第101話 なぜだか箸が全員にいきわたっていた件について
大変お待たせいたしました
「へえ!」「あらぁ!」「うふふっ」「わあっ!」「まあぁっ!」「ほう!」「あいすくりん」
ゼーゼマンキャラバン(僕が勝手にそう呼称している)のメンバーの女性たちは、獲物を屠るときの肉食大型獣のように瞳をキラキラと輝かせ、目の前に置かれた陶器製のボウルに盛られたオークこつラーメンを見つめている。
若干3名様ほど多い気がするが、まあそれは脇に置いておこう。
ゴブリンの巣穴から救出した女の子たちとキャラバンのメンバーがいっしょに食べなかったのは、ラーメンを盛る器が20個しか用意できなかったからだ。
決して盛りや味に差異をつけるためではない。
それに、キャラバンのメンバーは大概食事といっしょにエールやワインを嗜む(というか約二名ほどがのんだくれる)ので、ヨッパライをわざわざ見せることもないだろうと、教師役を引き受けてくれているエフィさんの発案で少女たちと食事する時間を分けているわけだ。
自然、少女たちに先生と慕われているエフィさんは、当然彼女たちと一緒に食事を摂ることになっていたのだった。
なので今はここにエフィさんはいない。今頃は食休みをはさんで夕食後のお勉強タイムのはずだ。
ちなみに夕食後のお勉強は、初級神職学校でやる内容だそうだ。
「講義しているのは、お腹一杯で居眠りしてても大丈夫な無難な内容です。目的は彼女たちに考える暇を与えないことですから。ある程度の期間はそうして過ごさせたほうがよいかと……」
とは、エフィさんの弁だ。
このときの女の子たちに考える暇を与えないというエフィさんの言葉を理解できたのはそれからしばらくしてからのことだった。
「さて、と」
ルーデルが20センチ弱くらいの長さで先細ったの二本の棒を取り出した。
断面はおそらく正方形に近い形だろう。二本ともがきっちりと大きさと形が揃えられている。
「まあ、奇遇ですね、ルー。実は私も同じものを持ってるんですよ」
ヴィオレが同じようにテーパーがかかった一揃いの二本の細い棒を取り出す。
「あれぇ、偶然だねルー! わたしも、それ持ってるの。お姉ちゃんとお揃いに作ったの」
こんどはサラが同様の細い棒を取り出す。
「あら、奇遇ってほんとにあるのね。わたしも持っているわ」
そして、リュドミラが。
「うふふっ、わたしもです」
自称生命の女神の使徒イェフ様が。
「ははっ、じつは我も用意してある」
自称大地母神の使徒エーティル様が。
「あいすくりん」
そして、自称冥界の主宰神の使徒ヘミリュ様も一揃いの短く細い棒を取り出した。
「そ、それは……」
僕は、みんなが持っているそれに見覚えがある。とても慣れ親しんでいる。今も、今日のこの料理を食べるために用意してある。
その場にいる全員が持っている先細りで形大きさが揃った二本の細い棒……。
それは、まごうことなき『箸』だった!
「え? なんで? 僕はまだ箸の使い方なんて誰にも教えてなかったはずだけど……」
「そうなんですか! この道具は『はし』というんですか……覚えました。ハジメさん、私、キャラバンで旅をしているときからハジメさんがこの道具を使ってお食事してるの何回も見てるんですよ」
そうだった。アイン・ヴィステフェルトの体に転生してきて以来、一人で食事をするときはたいてい自作の箸を使ってた。
キャラバンが立ち寄った街の木工所で、食器に使う木材の切れ端をもらってきて、ナイフで削り出したものだ。
木を削る作業は、鉛筆を削ることさえしたことが無かった僕だったけど、プラモは結構作っていた方だから、カッターナイフでプラを削る経験はあった。 だから、ナイフの刃が木材に入っていく感覚にさえ慣れれば後はなんとかなったんじゃないかと思う。
出来上がった箸は、よく僕の手になじんでくれたから。結構よい出来だったんじゃないかと思う。
「あたしもハジメがこれ…『はし』を使ってごはんを食べてるの見て器用だなって思ってたの」
いや、僕のほうが驚きでした。汁物以外はみなさん手掴みで食べてたんですから。
僕は、人類の四割を占める手づかみ食文化圏に属してはいないので、人目を忍べるときには箸を使っていたんだけれど、まさか、それをお嬢さま方に目撃されていたなんて。
「これを使って器用に食べてたハジメさんを見て、私も使えたらなって思ってたんです。だって、手が食べ物で汚れないでしょ」
ヴィオレが日本人のように箸を持ってカチカチと箸先を鳴らす。
うーん、それはお行儀がいいことではないことを後でこっそりと教えてあげよう。
「うん、でも、ハジメはさ『はし』じゃなくて『ふぉーく』を鍛冶屋さんで作ってもらってきたでしょ」
サラの声には若干の不満成分が乗っかっている。
「ええ、たしかに『ふぉーく』はこの国と近隣諸国、さらには私たちが旅してきた国々にも食器としては存在しないものでした。そして、大変便利なものです」
「でもね、ハジメ、わたしたち、ふぉーくじゃなくてこれをつかってごはんをたべてみたかったの。ハジメと同じもので食べてみたかったの」
ゼーゼマン姉妹は向かい合って首を傾げて微笑み頷き合う。
「それで、もう、いいかげんに使ってみたくてしかたなくなったので、私とサラで相談して絵図面を描いてこっそり木工所に頼んでいたの。それを、昨日、商工会の帰りに受け取ってきたんです。今日ハジメさんが作ってくださるお料理は絶対こっちで食べたほうがいいって思えて」
そう言って、ゼーゼマン姉妹はにっこりと箸をかかげる。
しかし、ヴィオレたちははじつに当たり前に箸を持っている。ってか、この場のみんなが普通に箸を構えている。それは、もう日本人でもこんなにきれいに箸を構えられる人はそうそういない。
「どうして? たった、二~三日で全くその存在さえ知らなかった人間が箸を使えるようになるなんて……ありえない……」
いきなり目の前に突き出されたありえない現実に、僕は思考が停止してしまっている。
「まあまあ、ハジメさん、せっかくハジメさんが作ったラーメンがのびて? しまいますから」
自称生命の女神イフェ様の使徒イェフ様の「のびて」の部分の半疑問形に、僕は我に帰る。
「そ、そうでした。麺がのびてしまいます! のびてしまったらせっかくの『8ウマウマ』オークこつラーメンが台無しです。さあ、みなさんどうぞ召し上がれっ!」
「「「「「「「「「いただきまぁすっ!」」」」」」」」」
解き放たれた猟犬のようにゼーゼマンキャラバンの女性たちと、自称使徒様方が、箸を構えてオークこつラーメンに突貫してゆく。
数瞬後、ゼーゼマン邸の元バンケットルームの食堂は、見たこともない美しい花で埋め尽くされたのだった。
どうやら女神様方は、初めて食べたオークこつラーメンの衝撃で、咲いては光の粒子になって弾けるという『見たことも無い美しい花』のギミックを忘れてしまっていたのだった。
17/07/25第101話 なぜだか箸が全員にいきわたっていた件について の公開を開始しました。
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