第109話 大団円
お待たせいたしました
「ウッラ、ファンニ!」
「ジゼル様!」
「ジゼルお嬢さま!」
領主様の後から広間に入ってきたニーナ姫様たち中のエルフの子が僕ら中のエルフの子の名前を叫び、こちらに向かって駆け出した。
そしてまた、僕らの一行のエルフ少女ふたりもそのエルフ少女の名前を叫んで駆け出した。
様づけお嬢様付けということは、エルフの中でも地位の高い家の子だったんだな。
どうりで気安く声をかけるなとか言われたわけだ。
「ご無事で!」
「あなたたちも無事だったのねよかった」
三人のエルフ少女が肩を抱き合い互いの無事を喜んでいる。。
僕が領主様と握手という名の力くらべをしている脇で、感動の再会劇が繰り広げられていたのだった。
「ウッラとファンニが言ってた行方知れずのともだちって、ニーナ姫様と一緒にいたエルフちゃんだったんだぁ!」
「まあ、こんな偶然って、あるものなのですね!」
「なんと、ウッラとファンニがよく話していたはぐれてしまった友達があの子だったとは!」
サラとヴィオレッタ、そしてエフィさんが目尻を拭いながら微笑む。
「ウッラ、ファンニ、よかったねぇ!」
「ご主人様のごはん食べるたんびに、『お嬢さまにも食べさせてあげたかった』ってべそかいてたもんねえ」
狼人のダリル、兎人のリゼたち、エフィさんの青空教室の生徒たちも苦楽をともにしてきた仲間の再会を喜び、もらい泣きしている。
「ジゼルが心配していた友人がそちらにいたとは驚きである。ハジメ殿にはまた、お世話になったようだ。感謝の極みである。ところで、お爺様、ハジメ殿と何をしているのですか?」
「いや……はは、音に聞こえた『ヴィステフェルトの銀鷲』殿と、ちと力くらべを、と、思うたのだが……いけなかったかのう」
「はあ…お爺様! ハジメ殿たちをお呼び立てしたワケをお忘れですか? そのようなことは、また後日来ていただいて、あらためて申し込めばよいではないですか!」
ニーナ姫様の怒気を孕んだ声に、領主閣下が万力のような力で握りこんでいた僕の手をパッと離す。
冷徹なツッコミに古強者然とした領主閣下が仔犬のように身を縮こまらせた。
このお城での力関係が透けて見えたてきたぞ。
……ってか、ご領主様には、僕はアイン・ヴィステフェルトとして写っているわけだよね。
金貨三千枚の賞金首の……。
まあ、この様子だと、ヴィステフェルト公国の公式発表を鵜呑みにしていないってのはわかるけど。
ちょっと用心にこしたことはないか。
ジンジンと痺れる手を吹き冷ましながら僕は思った。
「申し遅れたハジメ殿、今日は着ていただいて感謝である。当家でできる精一杯のものを用意した。どうか楽しんでいって欲しい。ジゼルもとりあえずは席に着こうぞ、さあ、お爺様!」
「う、うむ」
領主閣下が自らの席……広間のいちばん奥に据えられた長テーブルの真ん中の席……の前に立つ。
ちなみに僕が座るようにメイドさんに勧められた席は、領主閣下のすぐ右隣で僕の右隣にはニーナ姫様、領主閣下の左隣にヴィオレッタという並びだ。
どういう基準かわからないが他のゼーゼマンキャラバンのみんなも同じ長テーブルに並んで座っている。
ゴブリンの巣穴から助け出した女の子たちは僕らの席の前にいくつも並べられた円卓に座ってる。
みんなガチガチに緊張している。
「ん? ずいぶんでっかい扉だな」
僕らの席の正面、女の子たちが座っている円卓の向こうの壁にある扉が僕の常識からいたくはずれたものであることにたった今気がついた。
通常の扉ってどんなに大きくたって城門でもない限り人間がくぐれるくらいのはずだと思うんだけれど、その壁は高さは常識の範疇だけれど幅が、壁いっぱいの変則的な、例えるなら航空機格納庫の扉のようなものだった。
「ん? あれ?」
扉から目を離して、下を見ると、そこには皿とガラスのゴブレットそして、皿の左右にナイフとフォークが置いてある。
って、これ、まるで結婚披露宴みたいなテーブルセッティングだよね。
いや、この場合一番近いのは宮中晩餐会だ!
ってかその前に、ナイフとフォーク!
まだそんなに普及してないんじゃない?
これ使ってるの、せいぜいウチと冒険者ギルドぐらいのはずだと思ってたけど……。
辺境伯侯爵家とはいえ、まだ手掴み食文化圏に在住なはずじゃなかったっけ?
「だ、ダリルぅ……あたしたちすごいとこに連れて来られちゃったよう」
「し、心配すんな、ご、ごしゅじんさまがどうにかしてくれる」
フォークがいつの間にか全く予期していなかったところに、しかも多数存在していたことへの驚きは、ふと聞こえてきた狼人のダリルや兎人のリゼたちの囁きにかき消され、その思考の中心を奪われる。
ああ、ダリルたち、ガッチガチに緊張しまくって、すっかり萎縮しちゃってるよ。
そりゃ、そうだ、ヴィオレッタやサラ、エフィさんを除いて、僕を含めた全員が本来ならこんな宮中晩餐会みたいなの一生縁がなかったはずだもんなぁ。
「ふわぁ……なあ、レッドバロンよう、なにをはじめるつもりだぁ? 飯出してくれるんなら早くしろよぅ」
「わたしたち、けっこう飽きやすいのだけれど、忘れたのかしらディアブロルージュ?」
ルーデルが大きな欠伸をしながら、そしてリュドミラは溜息をついて領主様を昔の二つ名で呼ぶ。
リュドミラ、溜息ひとつで幸せがひとつ逃げるんだぜ。
レッドバロン(紅の男爵)という侯爵閣下の古い二つ名に今日はニーナ様が反応しない。
こないだはお爺様は侯爵だ無礼だと抗議したニーナ様だったのに、今日は男爵という格下の爵位に間違えるというルーデルの行為ににっこりと微笑んでいる。
「少しだけおとなしくしててくれ『地獄のサイレン』、『スタンレーの魔女』よ。すぐに貴様らの腹の虫を黙らせてくれる」
ああ、なるほど、ルーデルとリュドミラが侯爵閣下が若かりし頃、共に戦働きをした仲間だということを誰からか聞いたんだな。
レッドバロンという大昔の二つ名で辺境伯侯爵閣下を呼ぶ、また、『地獄のサイレン』や『スタンレーの魔女』といった二つ名で呼び合うお爺様の戦友たるルーデルとリュドミラに好感を抱いたにちがいない。
「ごほん、あー、あー、うむッ!」
辺境伯侯爵閣下が咳払いをして大きく息を吸い込む。
「ではこれより『東の森におけるゴブリンパレード討伐』戦勝祝賀会を開催する! 宴庭を開け!」
20センチ横で地域防災無線がフルボリュームの警報を鳴らしたような大音声が広間に鳴り響いた。
その音量の凄まじさに僕は視界全体に天の川が流れ、半ば意識を失いかけたほどだ。
「うぐッ!」
「きゃッ!」
「ああッ!」
突如差し込んできた強烈な光に、僕は領主様の大音声で失いかけた意識を取り戻す。
ヴィオレッタやサラも差し込む光に驚いて小さな悲鳴を上げる。
それは、正面の扉が開いた隙間から外の光が差し込んできたからだった。
この大広間は扉一枚で外と繋がっていたのだった。
「うわ……ぁ」
「ええッ!」
「はわわぁ!」
「「「「「「わああああッ!」」」」」
僕たちは異口同音に驚いた。
開いた扉の向こう側は、なんと、ガーデンパーティー会場になっていたのだ。
そしてそこには見覚えのある顔がいくつもあった。
「ベルタ!」
「ぺトラ!
「コゼットちゃん!」
「ダリル!」
「リゼ!」
行き先が決まらずゼーゼマン邸でメイドをしながらエフィさんに読み書きを習っている女の子たちと互いの名を呼び合う。
ヴェルモン領東の森周辺の村々からゴブリンプリンスの一味にさらわれていた女の子たちと、そのご両親が満面の笑顔でそこにいたのだった。
少女たちは、どちらかともなく駆け寄り、あるいは手を取り合い、あるいは抱き合って互いの無事を確かめ合っている。
かたや無事に家に帰れ、かたや、未だ落ち着き先が決まらずといった違いがあるとはいえ、少女たちは、みんな同じ恐怖を味わったいわば戦友みたいなものなんだろう。
「秋の刈り入れの忙しいこの時期、よう来てくれた。今日は当家の食糧庫を空にするくらいの料理を用意した。思う存分飲み食い、楽しんで行って欲しい」
領主様の宣言に庭園から歓声が上がる。
そして、僕に起立を促しながらニーナ姫様が席を立ち、広間の中央に進み出る。
「皆、祝杯を挙げよう! 東の森の乙女たちよ、妾たちの心はいついつまでも共に槍を並べた戦友のようにひとつである。これからの人生で妾たちが味わったほどの辛さや恐怖を思い起こせば何も恐れるものはない! そして、我等の英雄、冒険者ハジメ殿とその御一党を称え、心よりの感謝を捧げようではないか!」
ニーナ姫様のスピーチと共に杯に飲み物が満たされる。
僕らには発砲ワインが、年少者たちには果汁が。
「冒険者ハジメ殿とその御一党に感謝を! 乾杯!」
再び僕の横でフルボリュームの防災無線のような大音声が鳴り響く。
そして、広間と庭園の全員が杯を掲げ乾杯を唱和したのだった。
「よかった……」
僕は思わず呟いていた。
「ええほんとうに……」
追従するヴィオレの声が僕の鼓膜を直に揺らす。
「あ、ウィスパー……」
風魔法の初歩だという魔法の囁きでヴィオレが僕に微笑みかけている。
「みんなよかったねハジメ。ありがとう。全部ハジメがいてくれたからだよ」
サラもウィスパーを使えるようになっていたのか。
いいえ、サラ、君がいてくれたからだよ。
僕はサラに微笑み返す。
「ハジメさん、これからも宜しくお願いいたしますのでございます」
エフィさんがどこかで見たことのある笑顔を僕に向けている。
ああ、エフィさんも使えるんですねウィスパー。
僕の方こそ宜しくですよ。
「ハジメ、これからもうまい酒とうまいメシよろしくな」
ああ、ルーデル。もちろんだとも。
なんと言ったって僕がおいしいものをたべたいからね。
「あなたたちといると退屈しないで済みそうなのだわ。ほんと、終わらせなくてよかった」
リュドミラがアルカイックに微笑む。何を終わらせなくてよかったのか、僕は知りたくないけれど、うん、君を後悔させないようにがんばるよ。
「ハジメさん、ずっと、ずうっと私をお供させてくださいね。私、もっともっとがんばってハジメさんにふさわしくなりますから」
ヴィオレッタが頬を桜に染める。
季節はずれの桜に僕は胸がキュンと苦しくなる、まるで、前の世界で死んだときみたいな苦しさだ。
だけど、その苦しさに不思議と苦痛は伴っていなかった。
胸いっぱいにチョコレートムース詰め込まれたようなそんな感じだ。
早鐘を打ち始めた心臓をなだめつつ、僕はみんなの鼓膜に囁いた。
僕も密かに練習してたんだよ。
「みんな、ありがとう。これからも、いろんなところに行って、いろんなものを一緒に食べよう!」
呆れたような、諦めたようなそれでいて、安心したようなみんなの声が今度は頭の中に響く。
ああ、これはまだ覚えていない念話だ。
『『『『『もちろんッ!』』』』』
『そういうことでしたら、わたしも是非に』
『我も御相伴にあずからせてもらいたいものだな』
『あいすくりん』
今度は全ての煩悩を吹っ飛ばすような清らかな波動を纏った念話が頭の中に響いた。
まさか!
大広間に突如見たこともない美しい花々が咲き乱れる。
「うふふ来ちゃった」
「やあ、やあ、皆の衆盛り上がってるね! 我は大地母神ルーティエの使徒エーティル・レアシオ・オグ・メ。こたび、危難を逃れた少女たちが、ここ、ご領主殿の館に一堂に会しているという話をティエイル・シャーリーンに聞いて寿ぎに推参した。こちらは生命の女神イフェの使徒イェフ・ゼルフォ・ヴィステ・ヤー。そしてこちらが冥界の主宰神ミリュヘの使徒ヘミリュ・セルピナ・プ・ロー。共に少女たちを祝福せんと参った。ご領主殿、我ら三名この宴に参加させていただいてよいかな」
「あいすくりん」
ほんとに来ちゃったよ自称使徒様方。
「はあぁッ!」
僕は大きく溜息をついた。
だけど、それは幸せが逃げていく溜息じゃない。
その証拠に僕の顔には笑顔がびったりと貼り付いているからだ。
さて、この世界にあるウマイものを食べつくすぞ!
17/09/03 第109話 大団円 の公開を開始しました。
毎度御愛読、誠に感謝にたえません。ありがとうございます。




