第20話 雲隠れしていた二人が出てきたと思ったら…………
お待たせいたしました!
「そういえば、さっき、野次馬たちが侯爵様をかばうようなことを言ってたけど……」
御者席のヴィオレッタお嬢様に聞いてみる。
「ああ、それでしたら、領主様の奥様とお嬢様……マティルデ様とゲルリンデ様が王都でされている慈善事業が影響しているんじゃないかしら?」
そう答えるヴィオレッタお嬢様に追従して、サラお嬢様が後から補足してくれる。
「ティルデ様やリンデ様って、ヴェルモンにいた頃から孤児院の援助とかに熱心だったもの」
「そうだったわね、しかも、その資金は東方辺境領の予算からじゃなくて、以前はご自身が冒険者として得られた報酬で賄われていたそうです。今は冒険者としては引退されているそうですけれど、なにかご商売を起こされて、その収益で資金を賄っているとか……」
「そーそー、お父様が言ってたわ。貴族様でそんなことする方なんてめったにおられないって。王都や、ヴェルモン以外の街の孤児院や施療院は目も当てられないって」
「言ってたわね。だから、ゼーゼマン商会はオーフェン侯爵家をお助けするんだって」
「ふむ、そうなんだ……」
我が領主閣下は中々に名君のようだ。
なるほどニーナ嬢が領主名代として領内をあちらこちらと飛び回り、その挙げ句に名もない開拓村のゴブリン襲撃に巻き込まれたわけだ。
名君の遺伝子は脈々と受け継がれているんだな。
「あ、ハジメさんどうやら到着のようです」
ヴィオレッタお嬢様が現着を告げる。
僕らは、王都東方辺境伯邸に到着したのだった。
****************
「「「「「「「ふわああ」」」」」」」
東の森の乙女たちはあんぐりと口を開けていた。
彼女たちでなくともこれはたまげてしまう。
ヴィオレッタお嬢様が現着を告げて門を潜ってから、さらにたっぷり五分、馬車に揺られて僕らは、ようやくにして王都東方辺境伯邸のエントランスに着いたのだった。
「ヴェルモンのご領主城よりおっきいね」
とは、サラお嬢様。
「ええ、お父様から侯爵様の王都のお屋敷はすごいって聞いてたけれどこれほどとは……」
「ははは、王都第一区の十分の一近くを占める敷地でございますからして、お屋敷も斯様に壮大なものとなりましょう」
ヴィオレッタお嬢様はため息混じりに呟き、エフィさんは引きつったように口角を若干上方に歪めた。
エフィさんによれば、このお屋敷がある第一区には公侯爵などの最上級貴族のお屋敷が王城を囲むように建ち並んでいるのだそうだ。
そして、第一区を囲むように中級下級の貴族が居住する第二区。
更に第二区を囲むように無爵位貴族と富裕層が暮らす第三区と第四区。第五区には平民階級が暮らしてしているのだそうだ。
「いらっしゃいませ冒険者ハジメ様ご一党の皆々様! 旦那様おかえりなさいませ」
馬車を降りた僕らを迎えてくれたのは、鉄の棒でも飲み込んでいるのかと思うほどに姿勢がいい執事さんだった。
流石にメイドさんがずらりと並んでのお出迎えではなかったのが、質実剛健を絵に描いたような侯爵閣下のお人柄を忍ばせる。
「ささ、諸君、遠慮なく入ってくだされ。馬車は厩舎に回させよう。荷物はメイドに預けてくだされ。部屋を用意させておるので案内させよう」
「さ、皆様遠慮なく」
「ええ、当家に逗留の間は、ご自分の家のようにおくつろぎになってくださいね」
侯爵様方がそうおっしゃった途端、左右から手が伸びてきて僕らから荷物を奪ってゆく。
それは、実に自然に伸ばされてきた手に預けるのが当たり前のように、奪われたという感触を感じさせることなくすうっと行われた。
「…………ッ!」
「……っあ!」
「……ッえ?」
「…は!」
「「「「ふあぁ!」」」」
いつの間にか、僕らの周りには幾人ものメイドさんたちが僕らから奪った荷物を抱え、柔らかな笑みをこちらに向けていた。
「どうぞ、こちらへ、お部屋にご案内いたします」
掌で指し示し、メイドさんたちが僕らを先導する。
「うわあ、うわあ!」
「ひゃわわっわぁ……!」
「は、はひゅ!」
「「「「「「「「………………!」」」」」」」」」
ダリルたちが、驚きのあまりおかしな声を出した。
うちのお嬢様方やエフィさんはもともと大商のお家だったり、教団のおえらいさんだったりするからこういうのには慣れているだろうが、元が引きこもりの僕や、辺境のそのまた田舎出身の東の森の乙女たちは肩を竦め身を縮こませるばかりだ。
「相ッ変わらず、無駄に広いなこの屋敷は!」
「だから守りが手薄になっていると思うのだけれど?」
嫌という程に聞き慣れた二人の声に、そんな僕らの緊張は一瞬にして吹っ飛んだ。
「「「「ルー! リューダ!」」」」
「「「「「「「「「「「「師匠ッ!」」」」」」」」」」」
「……ッ! 地獄のサイレン! スタンレーの魔女ッ!」
「あらあら、ルー、リューダ、お久しぶりね!」
「何年か見ないうちに随分小奇麗になったようね」
振り返った僕らの視線の先、開け放たれた玄関に飄々と佇むルーデルとリュドミラが犬歯を見せていたのだった。
ん? 侯爵閣下がルーデルとリュドミラを二つ名で呼ぶのは、分かるけど、奥様と若奥様も二人と知り合いのようだぞ。
「よう、マーニ……と、そっちは……?」
「懐かしいわね。ティルデにリンデ」
「へえ、ティルデにリンデ? 一緒にこの家にいるってことは、お前ら親子だったのか?」
「あら、ルー、あなた知らなかったの?」
「いやぁ、似てるとは思ってたけどよぉ……へえ、じゃあ、あれか? ニーナはマーニとティルデの孫で、リンデの娘ってことか?」
「そうなのだわ、ルー。あなたの頭に詰まっているのは馬糞なのかしら。粗忽にも程があると思うのだけれど? ついでに言えば、ニーナはアルベルト坊やの娘でもあるのだけれど」
「「なんだってぇ!」」
僕はルーデルと同時に頓狂な声を上げてしまった。
「なんでぇ、なんでぇ! アル坊が婿に入るっつってたのって、マーニの家だったのかよ しかも、リンデの婿って! ぎゃはははははッ! 傑作だ」
「ルーッ! アルのこと悪く言うと許さないよ!」
「ワリイ、ワリイ! いやな、さっきまで一緒にいたんだぜ、あいつと。ちょっと見ねえうちに、ずいぶん腕上げたなって言ってたんだ。な、リューダ」
「ええ、そうね。それにずいぶん出世したようね。あなたと結婚して男ぶりを上げたわね」
「ふ、ふん。おだてたって、マウザの白しか出さないわよ」
「よかったわねリンデ。リューダが褒めるなんてめったにないことよ」
今まで淑女然としていた。侯爵夫人とご令嬢がヴェルモンの街の冒険者ギルドマスターのようにルーデルとリュドミラと会話をしている。
ん? なんでここに近衛騎士のアルベルトさんの名前が出てくる? しかも、ニーナ姫様のお父さん?
「あ、あのさ、リューダ、アルベルト坊やって……」
「あら、ハジメ、あなたのお脳もルー並みなのかしら? さっきまで一緒にいた近衛騎士の中佐のことなのだけれど」
ああ、たしかにアルベルトさんは名乗ってたっけ。
アルベルト・ジークムント・フォン・オーフェンって。
道理で聞いたことがある家名だ。
僕らの前で蛇蝎を見るような視線をルーデルとリューダに投げつけているお方の家名なのだから。
18/08/15 第20話 雲隠れしていた二人が出てきたと思ったら………… の公開を開始いたしました。
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