12位目
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「結局来なかったな」
目が覚めたのは、日が昇る少し前だった。天幕代わりの使った外套からはい出してみると、未だに竃で火精霊達が遊んでるらしく赫々と火が燃えている。どうも気持ちよく眠れたのは、これが周囲を暖めていてくれたからかもしれない……角灯の中には残念ながら火精霊の気配はないが。ともかく火を改めて準備しなくていいことに感謝しつつ朝食の準備を始める。
昨日集めて一晩水にさらし毒抜きしていた百合の根を叩き潰し、同じく一晩水にさらして灰汁を抜いた団栗を砕いたものと混ぜて練って鍋で焼いた。一種の餅みたいなものだ。鍋底に敷いて五枚程焼き、余った生地を折角なので火の中と角灯にそれぞれ少しずつ放り込んでみる。これで人間の文化に興味を持ってくれれば良いけど。
「うん……塩気がな……」
『Bow』
「ああ、そういえばお前も食べるか?」
そういえば今までアステラが僕の食べるものに興味を持ったことは無かったけど、新しい精霊を呼び込む為に今いる精霊をないがしろにするようなことがあってはいけない。興味は無いかもしれないけど、ここは当然アステラにも一度与えてみるべきだろう。気に入らなかったり、興味が無いのならきっと反応しないだろうから。
そう思って、最初に齧ったものを半分に千切って、手に乗せたままアステラの前に出してみる。すると、まるで本物の犬がするように匂いを嗅ぎ出し、しばらく周囲をうろうろしたあとぱくりと口にした。おお。食べるんだな。というか食えるんだな。匂いを嗅ぐ仕草とか、うろうろする感じにすごく生き物らしい気配が感じられて、なんか『成長したんだなー』って感じがする。この調子でいつかもっとわかりあえるようになると良い。当面の目標は……そうだな、吠え……
「おっと、気に入らなかったか」
しばらく口を動かしてむぐむぐしていた大型犬は、結局その一口で食べるのをやめたらしくぷいとそっぽを向いて、僕の影に消えて行った。今のアステラには料理文化は早かったのか……単に素材がありふれていて興味がわかなかったか味が悪かったか。まぁ興味が無いというならそれも良いだろう。アステラが齧った餅からもう一欠けずつ千切って竃と角灯に放り込み、残りは食べてしまう。
もう一枚を手元に残してあとは鍋にしまい蓋をして、野営の片付けを始める。竃は多分このままでいいだろうし、単に桶や鍋を鞄につめて、外套吊るすロープを片付けてそれを羽織るだけだけど。
桶に残っていた水で顔を洗い、伸びをする。深呼吸。
そしてそっと、角灯の中をのぞいてみる。
「……やぁ」
中には橙色の火の玉が転がっていた。緩く握った拳ぐらいの大きさ、角灯ぎりぎりの大きさだ。放り込んだ餅は影も形も無い。気に入ってくれたんだろうか。そっと角灯を持ちあげてみる。どこかに逃げる気配は……ない。どうやら一緒に来てくれるってことでいいらしい。多少気まぐれなところはあるから全面的に信用出来るわけではないけど、これで二三日は火口と明かりの心配をしなくていいかもしれない。蝋燭も貴重だし後一回は野宿しなきゃいけないからすごくありがたいのだ。
しかし何が良かったんだろう。鍋で焼く前と焼いた後、両方放り込んだのが火精霊としての興味を惹いたんだろうか? それとも単にこいつが食い物に興味を持ったんだろうか。どちらにせよ、まだ興味程度だろうから、すぐに愛想を尽かされたりしないように気を付けよう。
ただ、その前に一個確認することがあったのを忘れてた。
「ところでお前ら仲良くやれそうか?」
アステラの依り代である大鎌の先で、今火精霊の依り代になった角灯をちょんちょんとつついてみる。反応はない。人間的に考えると、仲良くも悪くもないってとこだろうか。あるいはお互いに興味が無いか。
とりあえず大丈夫そうなので、大鎌の首あたりに鞄から出した革ひもで角灯を吊るす。さすがに火精霊が入った角灯を腰に下げるのは辛いし、両手が同時に塞がるのはなお辛いからな……今度専用の棒を用意するか、アステラに別の依り代を探そう。そんなことを決意して川辺を離れる。
まだ日が出たばかりの薄暗がりの村を、餅を齧りながら馬車に向かっていく。うう、お肉とか欲しい。あと牛乳とか飲みたい。それかお茶とか。いや、お茶は良いや。苦いし。薬草の煮出し汁でたくさんだ。お茶を飲むのはガロンガルで腰を落ち着けてからだな。
……なんかあっちこっちから窓が閉まる音がするんだけど。そこまで寒くないと思うんだけどな。
「ま、一晩外でそんな薄い外套にくるまってたんなら別だけど」
「……あ、おはようございます」
「おはよう。君、一晩中ここにいたのか」
馬車に戻るとそこには先客がいた。うん、ヴァクシャサだ。若干憔悴しているのは空腹と、睡眠不足と、あと寒さだろうか。地べたよりはましだろうけど、幌馬車の荷台がそれほど保温性に優れてるわけもない。彼女の洒落た外套だってそう。
「はい……」
昨日の剣幕が嘘みたいに萎れている。いや、剣幕っていっても別れ際のあれだけだったけど。
とりあえず黙って隣に座り外套を開いて彼女の肩にかける。僕の外套はそもそも毛布兼簡易天幕として使えるようにかなり大きいものを折り畳んでいるから、重くて暑いけどこうやって使うこともできるのだ……鞄から毛布出してもいいんだけど、あとで仕舞うのめんどくさいんだよね。
一瞬びっくりしたように肩が震えたけど、抵抗は無かった。うーん、弱るのがわかっていて(そう予想した上で)こうしてると、凄く弱みに付け込んでる感じがして不本意だ。
ふと思い出して鞄から鍋を、鍋から餅を出す。
「食べる?」
「……いただきます」
おずおずと手を出して彼女はそれを口にした。
彼女の経緯はわかるのだ。多分、恵まれた孤児院だったんだろう。それなりの教育を受けて、それなりの自立心と反骨心を育んで。
多分就職がうまくいかないのを、孤児院出身だからだと揶揄されて。
きっとそれは一面で事実だったろうに、受け入れられなくて。
自分は不幸の中で、逆境の中で頑張ってきたんだと、叫びたくて。
「まずい」
だろうなぁ。おかわりあるぞ。
前回タイトル書き間違えました……orz
ところでこの世界で『パン』あるいは『餅』というのは、『粉を練った食べ物』くらいの意味で捕らえてくださると嬉しいです……中国風に言うと『麺』?




