第10話 僕は家族と一緒にご飯が食べたいんですが?
ヴィオレッタお嬢様とサラお嬢様の服選びは、存外とあっさりと終わった。
お二人が選んだ服は、とてもじゃないが、大商人のお嬢様のお召し物といったものではなく、初級の冒険者か、せいぜいが街娘といった雰囲気の服だった。
ちょうちん袖と襟ぐりが大きく開いたヒップ丈のチュニック、ウェストニッパーで胸を押し上げ、ボトムは二分丈くらいのキュロット。そして、ニーハイのブーツ。
それは、キャラバンで旅をしていたときの装いにとても似ていた。
「御主人様が旅姿ですから、わたくしたちがそうでないわけにはいきませんし……」
ヴィオレッタお嬢様が、はにかみながら試着室から出てくる。
「こういう服の方が慣れていますから。動きやすいのが一番です。わたしは、これから、ハジメ様のために、いっぱい働くんですから」
サラお嬢様が、頭二つぶん低いところから僕に元気な声を聞かせてくれる。
「お二人ともよくお似合いですね。ちなみに、呪いも怨念もかかっていませんでしたから大丈夫ですよ」
エフィさんが微笑む。この方がそう言うのなら間違いないだろう。何の因縁もない品のはずだ。
「3番、後で武器屋に行って、ナイフと治癒師の杖のいいのを選んであげる」
44番がヴィオレッタお嬢様を誘う。
ヴィオレッタお嬢様が治癒魔法の使い手だったとは、知らなかった。
「4番にもナイフを選んであげましょうね」
45番がサラお嬢様を撫でる。こうして見ていると、外見に少しだけ種族的な違いはあるけれど、仲のいい四人の姉妹みたいだ。
「あの…う、お代はこちらになりますけどぉ……」
店の女店員さんが、恐る恐るといった雰囲気で僕に声をかけてくる。その手に買い物の明細と代金の金額が書かれた黒板を抱えていた。
その金額は、新品で女性一人の洋服を揃えるよりもだいぶ安かった。
だが、その金額は、古着屋で買い物をするような階層の人間が支払うには、高い金額なのだろう。女店員はかすかに震えている。
「あ、はい、じゃあ、これで」
僕は懐から小さな袋を取り出し、代金を店員さんに支払う。そして、支払いとは別に銀貨を三枚、店員さんの手に握らせた。
「ありがとう、また今度来たらよろしく」
「は、はいッ!」
店員さんがばね仕掛けの人形のようにお辞儀をする。
「じゃあ、みんな、食事に行きましょう。45番どこかいいところありますか?」
45番は少し考えた後。
「セスアルボイ亭が、この街で一番気軽で美味しいと、ゼーゼマンさんはおしゃっていました」
「45番! 確かにセスアルボイ亭はドレスコードもありませんが……」
ヴィオレッタお嬢様が言いよどむ。
「美味しいならそこにしましょう」
「セスアルボイならすぐそこだね」
44番がウサ耳を揺らす。
そのお店の場所を知っているという44番を先頭に、僕たちは繁華街を歩く。
僕たちの方をチラチラと伺うような視線が気になる。
「僕は、なにか、目立つ格好でもしてるかな?」
「きっと、ハジメ様がきれいな女を大勢侍らせているのがうらやましいのだと思うのです」
45番が、のほほんと答えてくれる。
「それはしまったな。僕には、どうしようもできないなぁ。いまさら、みんなにブスになってなんて頼めないし……」
「ぷッ! くははっ! ハジメ様、あんたそれ、マジで言ってるますか?」
44番が笑いながら不思議言語で俺の正気を疑ってきた。
「いたって、僕は正気だぞ」
少しだけ憤慨した僕を、44番は渾身のギャグがヒットしたお笑いライブの観客のようにように笑った。
「はははははっ! さあ、ついた。ここが、セスアルボイ亭だ」
うん、確かに。店内から香ばしい匂いが漂ってくる。
「じゃあ、入りましょう」
「でも……ハジメ様……」
僕は店のスウィングドアに手をかけ、ヴィオレッタお嬢様とサラお嬢様を通そうとする。
「だめだ! だめだ! ウチは奴隷はお断りだ!」
突然店内から突き出された男の手が、ヴィオレッタお嬢様を突き飛ばす。
「きゃあッ!」
目の前から消えたお嬢様を追って視線を走らせる。
「おじょ……ッ!」
ヴィオレッタお嬢様は、すぐ後ろにいた44番が抱きとめていた。
「あんた、どういうつもりだい? 奴隷なんか連れて来て!」
でっぷりと太った、転生前の僕みたいな中年の男が、僕たちを怒鳴りつける。
なぜ怒鳴られるのか、良く理解ができない。僕たちは食事に来ただけだ。
「こちらが美味しいと評判を聞いて、食事に来たんですが」
「フンッ、あんた……あんたはいい、そこの赤いローブの女性もいい。だが、他の四人はだめだ。裏に回って、残飯でも漁ってろ」
僕とエフィさんを指差して、ヴィオレッタお嬢様を突き飛ばした中年が、耳障りなでかい声で何事かをほざいた。
「こちらのお店は、家族で食事をするのを認めないと?」
「家族? あんたのか? どこにあんたの家族がいるんだ? 俺にはあんたの連れの女僧侶と薄汚え女奴隷しか見えないぞ」
「そうですか……」
僕は腰のマジックバッグから、奴隷契約を解除するゼーゼマン氏も僕らを解放するときに使った、榊みたいな小枝と呪文の書付を取り出す。
「ハジメ様?」
「442番?」
「ハジメ様いけません!」
「だめだよ、ハジメさま!」
僕は自分でも判るくらいにっこりと笑っていた。
そして、みんなに告げる。
「首を出せ、みんなの隷属契約をたった今、ここで解除する。そして、みんなで一緒のテーブルでご飯を食べよう」
僕たちの周りに野次馬が集まる。
セスアルボイ亭の男が、必死に野次馬を散らそうとするが逆効果だった。
「あ、あんた、一体何を始める気だ? こんなところで」
僕の言葉に最初に従ったのは45番だった。45番が僕に背を向け、跪く。
「ハジメ様、ヨハン様がおっしゃったわたしと44番の隷属契約の解除の件覚えてるかしら」
あ、しまった。44番と45番の契約解除は、本殿ってとこじゃないとできないって、ゼーゼマンさんが言ってたっけ。
「あれ、嘘よ。ハジメ様にわたし達を引き取らせるためにあんなこと言ったの」
そうか、なら、いまここで、解除できるわけだ。
次にサラお嬢様が跪く、そして、44番が僕に背を向け跪く。
「い、いけませんハジメ様。こんなことで隷属契約の解除なんて……」
「ヴィオレッタ様、僕の言うことを聞いてください。お願いします」
僕は左腰に差したナイフで指先を傷つけ、榊みたいな小枝に血を滴らせる。
「お、おい、たのむやめてくれ。あ、い、いや、よく見たら、そちらのお嬢さんはゼーゼマンさんところのお嬢様じゃないですか。さ、さあ、よくおいでくださいました。本日はいい魚が入って……」
僕は男を手で制した。
「奴隷はお断りがこちらの決まりなんでしょう? 僕は決まりを守ろうとしているだけですが?」
野次馬が口々に勝手なことをわめいている。
僕の血を滴らせた小枝が淡い光を放ち始めた。
16/10/05 第10話 公開開始です。ご愛読誠にありがとうございます。週末以外毎日更新予定です。