第29話 それは『妖精王の戦舞』と例えられた
おまたせいたしました。
「あら、この香りは……っ!」
「妖精のポルカじゃねえか!?」
サラお嬢様の空調魔法のエアドーム結界から出て、ガーランド照明からも外れた王都侯爵邸の一角で、僕はルーデルにリュドミラと膝つき合わせ、密談をしていた。
議題は僕がマジックバッグから取り出したものについてだ。
幸いにして、みんなご馳走に夢中で、僕らがこっそりとガーランド照明の外に出たことに誰も気が付かなかったようだ。
「お、おまえ、造ったってのか? 妖精のポルカを」
「ハジメ、あなたって時々信じられないことをすると思うのだけれど」
「米があったら、日本人だったら誰だって作ってみたくなるんじゃないかな? こっちなら酒税法関係ないからね」
僕がマジックバッグから取り出したものは、さっきから芳しい香りを振りまいている瓶が1つとコルクで栓をした壜が4本。
壜の方はワインボトルくらいの大きさの壜だ。
コルクで栓ができる壜がそれしか手に入らなかったのだ。
それらには、リュドミラが初めて口にしたときに『妖精のポルカ』と讃えたものを僕が自作したものが入っていた。
正確には『妖精のポルカ』のだいぶ前の段階のものだけどね。
ヴェルモンの街を出発して間もなく、空いた水樽……一斗くらいの小さな樽ひとつ分を仕込み始めて、王都に到着した今日、ようやく飲めるまでになったのだった。
酒にあざといルーデルやリュドミラの目を盗むのは、至難だったがようよくここに日の目を見ることになったのだ。
「なんかコソコソやってるなぁとは思ってたけど、これだったのか」
「余ったご飯で何をしていたのかと思ったら、お酒を作っていたとはね」
すっかりバレていました。
リュドミラが見咎めたのは、余った米をおにぎりにして袋に詰めて洗った米と一緒に水に浸して酵母を醸していた工程だ。
そうしていくつかの工程を経て、今日、呑み頃の『どぶろく』が完成したわけだ。
早起きした僕は、今朝方アルコール発酵を終えて完成したどぶろくをザルで漉して、壜に詰め、今日のとっておきの酒としてマジックバッグに忍ばせていたのだった。
僕が作ったこれを『妖精のポルカ』にするには、搾って壜や瓶に詰めたものを火入れ(60℃~65℃のお湯で湯煎)して醗酵を止めて、水を加えて熟成させなければならない。
じつは、アルコール発酵が終わったばかりの日本酒というのは、20度くらいのアルコール度数だ。それは具体的に言うとコンビニで売ってるコップみたいな容器の焼酎並みのアルコール度数ってことだ。
これに水を加えて15度~16度くらいまで薄めて熟成させる加水熟成という段階を経て、日本酒が完成するのだそうだ。
日本の酒税法では清酒と認められるのは22度までらしい。
飲んだことはないけれど、日本酒の製法そのままで、市販されている平均的なウォッカ並のアルコール度数の酒が造ることができるのだそうだ。
その場合法律上清酒ではないのでリキュール類として課税されるのだとか。
「ふふふ、じゃあ、開けるよ!」
僕は壜にしていたコルクの栓を抜く。
まるでシャンパンを開けたときのようなポン! と、いう音が辺りに鳴り響き、内容物が吹き出した。
「うわわわ! もったいない!」
「ば、ばかハジメ!」
「ああん、でもこれ良い匂いだわ」
慌てて、壜の下にカップを置いて一滴たりとも枯れ芝生に飲ませることはなかった。
「ずいぶん濁ってるな」
「『妖精のポルカ』はもっと透き通っていると思うのだけれど」
ガーランド照明に照らされたそれは『妖精のポルカ』に比べたら、靄のように漂う白濁が幻想的な雰囲気を醸している液体だ。
「あれは、この状態から更に濾過したものだからね」
「ろか?」
「壜に詰めたのを置いておいて澱を沈めてから絹で濾すのさ」
「ああ、なんか、濁りが上澄みと別れて沈んでくな」
「この酒はね、この濁りごと飲むものなんだ」
「へえ」
「そうなの」
ルーデルとリュドミラが各々のカップを僕に向けて差し出す。
二人が差し出したカップに、コココッと言う音を立てて、白濁した液体が流れ込んでゆく。
「んはぁ……、これ、たしかに妖精のポルカに似た香りだけれど、あれよりも酒精が強いと思うのだけれど」
「ああ、鼻につくんとくるぜ! だが、こんな酒、あたいは知らない」
「わたしもなのだわルー」
「ふふふじゃあ、飲んでみようか」
カチンとカップの縁を軽く当て、口をつける。
ツンとしたアルコールの香りに咽そうになる。
咽そうになる!?
その疑問が頭の中に閃いたときには、その液体は口腔粘膜を灼き食道を胃へと流れ落ちて行ってしまっていた。
「…………っ!」
「……………………っ!」
「………………………………っ!」
「「「ぶふぉおおおおおおっ!」」」
次の瞬間、僕ら三人は火炎放射器となっていた。
「ひゃはははは! なんだこれ! ごきげんだ!」
「オルビエート村の生命の水よりも強いわ!」
「うそだろ! これ、ウォッカ並だぞ!」
体感でゆうに50度は超えている。
僕の体験上、僕の作り方でこんなにもアルコール度数が上がったことはなかった。
え? 密造酒? なにそれ?
「んはあっ! いいわ、ハジメ、これはとてもいいものだわ! 妖精のポルカも素敵なお酒だけれど、これはとてもわたしの好みだわ! そう、例えるなら『妖精王の戦舞』ね」
「かかかかか! リューダそれはいい名前だ。ハジメ!『妖精王の戦舞』もう一杯!」
あっという間に『妖精王の戦舞』を飲み干したふたりがカップを差し出す。
「まあ、まあ! ハジメさんが面白そうなことをなさっているので、その瓶の中の小さな者たちに、応援をしていたのですけれど……」
「はははは、使徒イェフの応援で小さき者たちが張り切り過ぎたようだね。いやぁ結構結構!」
自称生命の女神の使徒様と自称大地母神の使徒様が、カップを僕に突きつけて微笑んでいた。
僕は全部で4つのカップに『妖精王の戦舞』を注ぐ。
「では、新しいお酒に祝福を!」
自称生命の女神の使徒イェフ様が『妖精王の戦舞』がなみなみと注がれたカップを掲げた。
「「「「「乾杯!」」」」」
こうして、王都侯爵邸で新しい酒『妖精王の戦舞』が誕生したのだった。
18/09/03
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