第3話 野営地に漂う焦がし醤油の香り
お待たせいたしました。
スタートダッシュ連続投稿4回目です。
ハジメが作っていた料理は何だったでしょうか?
答え合わせの時間です!
「むはぁ! これはたまらん!」
僕の鼻孔は醤油が焦げる香ばしい香りで満たされていた。
野営地に漂うその香りに、王都へと向かう僕らの一行総勢二十四人はうっとりとしていた。
この醤油は、僕らの家がある東方辺境伯領領都ヴェルモンの総合食品商会タジャ商会の女将さんから貰ったものだ。
ひょんな事で知り合ったタジャ商会の女将のヤトゥさんに、漂着した船に積んであった奇妙な形の樽2つと俵1つの中身の確認を頼まれたときに樽の中に入っていたのが醤油と日本酒だった。
ちなみに俵の中身は籾殻を外す前の種子(種籾)の状態の米だった。
このときに僕は米の栽培の実験を行うことと引き換えに、米1俵と醤油4斗、酒1升を貰ったのだった。
「みりんがあればなぁ……もっとおいしくなるのに……」
後、二~三回混ぜ返せば出来上がりだ。
立ち上がる香りに、ぎゅるるるるるるッ! と、腹の虫が盛大に叫ぶ。
「うはぁ、ハジメぇ! うまそうなにおいだな!」
ルーデルが戦兎人族の特徴である長い耳を揺らし僕の肩を勢いよく抱き寄せ、その豊満な胸を押し付けて僕の手元を覗き込む。
「る、ルーデル寄り過ぎだってば」
「なぁに照れてんだよぅ、スッポンポンで抱き合って寝た間じゃないかぁ」
ケラケラとルーデルが笑う。
「ダリルたちが誤解するだろ! それは、ケニヒガブラに咬まれた僕をゼーゼマンさんに言われて、リューダと二人して温めれくれたときのことじゃないか!」
僕は辺りによく聞こえるように大きな声でルーデルの前言を否定する。
耳まで真っ赤にしていたダリルやリゼたちがほっとため息を付いたのが聞こえた。
「あら、ルー! つまみ食いはだめよ。……はあ、でもこの香りはエールがよく合いそうなのだわ。まだなのハジメ。わたし、そろそろ待ち切れなくなっているのだけれど?」
愛らしい垂れ耳の犬人族のリュドミラがルーデルに劣らない立派な双丘を揺らして、僕が振っている叩き出しの半球状の鉄鍋を覗き込む。
二人の目はまさに肉食獣のそれだ。
……と、ヨダレヨダレ! 鍋に入るから!
「もうすぐだから、ふたりともエールでも飲って待っててよ。グランダクローノのジャーキー出すから」
僕は腰の雑嚢型マジックバッグから干し肉を取り出し、ルーデルに放る。
グランダクローノってのは、馬上槍試合のランスのようにでかい角の牛の魔物だ。
そいつもルーデルとリュドミラが狩ってきて、『東の森の乙女』たちが解体したのだった。
そして僕が調理する。
この道中そうやって食事を賄ってきたのだった。
「この鍋の中身は君たちが狩ってきてくれた獲物で作ったやつだからね。これがなかったら今晩のこの料理はなかったよ。ありがとう。ルー、リューダ」
「ふふん」
「んふふふ」
二人はドヤ顔で胸を反らす。
「ハジメ、ハジメ! 食卓の組み立ては終わったわ」
「ご主人さま、みんな席に付きました!」
「ごしゅじんさま! みんなちゃんと手を洗いました」
少女たちの舌足らずな高い音域の声が、心地よく鼓膜を震わせる。
僕がリーダーを務める冒険者パーティーの最年少メンバーで最大魔法火力のサラ・ゼーゼマンお嬢様と、僕らのパーティーがゴブリンの巣穴から助け出した少女たち『東の森の乙女』の兎人族の少女リゼに狼人族のダリルが息を弾ませ、駆けて来る。
「サラ、ダリル、リゼ。報告お疲れ様! ありがとう! 手を見せて……うん、きれいに洗えてあるね」
ワイヴァーンの血と脂に塗れていた手は爪の間まできれいに洗い上げられていた。
「みんながワイヴァーンを解体してくれて、この鍋の中で一緒に炒めているハーブを採ってきてくれなかったら、きょうの晩御飯の料理はできなかったんだよ。みんな、ありがとう!」
僕が今作っている料理に必要不可欠なハーブ摘みは大成功だった。
人攫いにも遭遇せず、冬にもかかわらず目的のハーブの大群落を発見して、エルフ少女のノッラとファンニを始めとするハーブ採取班は、必要分の十数倍ものハーブを採ってきたのだった。
さすがに大量のハーブを抱えてキャンプに帰ってきた彼女たちは手ばかりが顔まで泥まみれだった。
すかさず僕は展開してある野外風呂セットを指差して全員に入浴してもらったのだった。
冬の寒い林の中での野草採取で冷え切った体を温める目論見もあった。
皆の協力のおかげで、今、僕が振っている鍋の中は食欲をそそる香りをこれでもかってくらい放っている。
「えへへッ! ハジメに褒められた」
「へへッ、ほめていただいたぁ!」
「うふふふ、みんなぁ! ごしゅじんさまがハーブありがとうだって!」
わあッ! と、いう高周波の歓声が上がった。
僕は、この音域の声がけっして嫌いじゃない。
自然と頬が緩む。
「ああッ、ハジメさんが変なお顔で笑ってるの!」
エルフの少女ファンニが僕を指差して笑った。
釣られて僕以外の全員が笑い出す。
それは、僕らの野営における食事準備中のいつもの光景だった。
「今笑った人、これを食べたくないんだね!」
鉄鍋を指差して僕は少しだけ意地悪を言ってみる。
これもいつものこと。
「うへえ、そりゃないぜハジメぇ!」
いつも真っ先に音を上げるのはルーデルだ。
「あら、ハジメ、真っ赤な雨が降るのを地面から見上げたいのかしら」
暗に僕の首を落とすと言っているのはリュドミラだ。
これも毎度のセリフ。身長を肩までにしてあげるとか、頭一つ分身長を低くしてあげるとかバリエーションは多岐にわたるけど。
だが僕はそんな脅しや泣き落としにはめげない。
泰然として鍋を振る。
「あーんごめんなさい!」
「もうわらいません」
「ごしゅじんさまぁ」
そのうち、次々と少女たちが五体投地せんばかりに謝罪をしてくる。
そして、ルーデルやリュドミラも平身低頭するに至って、僕はようやく口の端をにっこりと上げる。
「いいでしょう、では、みんなエフィさんから食器を受け取って、ヴィオレおじょ……の前に並ぶこと」
「えへへッ! わかったわハジメ」
「はい! ご主人さま」
「はぁいわかりました、ごしゅじんさま!」
「うわぁい、ごはんなの!」
サラお嬢様たちが踵を返す。
食事の開始を今か今かと待ちわびていた皆が、積み上げたメストレイ(防錆の魔法をかけた鉄板をプレス加工して作った仕切りがあるお盆)の前で腰に手を当てているエフィさんの前に殺到して行った。
「さあ、ワイヴァーンのレバニラ炒めの完成だよ! 召し上がれッ!」
17/07/16 第3話 野営地に漂う焦がし醤油の香り の公開を開始いたしました。
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