第24話 BBQ準備厨房編
大変長らくお待たせいたしました。
「ごしゅじんさま、お肉たたきおわりました!」
「台下、生地も完成なのでございます」
「オッケー、じゃ、こっちの刻んである野菜と混ぜて! 粘ってきたら……うん、皮もいい感じですウィルマ。じゃあ、いつものように……」
「「「「はぁーい!」」」」
「了解なのでございます」
「もう、なんどもやってるからばっちりだよ、ごしゅじんさま!」
「そうなのでございます。皆さんのレベルならば王都で屋台をやっていけるくらいなのでござますとも」
今朝の、ドナドナされる仔牛のように丸まった背中は何処へやら、ダリルたち東の森の乙女たちは、エフィさんの指揮の下、天井が突き抜けるほどの元気の良さで、作業に取り掛かった。
オーフェン侯爵家の広い厨房で、僕らは手分けして、今夜のBBQに向けて仕込みを開始していた。
エフィさんとダリルたち東の森の乙女たちにまかせているのは餃子だ。
ヴェルモンの街でも王都までの道中でもうちのパーティーのみんなには何度も餃子を手伝ってもらっているので、今回は人海戦術が必要なこの料理を担当してもらっている。
餃子は、我がパーティーではプチミートパイ的な位置づけで好評を博している料理だ。
ルーデルとリュドミラが狩ってきたり、みんなで狩った獲物を解体して出たクズ肉を細かく切ってから更に叩いて挽肉にして、細かく刻んだ野菜と混ぜ、それを小麦粉を練って作った生地で包むという、調理に参加する人員が多ければ多いほど大量に作れる餃子は大人数の胃袋を満たす料理としては秀逸な料理法だ。
特に醤油とごま油をタジャ商会のヤトゥさんから貰って、ルガパプリコ(赤唐辛子そっくりのハーブ)を乾燥させて粉末にしたものを熱したごま油に投入して作ったラー油にワインビネガーと合わせて、個々のお好みでつけダレを作れるようになってからは、餃子はすっかり人気料理になっていたのだった。
ただ、挽肉を作るための作業がネックだ。
細かく刻んでひたすら肉を包丁で叩くというは意外に辛い。
挽肉をもっと簡便に作るために、いずれはミンサーの作成を考えているのだが、いかんせん構造がうろ覚えなので図面に起こせないでいるのが現状だ。
「ハジメ殿、肉の漬け込みダレだが味見をお願いしてよいか?」
「了解です。……うんッ、流石ですね。お渡ししたレシピ通り、僕が作るのと同じかそれ以上です。では、これに……」
「肉を漬け込むのであったな、了解だ」
「ははは、しかし、この『しょうゆ』というソース、実に興味深い。それに、アイロ(ニンニクそっくりの……)やジンギーロ(生姜そっくりの……)を擦り潰してタレに混ぜるなどして、調味に使うなど思いもよらなかった。また、この、すり潰しの道具も実に興味深い。これからうちでもこれを使いたいのだが良いだろうか」
BBQの漬けダレを頼んでいたオーフェン侯爵家の司厨長がタレの完成を告げてくる。
その手には僕が貸した本来的にはチーズグラインダーだが、おろし金としても使用している調理具が握られていた。
司厨長の口ぶりでは、どうやら、これまでニンニクや生姜は刻んで炒めたりするぐらいの料理法しかなかったようだ。
つまり、ハーブ類を野菜としてだけ調理してきたのを調味料としても使うというところが司厨長としては新しかったらしい。
そう言えばおろし器を作ってもらったとき、ヴェルモンの野鍛冶のバチョ親方もこんなヘンテコなもん見たことがないって体で不思議そうな顔をしてたっけ。
「ええ、もちろんです、王都滞在中にこちらの鍛冶屋さんに改良版の作成をお願いしようと思っていたんです。そのときにもう一つ作ってもらいましょう」
「ウム、是非に頼みたい。というか、代金全部持つから、もう5~6個余分に作ってもいいだろうか?」
なるほど、大人数で調理に当たるとき必要だもんな。
「え? いいんですか。制作費全部なんて? もちろん、使っていただくのは良いですけど……」
「ありがたい、あと、あのプチミートパイだがあのレシピも教えてもらえないだろうか」
「はは、もちろんですよ。今日作る料理のレシピ、全部あそこに貼り出してるじゃないですか。今後も侯爵様に作ってあげてください」
「おおぉ! ハジメ殿、感謝だ。いやぁ最近、若奥様に料理の新規開発を迫られて難儀していたのだ。助かる」
おや、贅沢嫌いのオーフェン侯爵家のはずだが、若奥様はグルマン(食いしん坊)なんだろうか?
小さな魚の骨のようなひっかかりを覚えたが、僕は自分の作業を進める。
「ほお、ハジメ殿はデザートですか?」
司厨長が興味深そうに覗き込む。
「ええ、こればっかりは何回か経験しないとウマいこといきませんので……」
「ふむ、ハジメ殿、それも当家逗留中にご教授願えるかな?」
「ええ、もちろんですよ」
司厨長は壁に貼り出している僕が作っているデザートのレシピを眺めながらたくましい顎を撫でた。
流石は侯爵家の厨房を預かる方だ。僕が作っているものが制作途中であるにもかかわらず美味しい物だと看破したようだった。
今回の普段とは別のチームとの共同作業において僕がまずやったことは、メニューの決定とかかる調理法の書き出しだった。
それを、厨房の一番目立つところに張り出して、自分がどの作業をしているのかを明確に理解できるようにしたのだった。
「こっちも、グランアングーラ(角が大きなバッファローみたいな魔物)の肉とワイヴァーン(おなじみの飛行特化型巨大トカゲ)肉の下ごしらえ終わりです。こんな体験させてもらって感謝ですよハジメさん。いやあ、俺、ワイヴァーンの肉を調理する日が来るなんて思いもよらなかったですよ」
「本当っスね。魔物肉もそうですけど、しょうゆ、ほんといいですよねえ。どんなスパイスやハーブとも、他の調味料とも相性がいい。ハジメさんから分けていただいたものがなくなったときのことを考えると落ち込んじゃいますよ。あ、コカトリス捌き終わりました」
他のオーフェン家厨房スタッフもお願いしていた魔物肉の仕込みを終えてくれたようだ。
普通、侯爵家に仕えているようなお偉い立場の料理人の方々が、僕のような解放奴隷の冒険者風情にこんなふうに対等に接してくれるはずがない。
ところが、ここの司厨長さんは、侯爵閣下から紹介されたその時から、飽くなき探究心を持って今夜の料理の仕込みを手伝ってくれている。
やっぱりトップが立派だと、末端に至るまで心がけが違うんだろうな。
「さて、みなさんもう一息がんばりましょう」
「「「「「「「「「「おおおおおおッ!」」」」」」」」」」
今夜のBBQへ向けて着々と料理の準備は整っていったのっだった。
18/08/24
第24話 BBQ準備厨房編 の公開を開始いたしました。
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今回も例によって投稿予約のボタンを押し忘れてました。




