第22話 それは、まるで売られていく仔牛のような姿だった
お待たせいたしました。
予約投稿するのを忘れていました。
「お赦しいただき、ありがとうございますハジメ様。本当に旦那様がお話になっていた通りのお人柄なのですね」
一番初めに頭を下げてきた、他の子よりもいくぶん年かさのメイドさんが微笑む。
いやいや、僕、人柄を語られるほど侯爵様とは深いおつきあいしてませんから。
「うふふふ、領主様の人を見極める目は天下一だって、お父様が言ってました」
「うんっ、いってたね」
「ええ、そうなのでございます。国王陛下でさえオーフェン侯爵様の人物鑑定眼には頼っておられるのでございますよ。……おっと、これは、国家機密でございました」
エフィさんがさらりと口にした国家機密に、メイドさんたちが目を丸くする。
そりゃぁメイドさん方からしてみれば、僕ら一行はヴェルモンからやって来た田舎者だからね。
この時点でオーフェン侯爵家のメイドさん方は知らないことだけれど、僕らの中でエフィさんだけはヴェルモンの街出身ではない。
細かく言えば僕もヴェルモン出身ではないけれど、東方辺境伯領とゼーゼマン商会の商隊が通ってきた道沿いの土地以外のこの世界のことは全然知らないから、ヴェルモンの街出身と言い切っていいはずだ。
って、ところで、エフィさんだけれど、彼女は大地母神教の巡回大主教っていうお偉いさんで、教会奥の院の施療調剤神官っていう、本来的に平民が口をきけるような人じゃない。なんで僕らと一緒にいるのか謎だけど、立場的には国の枢機を知り得る所にいる人らしい。
所謂、御簾の奥のお方なんだけどなあ。
でもまあ、オーフェン家のメイドさん方から見たら、僕らは全員がお上りさんなわけだから、そんな田舎者の口から思いもよらずに国家機密が出てきたのだから、そりゃあ、目も真ん丸になるってもんだ。
「ああ、これは申し訳ない。驚かせましたね。ああ、そうだ。驚かせついでです。実は私、こういうものでございます。お部屋につきましたら手紙を書きますので、大地母神教の本部神殿までお使いを頼みたいのですが」
エフィさんが右手の甲を見せてメイドさんに笑いかけた。
かざされた手の甲を見たメイドさんが顔を青褪めさせて再び最敬礼をする。
「畏まりました。ルグ大主教座下。誰か、手が空いているメッセンジャーを呼んできて」
「畏まりました!」
メイドさんの中で一番年若い子が踵を返し、競歩選手のように引き返して行った。
決して走り出さないところが流石だ。
「すぐにメッセンジャーが参ります」
「はい、有難うございます」
僕はポッカーンだ。
エフィさんの手の甲を見ただけで、メイドさんがエフィさんの名前と身分を言ってのけたぞ。
あなたの手はケーサツ手帳でできてるんですかエフィさん?
「あ、これは失礼いたしました台下。これを示したのでございますよ」
そう言ってエフィさんは、メイドさんにそうしたように、僕に手の甲をかざした。
「あ、指輪……」
それは、ヴェルモンの街の冒険者ギルドのマスター執務室でヴェルモンの街の大地母神教神殿のお偉いさんに手紙を書いたときに使った封蝋の印章だった。
「既にお察しかとは思いますが、これは、大地母神教会独立巡回大主教の印章なのでございます。本職は世界に一人しか存在いたしません。ですから、これは非才の身分証なのでございます」
「私共は伯爵以上の全貴族と各教団の枢機の立場にあらせられる御方の御印の全てを諳んじております」
なるほど、だから、エフィさんの名前がすんなり出てきたのか! メイドさん恐るべしだ。
感心しながら僕はメイド様のご案内に付き従う。
それにしても、今更ながらだけど、エフィさんって、ど偉いさんなんだな。
そんなお方に非才なんて一人称を使わせて、あまつさえ台下なんて尊称で呼ばれている僕は、恥ずかしさに汗が吹き出し始め、全身の毛穴が痒くなるのだった。
早くお風呂に入りたい。
※※※※※※※※※※※※※※
「さあ、皆さん用意はできましたか? 出発ですよ!」
「「「「「「「「「「………………はい」」」」」」」」」」
流石は本職が僧侶だけあって、エフィさんは朝からやたらと元気だ。
昨夜の大宴会で大量に飲んだ酒の残滓のかけらもない。
ゲルリンデ若奥様が粗餐と称した昨夜の夕食は、贅沢ここに極まれりといった様相の山海の珍味をふんだんに使ったものすごく豪華な料理が所狭しと並べられた。
それは夕食というよりも、僕らの歓迎の大宴会と言ったほうが良かった。
侯爵様の御殿でお夕飯をいただくってだけでも恐縮なことだったが、ルーデルやリュドミラがまるっきり遠慮なくガツガツと飲み食いしてるのを見ていたら、恐縮しているのもバカバカしくなって、大いに飲んで食べたのだった。
残念ながら、ゲルリンデ様のご主人の近衛騎士アルベルトさんは戻られなかった。
きっと報告書の作成で昨夜は徹夜だったんだろうな。
突如侵入してきたロムルス教国軍一個中隊との戦闘だったのだから。
ことは国際問題が絡んでくるから、微に入り細に渡る報告を要求されるんだろう。
……たいへんだ。
殆どがルーデルのやったことだけれど、あれだけの戦闘だったんだからな。
「わたくしたちはこれより、大地母神教本部神殿に向かいます。そこで、皆さんは正式にわたしたちの姉妹となることになります」
「「「「「「「「「「………………はい」」」」」」」」」」
エフィさんは王都東方辺境伯邸のエントランスに整列した東の森の乙女たちの前で、まるで軍人のように聳立していた。
対してダリルやリゼを始めとする東の森の乙女たちは、どこか暗く沈んだ雰囲気だった。
「どうしました? ベッドに元気を忘れて来たのですか? 許可しますから取って来なさい!」
「「「「「「「「「「………………はい」」」」」」」」」」
確かに、ハー○マン軍曹みたいに元気なエフィさんが言うように、皆、全然元気がない。
「はは……、エフィさん、まるでどっかの訓練係軍曹みたいだな」
「くんれんがかりぐんそう?」
「ええ、新兵を訓練する古参の兵士のことですよ」
「たしかに。ウィルマって、時々ですけれど兵士に見えてしまうことがありますね」
僕とヴィレッタお嬢様サラお嬢様は、階段の陰から売られていく仔牛のようにしょんぼりしている彼女たちの様子に首を傾げていた。
エフィさんが、昨夜、大地母神教本部神殿宛に書いた手紙は、神職学校に編入予定のダリルたち東の森の乙女たちの王都到着を知らせるものだったそうだ。
で、今朝早くに本部神殿から迎えの馬車が来て、東の森の乙女たちは、今、新境地へと旅立とうというところなんだけれど、どうにもそんな雰囲気ではなかった。
「みんないったいどいしちゃったんだ?」
僕は思わず呟いていた。
18/08/19
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