10位目
目を留めてくださってありがとうございます。
「今日はこの村で休憩です」
「はい」
「自分はここで」
「先に失礼します」
「指定の宿はどちらでしたかな」
馬車が村に入って、停まる。宿場村ボルダナ……というかボルダナ村、まだ夕刻だけど今夜の休息地だ。
御者さんは検問で荷物の確認とか馬車を停める場所、馬を預かってくれる場所の相談をしはじめて、その他乗客は薬袋も無い話をしながら三々五々に散って行く。どうやら農夫風の男性が一人ここで降りるらしい。と言うことは残りの乗客は僕とあの娘と商人風の男性二人と農夫風の男性一人だ。ここでは誰か乗ってくるんだろうか?
ちなみにこういうとき、だいたいの乗客が隊商があらかじめ借り切っている宿に金を出して泊まる。質はさほど高くないけど、多人数で貸し切りにしてる分安いからだ。炊事やお湯のための薪代も隊商で頭割り……というか、元々隊商が払っているので、使うときは隊商に心付けとして追加で払うのが習わしである。食事? 当然自力調達だ。
「……」
「……」
さて、それらの金がない場合は……あるいはそれがもったいないと思った場合はどうするだろう? 答えは当然『野宿』になる。馬車にこもって毛布にくるまるもよし、どっかにテントを張るもよし。持ち主に許可を取って馬小屋に泊まることもあれば、馬車に同乗した客と仲良くなっていて泊めてもらうこともある(らしいのだが僕は未だかつてそういった経験が無い。というか馬小屋にすら泊まれたことは無い)。吟遊詩人なんかは酒場で一夜を明かしたりもするとか。
「……」
とはいえ、それは基本的に男性の話だ。女性はそういうわけにはいかない。それどころか、隊商のとった宿に泊まることすら危ういと言う見方もある。隊商に女性隊員なんかがいればまた別なんだが。一部屋10人単位で雑魚寝だからなぁ……
そういうわけなので、女性が一人旅をする場合、親は結構多めにお小遣いを渡すものである。
「……」
「……」
渡すものである。
っていうか彼女の場合、自活する手段とかの備えもまったく無いんだし、かなりの金銭を用意してノークンラダルあたりで食料とか買い込まないと行けないわけで。まだ二日目なのに宿を選んだりする余裕すらないなんてそんなことがあって良いはずが無い。
「あの、イルさんは宿どうするんですか?」
「……それを僕に聞いてどうするの」
ちなみに僕は金がもったいない派閥である。本来はそういうのって不義理に当たるんだけど……僕は見た目が怖いそうなので、ちょっとがっくんがっくん動いたりして、ちょぉっといやそうな顔をしてもらって宿の場所を口ごもってもらったりしてる。向こうが宿の場所言いよどんでるんだから不義理もなにも無いよね。
……馬車に乗るときは普通に接してくれたのに、ちょっと演技しただけでいやな顔されるんだからなんだかなーという話だ。他の乗客の時も思ったけど、僕そんなに怖い顔なんだろうか……怖いと言うより不気味なのかもしれないけど。
「いえその……宿を取るお金が」
「節約したいの?」
「……もう無いんです」
空耳が……いや、空耳じゃないよね。
「そっか、ノークンラダルまで行ったら買い物しなきゃいけないしね」
「しなきゃいけない? いえ、その」
「……君、昨日普通の宿とってたよね。まさかそれでお金使い切ったわけじゃないでしょ」
「えーと、だから」
目を逸らすな……いや、それは僕か。いやでも別に僕のせいじゃないし。
というか本気でもうお金がないんだとしたら、この娘をどうしたら良いんだろう? いくら多少準備してるからって、無一文の女の子1人を養うのは無理だぞ? かといって未来の同僚を見捨てるのも……ここはあれか。全まっとうな意見を述べるべきか。
まっとうな意見。全うな意見。真っ当な意見。まっとうないけん?
「ヴァクシャサ、君、前の名字は?」
「……それ、言わないとだめなことですか」
「いや、いいや。君、孤児院の出だろ」
真っ当な意見というのは本来、とっとと出直せと言ってやることである。
明らかに準備が足りてないわけだし……彼女の親や教師がなに考えてたにせよ、この子は外に出すに足る人間じゃない。僕じゃないけど、後一年は勉強が必要だろう……いや、それで足りるかどうか。
だけどこの場合、そういうわけにもいかない。
彼女は孤児院の出だ。それはつまり、帰ってもこれ以上何かを準備出来ない、と言うことだ。そして、これ以上学ぶことも無い。きっと彼女は必死になって仕事を探したんだろう。自分の出来ることを探したんだろうと思う。あっちにいって、こっちにいって。で、ようやく見つけたのがこの仕事たった一枠か。うぬぼれるようだけど、僕と同じ場所を任地にしたことが斡旋所の唯一と言っても良い良心、と。
「それがなにか?」
「なんだろうな」
説明するのがしんどい。というか、多少は状況で察しがつかないんだろうか。
「……端的に言うと君は……あー……」
「あの、もう諦めようかと思うんですけど」
「ああ、うん。まあ今晩まともな宿に泊まることは諦めてもらうしか無いんだけど」
これ言うの情けないな。っていうか、なんの説得力も無いけど、あれだ。
「君の面倒、僕が見るから」
お気づきかもしれませんが、主人公はあれで結構無自覚に高慢なところがあります。




