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13位目

いつも読んでくださってありがとうございます。

 パンを一枚と半分食べたところで、ヴァクシャサは僕に寄りかかって寝息を立て始めた。ちょっと警戒心が薄すぎるような気もするけど無理も無い、一晩寒さに震えながら過ごしたんだろう。半切れの餅を手放さず持ったまま寝てしまったところに、少女とはいえ成人した女性としての矜持を問いたくはなるが、それも無粋だ。


「お前、熱量を調整出来るか?」


 ふと思いついて角灯に呼びかけてみる。ゆらゆら揺れる火球が、少し光量を落とした。これは案外行けるかもしれない。そう思ったものの、そっと格子状に切られた金属製の窓部分に触れてみると流石に熱い。これを直接抱かせるのは厳しいだろう。諦めて鞄から厚手の毛布を取り出し、軽く角灯に巻いて彼女が餅を掴んだままだらりと下げた両腕の間に抱かせる事にする。これでだいぶ温かいだろう。ちょっとした悪戯心もあって、角灯の正面側は布をかぶせないでおいた。もし正面からこの角灯を覗くものがいたら、彼女が精霊を湯たんぽ代わりにしている事がわかるわけだ。精霊を湯たんぽ代わりになんて贅沢な事をするのは、案外この少女が世界で初めてなんじゃないだろうか? それともエルフなどは普通にしている事なのだろうか。

 なんとなく笑いがこみ上げる。火精霊がおそるおそる餅に手を伸ばしたり引っ込めたりしてるのがなお可笑しい。それでも、他人が直接持っているものに手を出すのはためらわれるようだ。しょうがないので最後の一枚を裂いて、四分の一程の塊を角灯の中に入れておいてやる。焼く前のものは無いので、そこは勘弁してもらおう。ねぎらいの意味も込めて角灯の傘に軽く手を置く。ちなみに僕はかなり熱いものも平気だ。


「しばらく頼む」


 火精霊は放り込んだ餅を……食べてるんだろうか? 燃やしてるんだろうか。未だ原型のままのそれが、餅に接触する様をどう表現すれば良いのかわからない。なんにせよ消費はしてるわけだが。とりあえず昼飯が減っている事は確かだ。この早さでで消費され続けるなら、どこかで食料を調達する必要があるな。最悪同道する商人やなんかから買うと言う事も視野に入れなくては。残念ながら今から馬車を降りて採りに行くのはあまり得策じゃない。既に馬の嘶きや蹄の音が四方から聞こえてきだしている。

 早くこの子が目覚めると良い。もしくはこの子が寝たまま目的地に着くんでも良いけど。もうすぐ他のお客さん、のってくると思うんだよね。


「早く起きないと恥かくぞー」

「……zzZ」




 そんな僕の気遣いを汲み取ったわけでもないだろうけど、彼女が目覚めたのはノークンラダルに着く直前、昼過ぎだった。途中経由した3つの村では何人か人が入れ替わったものの、未だに商人風の男性二人に農夫っぽい人二人、猟師らしき大荷物の男性一人の乗客がいるので恥ずかしい事に違いは無いだろうけど、耐える時間は短くてすむだろう。なぜか皆一様に僕らから距離をとって何やらひそひそ喋っている。うーん、成人した少女がだらしなく男にもたれている……ってことを咎める雰囲気じゃないな。なんかむしろ僕を指差してる喋ってるみたいな、女の子に寄せる視線も同情とか、哀れみ? っぽい。

 あれだろうか、いたいけな少女が悪い男に騙されて……みたいな、そういう感じ? 不本意だけどあながち間違ってないような……いや、僕に悪意はない。悪意はないけど、無ければいいってものじゃないだろう。

 ちなみに彼女は状況を把握して固まっている。

 男性にもたれかかったまま寝ていた事に固まっているのか、僕にもたれかかったまま寝ていた事に固まっているのか、それとも餅を握ったまま寝ていた事に固まっているのか。本人は必死に目をつぶって寝たふりを継続しているつもりだろうけど、触れている肩が微かに震えているのと、眉間に寄る皺で必死に目をつぶって寝た振りをしようとしているのがわかって微笑ましい限りだ。


「さて、昼をどうするかな」

「……!」


 彼女が動かなかったから動くに動けず、商人達も寄ってこないから買うに買えずだった。そんな不満を込めてぼそりと呟くと、餅を持つ彼女の手に力が入ったのが触れている部分の力の入り方でわかる。いや、別に取らないからそんなに力を込めなくても……そもそも僕のだけどさ。

 ちなみに余ってた分は三分の一を角灯に入れて残りを食った。当然足りない。あ、お腹まで鳴ったぞ? もはや君には成人した女性の矜持とか一切期待すまい。


「とりあえずそれ、食べ切れば?」


 角灯を取り上げてそう呟くと、彼女は顔を青くして下唇を噛み、少しためらうようにしてから答えた。


「もうすぐノークンラダルですよね?」

「まあ」

「ガロンガルまでそこから二日、歩かないと行けないんですよね」

「迎えは来ないと思ったほうがいいね」


 はぁ……と、深呼吸するように息を吐き出す。悲壮な色が静かに開かれたその双眸に宿って。


「私、本当になにも持って無いんです。道もわからないし。なのに今食べてしまったら……」

「面倒見るって言ったじゃないか」


 何を言ってるんだこの子は。というかそれだけで二日持たすのは無理だし、向こうに着いたらお腹いっぱい食べられるってわけでもないんだよ? そこんとこわかって……はいないだろうけど。なんだろう、どこから突っ込めば良いんだ? 食料に関して考えてるようでまだまだ考えが甘い事か、ここにきて僕を信用出来ないでいる事だろうか。あるいは、昨日拒絶したからもう無効だとでも思ってるんだろうか。


「いえ、昨日みたいに意地を張るわけじゃないですけど、私はガロンガルで働くんです」

「うん、聞いたから知ってるけど……うん?」


 あ、違う。何か認識がずれてる。何がずれてるんだ? つまりあれだよね、僕が面倒見る=ガロンガルで働けないってことだと思われたんだよね。そういえば確かにまだ言ってなかったような……だとするとまあ、そんな意味だとは思ってないだろうけど……とりあえず言うべき事は一つだ。


「あのさ、僕もガロンガルで教師をするんだけど」

「……え?」

黒い外套に大鎌を携えた青白い男が少女を抱き込み、ぐったりした少女の手には食べかけの何か。その胸には油の匂いもしないのに火が消えない角灯。

間違いなく黄泉竃食い系の案件だと思うのですがいかがでしょう?


ちなみに角灯ランタンですが、未だにガラスがさほど普及してない世界なので、窓部分は石灯籠のように格子状に切られた金属で出来ています。

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