第13話 夜明けのアンデッド
「ハジメさん! ルー!」「ハジメさん! ご無事で」
「ヴィオレお……、エフィさん!」
ヴィオレッタお嬢様とエフィさんが顔色を蒼白に染め付けて駆け寄ってくる。
一個小隊(四十人前後)分のミンチが散乱している惨状だ、そりゃ、顔面蒼白にもなる。
吐き戻したり、錯乱して泣き叫んだりしないのは、ゴブリンパレードを殲滅したことで上がった位階のおかげで、精神汚染に耐性ができているからだ。
なぜ、そう断言できるかというと、僕の鑑定スキルでみんなの現状をチェックしているからだ。
ちなみに、我がパーティのメンバーは精神耐性(中)を獲得している。
「ハジメさん! もうッ、また、あなたは無茶して! ああッもうッ……あなたはちょっと目を離すと……。こんなにボロボロになって……大丈夫ですか? 痛いところないですか?」
い、いや、ヴィオレッタお嬢様、これは僕が自ら行動して齎されたものではなくですね、ルーデルにぶん投げられた結果なんです。
ヴィオレッタお嬢様は僕の体をペタペタと触り、僕が無傷であることが確認できるとほうっとため息をつく。
とてもさっきまでハリネズミ状態だったことを言えるような感じじゃない。
「は、ははは……流石は台下でございますな、この酸鼻を極めている状況でいっさい手傷をおっておられないとは!」
エフィさんは引きつり笑いを浮かべながらも、僕が怪我一つしていないことに安心してくれているようだ。
「なんでぇ、なんでぇ! あたいの心配はしてくんねえのかよぅ。つれねえなぁ」
口を尖らせていじけるルーデルのご機嫌は後でとっておきのお酒(この間の日本酒をこっそりと取り置いておいた)でとろう。
本格的にヘソを曲げる前に。
「お二人ともありがとうございます。僕はほら、この通り大丈夫です。ルーは……」
「ふん、あたいにかすり傷追わせたかったら、フェンリルでも連れてこいってんだ!」
全く心配はしていなかったけど、彼女の体には傷一つついていない。
「ほ、本当に大丈夫なのか? ハジメ殿、先程までハリネズミのような有様だったと見受けたが……」
アルベルトさん! せっかく胡麻化そうと思ってたのに……。
「ハリネズ……、ハジメさん!」
「あ、あーっ! それにしても、こんな惨状、放っておけませんよね。ね、アルベルトさん!」
強引に話題を切り替え、ヴィオレッタお嬢様の注意を僕のことから逸らそうと試みる。
アルベルトさんに僕の意図を組んでもらおうとバシバシとウィンクを出しまくる。
「あ、そ、そうだな。戦場清掃は大事だ、このままにしておけば魔物がよって来るし、疫病が発生する恐れもある。至急作業にかかるとしよう。は、ハジメ殿、部下と共に穴掘りと埋葬をやってもらえるだろうか? わはははははー」
僕の意図を理解してくれたようで、アルベルトさんがぎこちないウィンクを飛ばし返して僕に穴掘りを手伝うように誘ってくれた。
「そ、そうですね。疫病になったらたいへんですね! お手伝いしますよ!」
棒読みでアルベルトさんの要請に乗っかりシャベルを担ぐ。
「んもうっ! ハジメさん! ごまかそうとしたってダメです。ハリネズミみたいだったってなんなんですか?」
「び……ヴィオレおじ…、ほ、ほら、僕こういう便利で高性能な物持ってるんで、手伝わないのは……」
ごまかしきれなかった。
ヴィオレッタお嬢様が食い下がってきている。
こんなに心配してもらえるのは本当にありがたいことだ。
ありがたいんだけれど……
「そ、そんなことより、ヴィオレ、ウィルマ、ここはアレですから、野営地に戻りませんか?」
こうなったら強行手段だ。僕は二人の背中を押して、この場から立ち去ることにする。
この場から立ち去って、今日の朝ごはんのメニューを何にするかの相談を持ちかけて強引に有耶無耶にする算段だ。
「え? え? でもハジメさん?」
「いや、台下、非才らは……!」
「え、ええ、でも、襲われていた方たちは大丈夫なんですか? 手当とか必要ないんですか?」
「だ、台下、騎士殿に依頼された戦場清掃は? 非才の回復薬やヴィオレの魔法は必要なくなったのですか?」
あ、しまった。地雷踏んだ。
「ま……、間に合わなかったんですか?」
みるみるうちにヴィオレッタお嬢様の双眸に涙が溢れ返る。
瞬時にしてそれはボタボタと音を立てて足元に落ちて暗い染みを作る。
マズイマズイマズイ! これはなんとかしないと大変なことになる。
「あの……ぅ」
この場に似つかわしくない稚く高い音域の声が僕を呼んだ。
「ち、ちょっと待ってください!」
「は……い、お取り込み中とは存じ上げますが、その……ぉ」
だから、僕は今とっても忙しいんだ! お嬢様に笑顔になってもらわないといけないんだから。
それ、ゼーゼマンさんに今際の際にお願いされたことだから、最優先だから。
「だから、少し待ってって言ってるんです! 今大変な……え?」
僕は声がした方に振り向いて凍りつく。
「ぅお!」
「ひぃ!」
「…ぅむぅッ!」
「ムムムッ!」
「へえ」
その場にいた全員が凍りつく。
僕らの背後には、いつの間にか頭から真っ赤に血塗れた数体のヒト型がぼうっと佇んでいた。
「うわぁ、アンデッド!?」
死体の匂いに引き寄せられて、モンスターが現れやがった。
しかも、ここに来てアンデッドだ。
「後少しで夜明けだってのに、アンデッドかよ」
しかも、人語を解する上位の厄介なやつだ。
「お嬢様、エフィさん下がって! アルベルトさん、戦場清掃は少し後にしましょう。ルー、頼む!」
「そうなりますな!」
「あいよ!」
僕はミスリルシャベルをギュッと握り込んだのだった。
18/07/27 第13話 夜明けのアンデッド の公開を開始しました。
毎度ご愛読誠にありがとうございます。
皆様の御アクセス、ご評価、ならびにブクマ大変励みになっております。
今後とも何卒宜しくお願いします。




