第19話 こっちの世界の大貴族の御婦人様方は純日本風の礼儀作法を身につけていた
お待たせいたしました!
「「冒険者ハジメ殿、ならびにご一党の皆様! 此度は娘、ニーナ・マグダレナの窮地をお救いいただきたること、感謝の極みにございます。我ら親子、七生に渡り報恩仕りますこと、身命にかけにかけお誓いいたします」」
東方辺境伯オーフェン侯爵の令夫人とご令嬢の息の合った口上が王都の石畳に反射して辺りにこだまする。
(ああ、なるほど、この方達はニーナ姫様のお母さんとお婆さんか。なるほどニーナ姫様に似てるなあ)
僕の目の前で、高貴な身分にあらせられる御婦人お二人が、実に美しい座礼をしていた。
茶華道のお名取クラスでもこんなに見事な座礼を決められるだろうか。いや、そんなの実際には見たことないから単純比較できないけど。
少くとも、ネットで配信されていた茶道入門とか華道入門とかの動画で見た座礼よりも気品に溢れ凛としていた。
(うわぁ……なんてきれいな座礼なんだ)
僕は、久しぶりに日本風の礼節に接して、感動のあまり数瞬呆然としてしまった。
「ハジメさん!」
「ハジメ!」
「…………ッ! あ!」
ヴィオレッタお嬢様とサラお嬢様が両脇から肘で僕の脇腹を突いてくれたので、ハッと我に返ることができた。
我に返ったのと同時に周囲から向けられる好奇の視線にも気がつく。
僕たちの周りにはあっという間に黒山の人だかりが出来上がっていたのだった。
(あわわわわわッ!)
大慌てで僕も平伏、この状況の収束を図ろうと、令夫人方よりも頭を低くして、座礼を解くようにお願いをする。
「あ、あ、あの、どうか頭を上げてください。僕は奥様方にそこまでしていただくほどのことをしておりませんから。もう十分ヴェルモンで侯爵様にいただいてますから」
これは悪手だった。この場面での謙遜は最悪に近い一手だった。
ご婦人方は一層頭を下げ、石畳に擦りつけたのだった。
そう、僕は侯爵夫人とそのお嬢様に土下座をさせてしまったのだった。
「そうはいきませぬ! ハジメ殿が私共の謝意を汲んでくださるまで、地にひれ伏し、我が誠をご覧いただきます」
令夫人たちは更に頭を石畳に押し付ける。そのまま五体投地に移行しそうな勢いだ。
ザワザワと野次馬がなにごとか囁き始める。そりゃそうだろう、チラ見でそれと分かる高貴な御婦人が、こんな薄汚い冒険者風情に土下座しているんだから。
好奇心が疼かない方がどうかしている。
「冒険者ハジメ殿! どうか、我がオーフェン家の謝恩を受けてくだされ!」
トドメに公爵閣下が跪き、耳元で防災無線放送が鳴り出したような大音声で叫んだ。
侯爵家の人々の声がでかいのは遺伝か何かだろうか?
「わかりました、わかりましたから! お気持ち確かに承りました。どうか御顔をお上げください。立ってください。お願いします」
このままでは、ことがどんどん大きくなって収拾がつかなくなる。
僕は公爵夫人たちに頭を上げていただくように懇願した。
「う、うむ、ハジメ殿がそう申してくれるのであれば……」
「はい、ここでなくとも、我らの誠を尽くすこといずれかで叶いましょう」
公爵閣下と夫人はそう言って立ち上がり僕らに会釈する。が、ゲルリンデ様は座礼を解こうとしない。
「ああ、地にひれ伏したくらいでは、私のこの感謝の気持ち表し切れませぬ。私の愛しいニーナの命をお救いくださった勇者様なのですよ!」
「ワシも同じ気持ちじゃ、リンデ。お前たちがこらえきれずかような場所であるにもかかわらずハジメ殿に礼をとったのもわかる。だがここは、天下の往来じゃ。な、所を移し、気が済むまで誠を尽くそう」
いやいや、もう十分ですから。
くそ、こんなときルーデルやリュドミラはどこに行ったんだ?
気がついたらいなくなっていたぞ。
「何事か! 無許可の大道芸、集会は銀貨三枚の罰金だぞ!」
ほら見たことか。付近を巡邏していた衛兵が騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた。
衛兵は人垣をかき分け、僕らのところにやって来ると、ギロリと犯罪者を見るようにこちらを睨みつけてきた。
「……ッ!」
が、すぐに弾かれたように侯爵に向き直り、敬礼をしたのだった。
「こ、これはいかなる仕儀でありましょうか、侯爵閣下」
衛兵はオーフェン侯爵の馬車に施してある紋章に気がついて、この騒ぎの中心が東方辺境伯オーフェン侯爵であると判別したようだった。
「おう、これは衛兵殿。何ということはない。馬車から降りた拍子につまづいただけのこと。妻は支えるに間におうたが、娘はまろんでしもうた。ぬははははは。東方辺境伯ともあろうものが、馬車からまろび出たるなどさも珍奇なことなのであろうのぅ! ぬぅあッはッはッはははッ!」
強引だ。力技にも程がある。そんなことでこの群衆を言いくるめることなんか……。
「若奥様お怪我ございませんか!」
「侯爵様がコケるなんて初めてみましたぜ!」
「いやあ、珍しいしいものを拝見しやした!」
「奥様ぁ! 相変わらずお仲がよろしゅうございますなぁ!」
あちこちから侯爵ご一家を労る声が上がリ始める。
(え? みんなここで公爵夫人たちが土下座していたことをなかったことにしようとしている?)
「ふむ、……でありますか。それはそれはゴブリンが輪舞を踊るが如きでございましたでしょうな。では、我々は失礼いたします。さあ、お前たち解散せよ!」
そう言って衛兵は侯爵に敬礼をして去っていった。
群衆も三々五々散ってゆく。
どうやら公爵閣下はここ、王都でもすこぶる人気があるようだ。
「ときに、ハジメ殿、王都での逗留先は決まっておられるのかの?」
と、思いもかけず、公爵閣下が僕らの投宿先を聞いてきた。
「はあ、実は決まっておりません……。ルグ巡回大主教様の伝で、ルーティエ教団の本部神殿で、巡礼者用の宿泊施設をお借りできればと思っていたのです」
エフィさんを手で示し、話し合っていたこれからの予定を打ち明ける。
それを聞いた公爵閣下は破顔して令夫人にご令嬢と顔を見合わせた。お二人もニッコリを笑っている。
「では、では、皆々様。当家においでくださいまし。粗餐ではございますがお食事もご用意させていただきますわ。ね、ね、お父様!」
ご令嬢ゲルリンデ様が顔面をシュ○ファイア(軍用の目が眩むほど明るい懐中電灯。ものすごく高い)のように輝かせた。
「ウムッ! そうであるか! いやあ、こうつご……ゲフン。ならば是非とも拙宅に参られよ! ニーナの戦友たる乙女たちも是が非でも当家に泊まって欲しい。なに、新学期が始まるまで拙宅に逗留してくれ」
「もうまもなくニーナも王都に到着するはずなの。どうか会ってあげて欲しいわ」
公爵閣下が手を挙げる。
すると、どこからともなく閣下の家臣と思われる騎馬の一隊が僕らを囲むように現れた。
「ささ、皆さん参りましょう! ウォルテル、皆様をご案内差し上げて」
「ははッ!」
ゲルリンデ様が、騎士に指示を出し、馬車に乗り込む。
「ではハジメ殿、拙宅で、な」
「いーっぱいお話きかせてくださいね」
公爵閣下と奥様が僕らに会釈してゲルリンデ様に続いた。
いつの間にか騎馬隊が僕らの馬車一台に四騎ずつついて方陣を敷いていた。
「なんか、これってご案内っていうより」
「護送と言った方がが正確ですねぇ」
「まあ、いたしかたございません。今日のところは侯爵様のご厚意に甘えましょう」
「侯爵様のとこってごはんおいしいかな?」
ぼやきながら僕らも馬車を進発させる準備をする。
約一名食欲に塗れた発言をしているけれど。
「じゃあ、行きましょうか」
「「「「「「「「「「「はいッ!」」」」」」」」」」」
そうして僕らは東方辺境伯オーフェン侯爵王都邸にれんこ……ゲフンゲフン……招待されたのだった。
18/08/12 第19話 こっちの世界の大貴族の御婦人様は純日本風の礼儀作法を身につけていた の公開を開始いたしました。
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