第8話 「どっちにつく?」「おんなッ!」
今回から少しグロな表現が続きます。ご注意くださいませ。
野営地から進発して二~三分走った頃に、僕はリゼやダリルが察知したという野盗の襲撃現場に到着した。
襲われていたのはひと目で高貴なお姫様でも乗ってそうなのがわかる豪奢な馬車だった。
「遅かったなハジメ。まだ半分以上残ってるぜ。よかったな」
ルーデルが巨大な両手大剣を振り回しながら僕に向かって獰猛な笑顔を見せる。
半分残っているっていう襲撃者たちは、ルーデルとたった今まで襲っていた馬車の間で恐慌していた。
「な、何をしておる。我が騎士団には弱卒はおらん! たった一匹の獣人風情に遅れを取るとは末代までの恥ぞ!」
うわあ、状況を理解する能力がない馬鹿がいる。
こんな馬鹿がこいつら頭目なのか……かわいそうに。
まあ、でもたった、二~三分前まで楽しくお金持ちの馬車を襲っていたのに突然こんな状況に放り込まれ当たら、正常な判断ができるわけないか。
そう、そこには人の脳から正常な判断を奪い去ってしまうほどの惨状が転がっていたのだった。
「うえぇ、ひでえ……」
僕は思わずつぶやいた。
そこには足が生えた巨大なフードプロセッサーが回転しながら散歩したような惨状が転がっていた。
かつて武器や鎧だったと思われる血まみれの金属片とやはり血に塗れたピンクの肉片が混じり合って散乱している。
金属片が混入した出来損ないのハンバーグが、かつて人間だったと確認できたのは、かろうじて粉砕されそこなった手足や割ったウニみたいに脳みそを弾けさせた頭部がそこここに散らばっていたからだった。
腸や臓物も辺り一面に転がっているけれど、僕には獣のモツと人間のモツの区別がつかないから、人間のものと分かる手足や頭があったことで、無残な死に方をした連中が人間だったのだとようやく判別できたのだった。
「はぁ……」
僕はため息をついた。
この惨状にではない。いや、たしかにひどい死に方をさせられたものだとは思うが、こんな死に方をしたのは自業自得だ。
だから、この惨状には気持ち悪さ以外で心を動かされることはない。
僕がため息をついたのは、こんな惨状に心を動かされなくなってしまっていることだった。
(人間としてどうなんだろうな? こんな大虐殺とも言える場面に心を動かされないなんて……)
ゴブリンパレードの討伐を乗り越えたことで、僕は僕や僕の守りたいものに敵対するものや、僕の正義に悖るものに対する容赦や同情がなくなったように思える。
そんな心のあり方の変化に呆れ、ため息が出てしまったのだった。
「おらおらどうしたぁ? 弱卒はいねえんだろかかってこいよ!」
ルーデルが剣を振るう度に手が脚が指が首が弾け飛び、粉砕されていく。
SSS級冒険者様が人間に対して、その力を振るうことの恐ろしさに僕は股間にぶら下がっているモノがきゅううっと縮こまり背筋がゾクリとした。
「きさまぁ! 獣人ごときが騎士を愚弄するか!」
ん? 今、騎士って言った?
そういやさっき騎士団に弱卒がどうとかって言ってたよな。
騎士団って……まさかこの国の騎士団じゃないよな。
この国の騎士団だったら、僕ら王国反逆罪で一族全員死刑だぞ。
「おいルー……」
「あああッ!?」
ルーデルがギロリと僕を睨む。
「ああ、いや、なんでもない」
僕はルーデルから目をそらし、音が出ない口笛を吹いた。
「きゃああああっ!」
「貴様ッやめろ! 姫様を離せ!」
稚い高音域の悲鳴と、いかにも女騎士といった少し低い音域の敵対行為に抗う声が僕たちに剣を向けている集団の向こうから聞こえた。
「ジョージ聖をお守りしろ! 手柄を立てた者には神の恩寵が齎され、この世での栄達は思うがままぞ! さあ! 行くのだ!」
「うおおおおおおおおッ!」
野太い雄叫びを上げ、ガチャガチャと鎧兜を鳴らして、完全武装の兵士たちが僕らを囲む。
ああ、やっぱり襲ってる方どっかのお偉いさんだ。
んで、襲われてる方もどっかのお偉いさんだ。
これは、権力闘争のお邪魔をしてしまったのかもしれない。
……だけど。
「んで、ハジメぇ! 今更なんだがどっちにつく?」
剣を振り回すのを中断して、ルーデルがこちらに剣を向け対峙している一団を親指で指し示しニヤリと笑った。
え? なにそれ。ここまでやっといて今それ聞くかな。
でも、女の子の悲鳴を聞いた以上、僕の答えは決まっている。
「おんなッ!」
フランスの大文豪が創作した怪盗の子孫を自称する泥棒とその相棒のガンマンが交わしたような言葉を交わし、僕は腰の雑嚢の上に差してあるシャベルを引き抜く。
「ひゃひゃひゃ! 何だこのガキ! シャベルを出したぞ」
「ぎゃははははッ、獣人! 貴様の助っ人は墓掘り人夫か?」
兵隊たちの罵声に僕は辟易とする。
コイツらはわかってない。
戦場最強の得物ってやつが。
「ちなみにだけどな、こいつらの鎧に兜にはグリューヴルム王国の紋章は一つだってついてないぜ!」
「へえ、それは一安心だ」
僕は囲んでいる兵たちに目を凝らす。
月明かりに浮かび上がったそいつらの鎧には南十字星を紋章化したみたいなレリーフが刻んである。
「どうやら、王国の兵隊さんたちでもないみたいだね」
「ああ、そうさぁ。反逆罪の心配はないぜぇ」
「まあ、もし反逆罪に問われたとしてもさ」
「しても?」
僕はルーデルに駆け寄り、背中を向ける。
「女の子を泣かせるやつは撃滅ッ、殲滅ッ、絶滅だッ!」
「よく言ったハジメえッ、根性見せろッ!」
突如僕の視界が下から上に高速回転を始め、視界が赤く染まる。
遠心力で血液が頭部に集中したために起こるレッドアウトという症状だ。
(これってかなりやばい状況じゃね? 眼球の中の血管が破裂する寸前だろおおぉッ!)
まあ、僕には神様に貰った『絶対健康』があるから、血管が破裂してもすぐさま原状復帰するからいいけど。
僕はルーデルにぶん投げられて、回転しながら豪奢な馬車に向かって飛んで行く。
上下に高速回転する視界に、馬車にもたれるように倒れている女騎士ときれいなドレス姿の幼い少女を片手で吊り上げているずんぐりむっくりとした肉の塊が映り込んだ。
「なんだとおおおおッ!」
馬車の周りには、血溜まりの中にうつ伏せあるいは仰向けの蛙みたいな体勢で十数人の年若い女たちが転がされている。
その全身はことごとく血に塗れていた。
きっと、いま肉塊に吊り上げられている少女の護衛の騎士たちだったんだろう。
装備していたであろう鎧や武器がそこここに散乱している。
彼女たちが何をされたのかは一目瞭然だった。
少女を吊り上げている肉塊と、ルーデルにミンチにされている連中が何をしていたのかが一目瞭然だった。
腹の底で何かが爆発したみたいだった。
そう、あのゴブリンの巣穴で、積み上げられた人骨の中に幼女の頭を見たときのような怒りが弾けたのだった。
「てめええええええええッ!」
俺はシャベルを振り上げ、体を丸める。
僕の体の回転数がより一層上がり、丸鋸のような高速回転で肉塊に向かって飛んでいった。
18/07/22 第8話 「どっちにつく?」「おんなッ!」 の公開を開始しました。
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