第23話 ぐぇ~んきぃをぉお~取り戻ッせぇッえ~!
お待たせいたしました
「皆さんはこれから、大地母神教本部神殿に併設されている中等神職学校に向かいます。先程、神殿から迎えの馬車が到着しました。一度、学舎の門を潜れば、しばらくは世俗とはお別れになります。世俗に未練を残したままでは信仰と学びの生活に支障をきたすことは火を見るより明らかです。ですから、ここで入学の意思の最終確認を行います」
「「「「「「「「「「………………はい」」」」」」」」」」
「……ッ! どうしました? こんな調子では、台下も安心して皆さんを送り出せませんよ」
エフィさんが僕らの方を見て水を向けてくる。
困り果てて僕に応援を求めてきた感じだ。
なるほど、彼女たちの心はここにあらずと言った感じが見て取れる。
はて、僕に何ができるだろう。
哀愁の思春期少女たちの心中なんて僕には予想もつかないぞ。ましてや、そんな少女を元気づけるなんて不可能だろ。
「「「「「……はぁ」」」」」
「「「「「「「………………」」」」」」」
「「「「「「……ふう……」」」」」」
彼女たちは、僕らの方を一瞥して溜息をつく。
本当にこれは一体どうしたことなんだろう?
「皆さん、いったいどうしたというんですか?」
「「「「「「「「「「………………はい」」」」」」」」」」
「はあ、困りましたねぇ……」
さすがのエフィさんも、すっかりと意気消沈して落ち込んでいる『東の森の乙女』たちにほとほと困り果て、チラチラと僕らの方を見て、その視線で何やら訴えかけてくる。
だから、僕には女の子の気持ちなんてわからないってば。
『こんな状態では、神職学校へは送り出せないのでございます……。台下いかがいたしましょう?』
エフィさんは僕らの方を向いて眉根を寄せ、風魔法『ウィスパー』で僕らにこっそりと愚痴てきた。
いやぁ、だから僕には……。
「ほぉんと、みんな元気ないねぇ」
「そうですね、どうしたんでしょう」
ヴィオレッタお嬢様にサラお嬢様も、みんなの意気消沈した様子に眉根を寄せ、僕の顔を見上げ、何かを察しろと言わんばかりにシパシパとウィンクをしてくるる。
お嬢様方まで……。
僕にはわかりませんからね。思春期の女の子の機微なんて。
自慢じゃないですが、僕は元の世界で女性と話した言葉は『一名です』と『あたためは結構です。あ、お箸ストローも大丈夫です』くらいだからね。いや、後みっつくらいあるけどさ。
でも、何もしないで思考を放棄するのは悔しいので考えてみよう。
彼女たちは農村部出身の子が大半のはずだから朝には強いはずだし、ヴェルモンで過ごした数週間の間も朝早くからゼーゼマン商会のお屋敷の掃除に朝食の準備のお手伝いなど積極的に働き、エフィさんの青空教室で文字と加減乗除の四則演(所謂読み書き算盤ってやつだ)に護身術を教授されていたはずだから、早起きの習慣が廃れているはずもない。
だから、低血圧の早起きで元気が無いわけじゃない。
「そういえば、ダリルちゃん、昨夜、お夕食の後からしょんぼりしてたような……」
「あらぁ。そうだったの?」
「そうなんですか?」
どこか、棒読み的にお嬢様方がおっしゃる。
と、整列しているみんなの中からエルフの女の子が二人僕の方に駆けて来た。
「ハジメさん! いいっスか?」
「ハジメさん、ちょっとおはなしがあるの」
駆けて来た二人はウッラとファンニ。東の森のエルフの隠れ里出身の少女たちだ。
少女と言っても、ゆうに僕の三倍くらいの年齢ではあるみたいだけれど。
ウッラとファンニは僕らのところにいる『東の森の乙女』に先んじてゴブリンの巣穴から救助した、東方辺境伯の孫娘ニーナ様と行動を共にしているジゼルさんというエルフのお嬢さんのご友人だ。
この子らはいち早く僕のことをご主人様とは呼ばなくなってくれたので、結構フランクな関係性を築けている。
ちなみに『東の森の乙女』っていうのは公爵令嬢ニーナ様が発案組織した戦友会みたいなものらしい。
彼女たちもそう自称しているので、僕らもそう呼称している。
「どうしたの? ウッラ、ファンニ」
「みんなのことなんスけど……」
いつの間にかウッラは僕と話をするときには、こんな具合に体育会的な話口調になっていた。
「うん?」
「その……ぅ、娑婆で食う最後のメシが昨夜のアレだったんで落ち込んでるんス」
「みんな、俗世最後の食事は『ご主人様ごはん』が食べたかったの」
ファンニはいかにもエルフといった雰囲気の、高貴そうな風貌に似合わない舌足らずな声で、東の森の乙女たちの心中を教えてくれた。
ってかウッラ、娑婆なんていうヤクザな言葉どこで覚えてきた。
「はぁ? 『ご主人様ご飯』?」
なんだそれ?
「ああ、やっぱりだ! そうなんじゃないかって思ってた! ハジメ、みんなに、なにかごちそうしてから送り出してあげようよ。ね、ね!」
「あらあら、それはかわいそう。ハジメさん、みんなに餞しましょう。ね、ね!」
なぜだか、お嬢様方が不自然なやる気を見せている。
「な……!」
何を贅沢なことを抜かしやがってるんですか! と、言う言葉を僕は飲み込んだ。
お嬢様方の言葉に反応したダリルたちが、ものすごくキラキラとした眼差しを僕に向けていたからだ。
それは、明らかに何かを期待している目だった。何かへの期待に満ち煌めいた瞳だった。
つまりそれって、昨夜の大宴会での贅を尽くしたお料理に満足できなかったってことなんだけどな。
侯爵家にしていただいたおもてなしを否定するってことにつながっていくんだけどな。
あの、贅沢嫌いのオーフェン侯爵様が僕らをもてなすためにしてくれたこの世界ではこれ以上望むべくもない贅沢料理の数々を否定するってことなんだけどな。
(こんな年端もいかない女の子たちにそんなこと分かるわけ無いか……。でも……)
「そうですね、台下! それがよろしいかと愚考いたしますのでございます。早速、迎えの馬車を追い返しましょう!」
エフィさんまでもがお嬢様方の発案に賛成し、馬車に今日の予定の変更を伝えようと、いそいそと玄関ドアに向かう。
いや、まだ、彼女たちの送別会やるなんて決めてないし!
昨夜の侯爵家のおもてなしに配慮したら、ここの厨房を借りて僕が作るわけにいかないし。
それに、東の森の乙女たちに、今更何を食べさせるってんだ。
昨日以上の歓送迎会用の料理なんて……。
「なんとなんと、今夜はハジメ殿が料理の腕をふるってくれると聞いだのだがほんとうかのぅ!」
「まあまあ、ニーナのお手紙に書いてあった『ろおすとびいふさんど』がようやく食べられるのね」
「ハジメ殿、ウチの料理長にぜひあなたの料理の知識を教えてあげてほしいのです」
「ハジメぇ、なにか狩ってこようかぁ、夕方まででいいならでっかいトカゲ狩ってきてやるぜぇ! いまのやつなら普通に焼くだけで三〇ウマウマだぜぇ」
「ちょうど、今の時期なら冬ごもり直前で脂が乗り切ったレッドドラゴンが旬だと思うのだけれど」
「うふふふふ、来ちゃった。ハジメさんのお料理楽しみです」
「やあやあ、乙女たち元気だったかい。大地母神の使徒エーティルだよ。今日は君たちの門出だと聞いて、使徒イェフと寿ぎに来たよ」
コメカミがズキンとする。
エフィさんが歓喜の表情を浮かべ凍りつき、ヴィオレッタお嬢様とサラお嬢様が頬を桜色に染める。
その瞬間、今日のメニューが閃いた。
あった、あったよ、こういうときのための宴会料理!
自然と口角が釣り上がる。
「今夜はBBQだ!」
18/08/21 第23話 ぐぇ~んきぃをぉお~取り戻ッせぇッえ~! の公開を開始いたしました。
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