二位目
中庭。もしくは地精霊の部屋。地精霊とはいうものの、実質的には樹精霊なんじゃないだろうか。部屋……中庭……部屋、部屋だな。この部屋の有様はほとんど植物園と言っていいと思う、とにかくたくさんの植物が鉢に植えられて並んでいる。天井は吹き抜けで雨や日光が入ってくるけど、やっぱり鉢植えなので毎日の水やりは欠かせない。一部鉢というには大きすぎる物もあるけど……一つ言えるのは、ここにできる人参は美味しいってこと。
まぁ、時々”精霊の悪戯”でマンドラゴラっぽくなってるけど。
「そういえば、旅立ちに当たって幾つか野菜持ってくかい」
「え、マンドラゴラですか?」
「マン……?」
「あ、いや、精霊の悪戯で形が変になった野菜」
「好きだろう?」
いや、好きですけども。ぶっちゃけマンドラゴラの方が精霊に気合が入ってるから美味しいしね。うちの義姉さんもそれで若干ゲテモノ趣味に走りかけて兄さんが泣いてたなー。姪っ子が付いていきそうになったときはストレートに殴られたし。
正直僕は悪くないと思うんだが、いざ地精霊の部屋に入り隅に吊るされてる乾しマンドラゴラに幻視する黒い瘴気を見ると、やっぱりもしかしたらほんのちょっと僕が悪かったのかもしれないという気になった。
「いや、遠慮します。結構遠くの農村らしいので……というかむしろ鍬を返してください」
「うーん……アレに住んでる精霊がいるからねぇ」
「え、アレって鍬ですか? 鍬に住む精霊って」
鍬に住む精霊って、なんかヤダなぁ。あー、でも地精霊だからそういうこともあるのか。
「さて、ここにお前さんを気にいる精霊はいるかね」
「いなかったら僕の5年間ってなんなんでしょうね」
鍬は気に入られて僕本人が気に入られないとな。
地精霊は精霊の中でもっとも人馴れした精霊だと言われている。一般的には地精霊がもっとも人の暮らしに深く関わっているからだと言われているが、個人的には違うような気がしている。精霊はどれも等しく人の暮らしに関わっている。光も、火も、水も土も。風は……まぁちょっと怪しいけど。人は水を飲み、大地を耕し、火を使い、光を浴びて生きている。土を耕して作物を育てそれを食べるとは言うけれど、それには当然水と光が必要だし、調理には火を使うことが多い。そういう意味で言えば水を飲むことが、人にとって最も精霊と近い瞬間な気もする。だけど、水精霊は別段人慣れしている訳じゃない。
「まぁお前さんだし、そういうこともあるんじゃないかい?」
だから僕としては、暮らしに関わっているというより同じ目線に発つ機会が多いから、というのが正しいのではないかなと。まあどうでも良いことだ。問題はここの精霊が僕を気に入るかどうか。いや、ジスコがいることを思えばそれすらどうでも良いんだけど。
「僕をなんだと思ってるんですか」
「さぁねぇ。就職に失敗して一年腐ってた次男坊かい?」
「精霊がそんな人間の事情気にしないでしょう」
そして腐ってる間もしっかりここに顔を出してたと思いますが。
あ、でも腐ってたとかどうとかいう事情よりも、むしろその期間の精神の荒れ具合とかそういうのを見られていた可能性があるのか……いや、別段荒れてた覚えも無いな。姪っ子も弟達もよくなついてたし、その辺義姉さんの信頼も結構あつかった気がする。
ただ、実際のところ顔を出してくれる精霊がほとんどいないな。季節外れの白い花の根元に巨大な蟻みたいな姿の精霊と、1番大きな鉢にいる太い蛇のような精霊。それからさっきからやたらとお尻の匂いを嗅ごうとしてくる犬みたいな姿の精霊だけだ。今のところ鍬を住まいにしてる精霊とやらは見えない。
「ええと、とにかく次いきましょうか」
「鍬はどうだったんだい?」
「ダメでした。というか最初からあきらめる気でしたけど」
「じゃぁ次は火精霊の部屋だね」
「はぁ、まだジスコにあわせてもらえないんですね……」
ちょうど真ん中なんだしひと呼吸おかせてくれても良いような気もするけど、そんな主張をヨゼウさんが聞いてくれるはずも無いのは重々承知なのでやたらと後ろに回ろうとする精霊を振り払って部屋を出る。火精霊は、五種の基本精霊のうちで最も人気のある精霊だ。先の地精霊を最も人慣れした精霊だと言ったが、だとするなら火精霊はもっとも人好きのする精霊だろうか。理由は結構明快で、人間の生活で最も得難く必要とされるのが火であり、また火精霊はいるだけで炎を保つ性質を持っているからだ。
精霊の力を借り受けるというのは基本的に旅に出るということであり、どこでも火種としていてくれる彼らはとても助けになる。ついでに、彼らの存在は火によって証明される……要するにいたら燃えるからわかる。燃える物を与えれば機嫌が良くなる。と、扱いやすいのだ。非常に。ちなみに彼らの部屋は熱い。当然の用に熱い。
「ヨゼウさん? よければ僕だけで部屋に入りますけど」
「いらん気遣いだ。これも仕事だよ」
2年前にこの部屋で倒れて若さん弟子に取ったんですよね? その時看病したの僕なんですけどお忘れですか。
「とはいえ手早く済ますにこしたことはないね……この部屋広いけど」
「火を絶やさず煙突掃除とかここ以外でする必要ないでしょうね」
「さて、扉を開けるけど覚悟は良いかい?」
「覚悟って」
まぁ火を消した直後の煙突掃除なら冬場の自宅でもよくやったけどね。僕がここをでれば今冬からは弟の仕事になるだろうけど、がんばってもらいたい物だ。いや、焼けたレンガの梯子を上るとか軽く拷問だと思う。そうか、皮の手袋おいてってやればよかったな。
ヨゼウさんが扉を開けると、部屋の中から熱気が一気に溢れ出してきた。あれ、煙突の掃除ちゃんとしてるのか? とりあえず天窓を開けていこうか。しばらく雨は降らないらしいし。
「ふう」
『ふう』じゃないって。そこで座り込むなら無理しないでください。
「どうやらお前さん、『三つ子の青炎』に気に入られたようだね」
「はい?」
部屋を覗き込むと三つの青い炎の玉が大口を開けてケタケタと笑い踊っている。そういえば火精霊には割と自由に飛び回るって性質もあったな。他の精霊と違って決まったテリトリーを持ちにくいのだ。一番よく使われるのはランタンだったろうか、次点が燭台。いや、テリトリーはあるけど人間のイメージする物の大きさに依存しないというべきかな。目の前にいる青い炎の他にも、いくつかの炎の玉と赤い蛇が二匹ほど部屋の中を飛び交っている。
「三つ子ですか? 初めて見ます」
「最近拾ったんだけどね、私もこいつの他には知らないだ。しかしこいつ、お前さんの前の三人には炎すら見せなかったんだよ?」
へぇ、そうなんですか。そんなのに好かれるなんて、僕も中々捨てたもんじゃないかもしれないな。とはいえ、火精霊にはさほど興味が無い。フェインバースとやらみたいな原型タイプの精霊には特に。いや、でも三つ子って所にはやっぱり興味あるかも。
「せっかく向こうから顔出してくれたし、この部屋はこれで終わりにするかい」
「やっぱり辛いんじゃないですか。それでいいですよ。かわった子にもあえましたし」
「それじゃ次は光精霊の部屋だよ」
「徹底的に風精霊を避けますね……」