 間違いないぜハジメ」
「んふふふ、あなたの記憶は間違いないと宣言するわ」
僕と使徒様の間に割り込むようにルーデルとリュドミラが並び立つ。
「あんまりだねぇ、地を揺るがす者よ」
「わたしとハジメさんの間に割り込もうだなんて許しませんよ、黄金を抱く者よ」
二人のとても古い二つ名で呼びかけ抗議する自称使徒様方を無視して、ルーデルとリュドミラがニヤニヤと笑いながら、緩みまくった顔の近衛中佐に歩み寄ってゆく。
「いよう、アル坊! あの皇女殿下の件、終わったのか?」
「アルベルト坊や、いいお酒があるわ相手なさい」
「はい、滞りなく。王城に皇女殿下の身元引受をしてくださる方がおられましたので。酒は勘弁して下さいよ先生方、あんたたちに付き合ってたら臓腑がいくらあっても足りやしない」
(ああ、やっぱりこの人、アルベルトさんだ)
軍装姿のときとはだいぶ印象が違うが間違いなく近衛騎士第四聯隊の副長、近衛中佐アルベルトさんだった。
「ああーッ! アルッ! お帰りなさいッ!」
「おお! アルベルト! アルベルトかぁ!」
「おかえりなさい婿殿」
ルーデルとリュドミラを押しのけ、オーフェン候爵家の若奥様がアルベルトさんに抱きついた。
「んもう、一週間もわたしを放おって置くなんてぇ……」
「いやあ、すまないねぇ、ウチの連隊長がもう少し真面目だったら、楽できるんだけどねえ………。ん! ニーナ! ニーナか!」
「父上!」
僕らの足元から小さな影が飛び出してアルベルトさんに飛びかかる。
アルベルトさんの脚に激突寸前のところでアルベルトさんがすくい上げるように影を抱き上げた。
「うははははははッ! ちょっと見ないうちにたくましくなったなぁ」
「痛い! 父上ぇ! おヒゲが痛いです!」
微笑ましい親子の再会がそこにあった。
ハッとして僕は振り返る。
東の森の乙女達はみんな笑っていた。ニーナ譲とその父上の再会に涙ぐみながら笑っていた。
僕はその笑顔にほっと胸をなでおろした。
「のう、ハジメ、あいすくりんを所望じゃ」
足元から聞こえてきた稚い声に視線を下げる。
そこには、旅装に身を包んだ幼い容姿の使徒様が僕を見上げていた。
「はい、使徒ヘミリュ様。アイスクリンもありますが、同じくらい美味しい物もご用意してありますよ」
膝をつき目線を合わせて僕は答える。
「ようこそおいでくださいました、使徒ヘミリュ様」
「うむ、ヴィオレッタ・アーデルハイド。王都までの旅路の疲れは無いようじゃの」
「いらっしゃい、ミリュヘ様。ハジメが、また、美味しいのを作ったんですよ」
「くくくッ、それは楽しみじゃのう、セアラ・クラーラよ」
自称冥界の主宰神の使徒、ヘミリュ様がニッコリと微笑んだ。
再びオーフェン候爵邸の庭園には、見たこともない花が咲き乱れたのだった。
18/09/11
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