第21話 侯爵閣下は使用人の皆々様方にもものすごく愛されている
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「街ではハジメ殿と一緒におらなかったから、てっきり、どっかにいなくなってくれたと思っておったのにのう……」
と、ため息とともに呟いたのはマンフリート・フォン・オーフェン侯爵閣下だった。
どうやらルーデルとリュドミラはかなりの気まぐれらしい。
マティルデ奥様とゲルリンデ若奥様は、闖入してきたルーデルとリュドミラに何処かへと連れ去られた行った。
腕を捕まれ引きずられながら、お二人は何度も何度も振り返りながら、不本意にもこの場を去ることを僕らに謝り続けていた。
「ああ、ハジメ殿、サイレンと魔女の二人にとって、ここは勝手知ったる何とやらだ。応接間にでも行ったのだろう。……さ、ハジメ殿たちも客間に行かれ、湯浴みでもなさり旅路の埃を落とされるが良い。夕餉の支度ができたら召使いを迎えに上がらそう。それまで、寛がれるといい。それぞれの部屋に使用人を付けておるから、その者らに何なりと申し付けてくれ。では、後ほど……な」
「はい、領主様ありがとうございます」
「いや、なに……」
侯爵閣下の言によれば、ルーデルとリュドミラはずいぶんと前に、このお屋敷で過ごしたことがあるらしい。
お礼を述べた僕に、侯爵閣下は閣下らしくない小さな声で少しはにかんだ表情を作る。
「……のう、ハジメ殿、わしのことはどうか、マーニと呼んではくれまいか」
「え!? その……ぅ、……いいの、ですか?」
閣下はコクリとうなずく。
背筋に嫌な汗が一筋流れる。
王城に次ぐ広大な一等地にお屋敷を構えられるような大貴族様に、元荷役奴隷の冒険者風情がお名前で呼ぶなんてことはしていいことじゃないってのは、孤児院の年少さんだって知っていることだ。
平民が貴族様をお呼び申し上げるときは爵位プラス尊称(例えるなら侯爵様)かお役名(領主様とか東方辺境伯様)だ。
ましてや奴隷上がりの僕なんて、本来なら直答さえ許されない身分だ。
だが、侯爵閣下の瞳は真剣そのものだ。
ご希望に沿わなければ、このお屋敷で過ごす間、微妙な気まずさが漂い続ける気がする。
「……はぁ、わかりました。マーニ、様」
「ウムッ、わはははは! では、後ほど、の!」
そう言って侯爵閣下は、お屋敷の奥へとスキップするような歩調で歩いていった。
「ハジメ様、皆様、お部屋にご案内いたします」
タイミングをはかっていたかのようないいタイミングでメイドさんが声をかけて来る。
「あ、はい、よろしくお願いします」
いきなり声をかけられたから、ちょっとだけうろたえたけれど、メイドさんに案内してもらって、僕らは今日の寝床となる侯爵邸の客間へと移動を始める。
「「「「「「「「「ふわわわはあああああ」」」」」」」」」
移動している間中、ダリルやリゼたち東の森の乙女らはあんぐりと口を開け侯爵邸の豪奢さに仰天していた。
かく言う僕だって、心の中ではあんぐりと口を空けていた。
「ここに比べるとヴェルモンのお城は、少し豪華な兵営って感じだね」
「ええ、ほんと。これが貴族様のお屋敷なんですね」
ヴィオレッタお嬢様とサラお嬢様も驚嘆しきりだ。
ヴェルモンのゼーゼマン商会のお屋敷も、破産前はずいぶん豪奢だと思っていたし、侯爵城も立派なお城だった。
が、今僕等がいる王都東方辺境伯邸に比べたら、ヴェルモンの侯爵城はサラ様が言う通り、ちょっとおしゃれに飾ってある兵舎だ。
敷かれている足首まで沈み込みそうな緋の絨毯、壁に飾られている絵画や絵物語のタペストリー、装飾調度に装飾武器鎧など、どれをとっても塵埃がひとつ付着していることなく綺麗に磨き込まれ、廊下全体が光り輝いているんじゃないかと錯覚しそうだ。
ということは、これだけの広さを隅から隅まで磨き上げるだけの人員を常時雇い続けていられるということだ。
それだけでも侯爵家がどれだけのこの王国において権勢を誇っているのかが想像できる。
「他の貴族らはこういう華美なものをお好みになるのでしょうが、オーフェン侯爵様に限っては、あのご気性からして、ヴェルモンのお城が本来であるような気がするのでございます」
なるほど、あの侯爵様のいかにもな武人的プロフィールとこのお屋敷の豪奢さは直結しない。
「ひょっとして、他の貴族に対する面子ってやつですかね?」
「ああ、ニーナ姫様もおっしゃってましたね。他の貴族に侮られぬよう、遺憾に思いながらお金を使ってるって」
「そっかー、あれって、こういうことだったんだー」
侯爵閣下へのリスペクトを新たにして、したりと頷いている僕らに、荷物を預かってくれているメイドさんたちが笑顔を向けてくれていた。
ん? なにか彼女たちの笑いを誘うことをしてしまったのだろうか?
「……? え……と……?」
「あ、も、申し訳ありません! ハジメ様たちが、旦那様のお心をご理解いただいているのが嬉しくてつい……。どうか、お赦しを!」
メイドさん方の中で一番年かさのような人が僕らに向かって深く腰を折り頭を垂れた。
「「「「申し訳ございません!」」」」
それに倣って他のメイドさんたちも一斉にかしこまり最敬礼の角度に腰を折った。
「あ、あ、あ……ごめんなさい! 僕、そんなつもりじゃ……」
今度こそ僕はオロオロとうろたえる。
口答えを許されない弱い立場につけ込み、難癖をつけてこんなにたくさんの頭を下げさせるなんて、どこのベビーブーマーのクソジジィだよ。
「大丈夫ですよ皆様。ハジメさんは聡いお方です。皆様のお心の中を理解されていますから」
僕のオロオロ具合を見かねてかヴィオレッタお嬢様がフォローを入れてくれる。
「そうよ、ハジメは怒ったりしてないから!」
「ええ、ええ、そうでございますとも。逆に台下は皆さんの侯爵閣下への忠義に感動しておられます。また、これほど家臣に敬愛されておられる侯爵様への尊敬の念をも強められたのでございます」
そして、サラお嬢様エフィさんが追従してくれる。
「そ、そうですご主人様は絶対に女の人には怒らないんです」
「ごしゅじんさまは、ぐっすりねてるところをおこされたっておこらないんです!」
更にトドメとばかりに、ダリルやリゼたちが口々にフォローを入れまくってくれるに至って、ようやくメイドさんたちは頭を上げてくれたのだった。
東の森の乙女たちのフォローの文言が、すこーしピンボケだったのはご愛嬌だ。
18/08/16 第21話 侯爵閣下は使用人の皆々様方にものすごく愛されている の公開を開始いたしました。
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18/08/19 誤字をこっそり修正しました。




