第103話 麺を作るときにかん水の代わりに使ったものは……?
大変お待たせいたしました
「ふふふ……ふふふふふ……」
思わず笑いがこみ上げてくる。
ついに僕はここまで来た!
ついに僕はラーメンを作り上げた!
あの日、僕が元の世界で死んだあの日、最後に食べた食べ物!
ラーメンが僕の目の前にある!
ほかほかと暖かいその丼の中には、ほんのちょっと褐色がかってはいるけれど、クリームシチューを思わせる色の白濁したスープが満たされ、ほんのりと淡く黄色に色づいた太縮れ麺がたゆたっている。
その太縮れ麺の上に、丸ごと蒸してからざく切りにしたキャベツをこんもりとした丘のように盛って、その頂上を平らにして凹ませた窪みにみじん切りにしたタマネギをこれもまたこんもりと盛ってある。
みじん切りのタマネギをのせたのは、薬味用の長ネギが入手できなかったからその代わりってのもあるけれど、以前食べた東京八王子ラーメンのみじん切りタマネギが、とってもおいしかったからってのが大きな理由。
ラーメンとみじん切りのタマネギの相性の良さを知ってからというもの、自分でラーメンを作ったときには薬味に長ネギよりもタマネギのほうが多くなったくらいだからね。
スープと蒸してざく切りにしたキャベツ、みじん切りのタマネギにはヴィオレッタと一緒に作ったマー油が塗してある。
白濁のオークこつスープの香りとマー油の香ばしい香りが混じり合い、口の中にじゅわじゅわと唾液があふれてくる。
「匂いだけで、ごはんが食べられそうだ」
「ええ、ハジメさん私もそう思います。この香りだけで、バゲットが食べられちゃいそうです」
「わたしもわたしも! わたし、バゲット一本食べれちゃうかも!」
「うお、ほれいいなふぉんほやっへっひよ」
「そうね、わたしはこのスープにバゲットを浸して食べてみたいわ」
「まあ、それおいしそうですね」
「うん、たしかに、この麺との組み合わせが一番なのは間違いないが、パンとの相性も試してみたいね」
「これを食べた後のあいすくりんが最高の味わいになるのは確定」
ヴィオレとサラが僕に同意してくれる。
そして、どん脇道へと逸れていく。
とまれ、この香りがものすごく食欲をそそる香りであることは間違いない。
実際、元の世界で、僕はとんこつラーメンの香りだけで、丼茶碗に山盛りのご飯を一杯食べることができたしね。
1ウマウマのとんこつラーメンの香りでそれだったわけだから、推定7ウマウマのオークこつスープの香りでいったいどれだけ飯がイケるのか想像もつかない。
たしかにバゲットだったら一本イケるかも知れない。
ここにご飯があったなら、間違いなく一合半くらいはイケるはずだ。
今度試してみよう。
視線を丼に戻す。
その視線の先にあるのはチャーシューだ!
キャベツの丘の裾野に貼り付けるように置いたチャーシュー。
僕にとってラーメンにおけるチャーシューは、コース料理におけるメインディッシュに例えてもいいだろう。
だから今回のラーメンのチャーシューは、麺を隠さないように盛った野菜の山の裾野に、標準的なラーメン屋さんのものの倍以上に分厚く切ったチャーシューを5枚、どどんと並べたのだ。
「いざっ!」
僕は左手に持った匙を、箸で野菜の山を少しずらして露出させたスープにそっと差し込み、ひと掬い取った。
ほんのわずかに褐色がかった白濁スープにそ唇を寄せ、一気に口の中に流し込む。
「ふんげはっ! むっほおおおおおおおおおおおおッ!」
なんだこれっ! さっき味見したスープと全く別物になってる。
元いた世界で上等な出汁が出るといわれる材料全部を寸胴に入れて、5万年かけてじっくりと煮出したような旨みが、俺の口の中でゴーゴーダンスをおっぱじめやがった!
「ぐはあっ! っかはああああっ!」
その旨みを感じた衝撃で視界が真っ白な闇に覆われる。
「あははははッ! やっぱそうなるよねーっ!」
「ええ! 私も一口食べるごとに気を失ってしまいそうになりますもの」
遠くでサラとヴィオレが笑いながら言い交わしている声が聞こえるような気がする。
こ、こんな体に悪い旨いもん食って、よく気を失わなかったなあんたら。
ってか、エフィさんと女の子たちもよく平気でこれ食ってたな。お代わりだってしてたよな。
「こちらの世界では、お料理の素材として魔物を使うことは珍しくありませんから、ハジメさんよりは、魔物素材のお料理に耐性が備わっているのでしょう」
遠くから生命の女神イフェ様の声が聞こえる。
こちらの世界に来る前のあの奇妙な教室で聞いたおぼえがある声だ。に、
「……っとぉ、危うく死にかけた」
「いやあ、ハジメくん、君は…さ、これくらいじゃ死ねないからね」
ルーティ……もとい、大地母神の使徒エーティル様の物騒なツッコミを聞き流しながら、意識を無理やり引きずり戻し、丼に箸を入れ、麺を掴み上る。
ぱっ見た目、ラーメン独特のあの黄色い色がだいぶ弱いけれど、箸で掴んだ感触は、まんま僕が食べていたラーメンの麺そのままだ。
「うん、いい出来だなぁ。こんどまた、あの製麺所に頼もう」
色が薄いのは、竈の灰を水に溶いた溶液の上澄み液をかん水の代用品として使ったからだ。
日本のラーメンと同じルーツでありながら、独自進化をとげた沖縄そばの製法にそういったものがあるってのをネットの記事で知って、実験的に作ってみたことがあった。
沖縄で中華麺が食べられ始めたころ、かん水が高価でなかなか入手できなくて、代用に竈の灰を利用したらしい。
まさに今回と似たような状況だ。
そのときは、自分でこねてパスタマシーンで製麺したものだったけど、今回はちゃんとプロの技で作ってもらった麺だから、僕がお遊びで作ったものよりも何倍も上手くできている。
淡く黄色に色づいた太縮れ麺に纏わりついたスープがきらきらと光を撒き散らしながら流れ落ちて行く。
その光景に僕は数瞬うっとりとしてしまう。
「おっとっと、そんな場合じゃないっ! こ、こんどは麺をっ!」
もう一度スープにくぐらせ、上下に揺すり、冷ますのももどかしく箸を口に入れる。
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ッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!
目玉がひっくり返ったのが自覚できた。
全身が粟立ってガクガクと震えが走る。
首がかくんと後ろに倒れて上体がそれに追従してゆく。
アッパーカットをまともに喰らったボクサーみたいに、僕の体がどんどん後ろに倒れていくのが自覚できる。
「な、なんじゃこりゃあああっ!」
またまた昭和の刑事ドラマの殉職シーンのように、僕は思わず天を仰ぎ叫んでいた。
視界は再びホワイトアウトして、体がフワフワとした浮遊感に襲われる。
(まずい! このままだと気絶してしまう)
失いかけた意識を根性で無理やり繋ぎ止め、僕は腹筋にシックスパックに力を込める。
ガバリと起き上がり、再びスープを掬い飲み、麺を啜り込む。
「ふおおおおおおッ」
再び意識が遠のきそうになったけれども、根性で繋ぎ止める。
「ふははははああああっ! うめええええっ!」
自分の高笑いにびっくりして、慌てて周囲を見回す。
けれど、みんなは自分の丼と格闘するのに夢中で、少しも僕に注意を向けていなかった。
一抹の寂しさがよぎったけれど、恥ずかしさに潜り込む穴をユンボで掘りたくなるような事態に陥っていなかったことに安堵する。
「こ、これ、こんな調子でチャーシュー食べたら、僕爆発しちゃうんじゃないか?」
震える箸先で分厚いチャーシューをつまみ上げ、僕は早口言葉みたいにひとりごちたのだった。
17/08/17 第103話 麺を作るときにかん水の代わりに使ったものは……? の公開を開始しました。
いつもご愛読誠にありがとうございます。
ラーメンを食べる主人公の描写をよりリアルにしようと思い、ほぼ毎日近所のラーメン屋さんに行ったり、とんこつスープのカップめんを食べたりと、あまりほめられたものではない食生活をしてしまいました。
嗚呼……。




