第31話 ワイバーンの角煮、それは夢幻の如く也
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「「「「「ほわわわわわわはああぁぁ…………」」」」」
それを一度口に運んだ皆は、その旨さに言葉を忘れ、ただただ、雄叫ぶばかりだった。
「ふほッ……んんんんんーーーーーーーーッ!」
かく言う僕もその旨さを伝える言葉が出てこずに、こんなリアクションをしたのだった。
ウマい、ウマすぎる!
ワイヴァーンの角煮ウマすぎだ!
豚の角煮を1ウマウマとしたら、これはゆうに30ウマウマはある!
「は、ハジメさん! 私、私ぃッ……! こんなのぉ……お口の中でほろほろとほどけてゆきますぅ」
ヴィオレッタお嬢様がヘナヘナと腰を抜かした。
「はひぃん、はじ……めぇ……これぇ、しゅごいよう! 舌れ、うわあごに押し付けるだけでぇ……もうらめぇ……」
サラお嬢様が白目をむきダブルピースでペタンと座り込んだ。
「……っくは! なんてもん作りやがった!」
「んんんッ! なにこれ、これがワイヴァーンのアバラ肉だというのかしら?」
「ほ、ほ、ほ、これは……こんなのは……初めてだよ! これがワイヴァーンの肉だと? ナイフで切るまでもなくフォークで切り取れる。そして、おおおおおおッ! 口に入れた瞬間溶けるように……ッ!」
「ええ、ええッ! 本当に! ワイヴァーンどころか、これが生き物のお肉だとはとても信じられません! はああ……口の中で勝手に無くなってしまいます」
ルーデルにリュドミラどころか、自称使徒様方までもが、腰を抜かさんばかりに目を見開き、口腔内を駆け巡る官能に酔いしれている。
「ごしゅじんさまぁ」
「ごしゅじんさま……」
「ハジメ殿……」
気がつくと東の森の乙女達はもとより、侯爵家ご一家、そして、侯爵家のスタッフ一同様が口角から一筋垂らしながら皿を構え、並んでいる。
「あ、ああ! はい! いっぱいありますからだいじょうぶですよ」
お玉に2センチ厚の肉塊3切れと煮汁をひとすくいとって、僕は並んでいる人たちに配給してゆく。
もちろん好戦的な鶏型魔鳥の卵の煮玉子を添えることを忘れない。
「んなッ! ……っくぅう……はああ……こんな……こりぇは、ろおすとびいふよりも……おふう……!」
「……ッんなッ! はああぁん! ダメよこれぇ、だめになっちゃうわ」
「んはあぁん! しゅごいぃ……!」
「なに、こりぇ……おくひのなはれ、ほどけてりゅ」
「やっぱぁ……ごひゅりんひゃまの、ごはんは、さいきょうらのぉ!」
東の森の乙女達も団長閣下以下、皆が皆へたりこんだ。
そして、皆が皆、旨さに腰を抜かし、口の中でとろとろと解けてなくなるワイヴァーンの肉にうっとりとしていた。
「ふおおおッ! こ、これがワイヴァーンの肉だと!」
「肉がこのように軟らかく調理されるなんて……ああ、これ食べるのに歯なんていらないのね」
「こ、これはぜひ、欲しいわ! ね、ね、お母様」
「ええ、そうね、司厨長! このお料理のレシピも習うのよ!」
「は、はい! 奥様!」
侯爵家の奥様方はほんとうに食いしん坊のようだ。
でも、この料理の要はワイヴァーンのバラ肉だから、そう簡単には手に入らないだろう。
と、したら、家畜肉でこのレシピを再現することになるだろうから、まあ、ふつうに1ウマウマになるだけだろうけど。
最初に30ウマウマ食べてしまった人が1ウマウマで我慢できるだろうか?
それに、この料理には醤油が欠かせない。
醤油無しでやるとしたら、シチューのような煮込み料理になるだろう。
そしたらそれは単なる牛や豚のバラ肉のシチューだ。
「これは……、しまったかな?」
真にウマいものを食べてしまった人々の惨状を目の当たりにしてしまい、僕は若干の後悔にひとりごちる。
「後悔しているのかいハジメ君」
使徒エーティル様が僕の肩に手を置いた。
「ええ、人間ってやつは贅沢を知ると、際限なく贅沢したくなるもんですからね。僕は、今ここにいる人達に贅沢を教えちゃったんです。きっと」
僕にはこの後、どんなことになるのかが予想できてしまった。
人間、美味を知るとそれを追い求める。
際限なく求め続け、ついには滅ぼしてしまう。
増やせるものならともかく、増やすのが難しいものは狩り尽くしてしまう可能性が高い。
元の世界のクジラやリョコウバトなどはそのいい例だ。
最近じゃマグロがその仲間入りをしているらしい。
大量に効率よく狩り出して絶滅寸前にまで追い込んだやつらが、細々とほんの少しだけ狩り、余すことなく使い切る文化を持ったやつらにそのツケを持っていく。
勝手な国際ルールや、へんてこな人道主義を作ってな。
ワイヴァーンは強い魔物だ。
前に冒険者ギルドで聞いた話ではA級の冒険者が数パーティーがかりでようやく狩れるものらしい。
だが、人間は悪知恵の生き物だ。
ワイヴァーンがウマいと知ったら、王侯貴族が懸賞金を懸けて狩り出すことになるかもしれない。
きっと、効率よく大量に狩る方法を見つけ出すに違いない。
対ワイヴァーン用に新しい武器を開発して、戦術を編み出すに違いない。
日本人なら適当なところで禁猟期間とか設けて、増やすことを考えるだろうが、文化水準がそこまで到達していない奴らがそれをしたらワイヴァーンに待っているのは絶滅の二文字だ。
僕の背中から使徒イェフ様の腕が回され、抱きしめられる。
「ふふふ……ハジメさん。わたし、招いたのがあなたで本当に良かった。だいじょうぶですよ。心配には及びません」
「ああ、ほら……」
使徒様方が指し示したのは、侯爵閣下だった。
「皆! 今宵の宴は夢じゃ。幻じゃ。今宵のハジメ殿がふるまってくれている馳走は夢幻じゃ。それを肝に銘じよ!」
侯爵閣下が、今食べているものを夢だ幻だと宣言していた。
「中にはいるのだよ。わかってるやつっていうのが……ね」
使徒エーティル様が微笑んだ。
「それに、ワイヴァーンのような強い魔物を狩って食べるなんていう酔狂なことは、ルーや、リューダのような一人で国を滅ぼせるくらいの冒険者がいなければ、決してできないことです。どんな王侯貴族でもそれをするために、わざわざ身代を傾ける訳にはいかないでしょう」
なるほど、そこまで費用対効果が悪いなら僕の心配は杞憂だ。
てか、今、さらっとものすごいことを聞いたような……。
でも、それなら……。
「ああ、こんな贅沢は君と君の周りのほんの一握りの者たちだけのものってわけさ」
僕は改めて異世界グルマン生活の招いてくださった女神イフェ様に感謝の祈りを捧げる。
「まああああああああッ!」
僕の背後から見たこともない花が咲き乱れ、辺りを埋め尽くしてゆく。
冬の始めのオーフェン侯爵邸の庭は、時ならぬ花の洪水に見舞われたのだった。
「ふむ、これは今日のBBQパーティーが夢幻なだっていう良い演出になるなぁ」
僕はそうひとりごちて笑う。
「あ、ところで使徒様方……もうおひと方は……」
そう言った僕に、自称使徒様方が速攻で食いついてきた。
「それなんだよハジメ君」
「そこなんですハジメさん!」
え? 僕、なんか地雷踏んだかな?
18/09/07
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