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一位目

——目覚めなさい。


 ……だ……れ?


ーー運命を告げる者です。


 うん、めい?


ーー旅立ちの日が訪れたのですよ。


 んう……?


ーー目を覚ましなさい。エル・シルヴァリン。


 あれ、それ僕の真名……


ーーさぁ、貴方も自分だけの運命を選ぶ時が来たのです!


 ……っていうか義姉さんでしょ。


「あれ、ばれた?」




 街外れの屋敷には恐ろしい人食い鬼が棲んでいる……そんな話を真に受けたのはいくつの頃までだったか。真相はと言えば、単にこの街から巣立つ人間が必ず最後に訪れる場所というだけの話で、しかもそれは10にでもなった頃には誰もが当たり前に知っていることだ。いったい誰がそんな噂を流し始めたのか、何の為に? よくはわからないけど、少なくとも僕は比較的早くにその噂話から脱却し、足しげくこの屋敷に通っていたと思う。

 大人達が精霊の館、あるいは旅立ちの館と呼ぶこの屋敷に。


「遅かったね、イル。お前さんは4人目だよ」


 ぎいぃと、いかにもな音をたてて扉が開いたのは、扉の前で一呼吸をおいた次の瞬間だった。ここがどういう場所か理解した上で、やっぱり変に緊張してしまうのはこういう演出に原因があるのでしょうがないことだと思う。もちろん自分でも慣れないといけないとは思うのだけど、なかなか思い通りにはいかない。

 胸中でため息をつきながら、扉から顔をのぞかせる馴染みの相手に声をかける。


「ええと、おはようございますヨゼウ様。今日はよろしくお願いします」

「ふん、私がすることなんてろくにありゃしないよ。どうなるかはお前さん次第さね」


 いや、顔っていうかローブのフードで真っ暗にしか見えないけどね。金歯が光ってるのが何とも言えず不気味だけど……まぁ建物に入るときの雰囲気に比べれば慣れたかな。慣れたと思う。うん。

 ええとヨゼウさん。ある程度の大きさのある街には必ず一人いる精霊導師様だ。もしくは人食い鬼の正体。街から旅立つ人間が少しでも身の安全を確保出来るように連れて行く精霊を、それぞれに案内してくれる人である。僕もこの街を発つにあたって、精霊の力を借りる為にここに来たのだ。


「さて、わかってると思うが連れて行く精霊は一片ひとひらだけだよ。もし馴染むやつがいなかったらあきらめな。お前にはそんな心配は無いだろうけどね」

「はい。それじゃ風の」

「焦るんじゃないよ。ルールはルールだ。一部屋ずつ巡って行くからね」

「はーい」


 こちらに背を向け玄関から廊下を奥に歩いて行くヨゼウさんに従い、僕も屋敷の奥へと入って行く。荷物を詰めた大きめの鞄は玄関の脇に置かせてもらった。

 足しげく通っていたから、当然僕には心当たり……というか目当てみたいなモノが居るのだけど。とにかくそれぞれの精霊達が住まう部屋を見て回り、この部屋に戻ってきたときに共に行く者を決めるのがルールらしい。実を言うとこれは僕たち人間の為というより、精霊達に人間に慣れてもらう為なんだとか。実際僕の目当てというのも、僕がここに来る度に徐々に姿形を変えてきた子だ。

 ……子っていうか、もしかしたら僕より年上? なのかもだけど。その辺の詳しいことはヨゼウさんも知らないそうだ。精霊導師様と言えど精霊と会話出来る訳ではない、らしい。詳しいことを聞く為には弟子入りしなきゃいけないのだけど、ヨゼウさんには既に弟子がいる……五年前から通ってるのになぁ。


「っていうか若さんは?」

「あ? 昨日から皇都にお遣いにいってるよ。最後に会えなくて残念だったね」

「……これ聞くの何人目です?」

「四人目だよ」

「ですか」


 なんだか社交辞令のつもりの言葉が思ったより癇に障ったらしい。足音を全くたてずに歩いてはいるけれど、足取りは少々荒々しく腰に下げた鍵束がカチャカチャと音をたてている。なんだか嫌な感じだけど、まぁそれほど長い廊下でもないからすぐに音は止まるだろう。

 ちなみに若さん、つまりお弟子さんは僕の一つ下の女の子だ。綺麗な銀髪に透き通るような青い目の美人で、彼女がヨゼウさんの弟子になったときには結構な人数の男達が悲嘆にくれたという。結婚出来なくなるからね。僕はと言えば彼女に対しては嫉妬の感情しか持ち合わせておらず、この道に入るときに捨てたという元々使っていた名すら知らない。まぁ暮らしてた大街区も違ったから、それ以前は会ったこともなかったし……そういえば以前にもヨゼウさんに聞かれたな、若さんに興味あるのかって。無いって言ったはずだけど、何か問題があったんだろうか? そんな僕の心中の疑問に答える為か、ヨゼウさんは足を止めて……あ、違う。部屋に着いたんだ。


「さて、最初の部屋だよ」

「えーと……なんで水精霊の部屋なんですか」


 水精霊の部屋。この部屋寒くて苦手。毎回一応お邪魔するけど、軽く挨拶だけに済ましてる。

 部屋全体を一言で言うと……明るい酒蔵かな。魚がいたり、滝があったり、水草が茂ってたり、どういう訳か一角が完全に凍っていたり。大小さまざまな瓶に水が張られておいてある。この部屋にカビが繁殖しないように常に気をつけるのは結構な労力がいるのだ。若さんがくるまでは当然僕が手伝っていた。今は触らせてもらえないけど。


「あれ、なんかすごい瓶がある……水で出来てるみたい」


 先週来たときには無かった。いくら軽い挨拶で済ましてると言っても、それ以前は一つ一つの瓶を洗ったりもしてた訳で、たとえ手のひらにのる程度の瓶だって増えたらちゃんと気付く。特にこれは……こんな水で出来たみたいな透明度の高いガラスで出来た瓶が増えたらすぐに気付くはずだ。この数日で買い付けてきたんだろうか。


「それかい? 魔法使いが水晶で作った瓶だそうだよ」

「水晶、って宝石ですか? 宝石見たのも初めてです」


 ガラスどころか水晶? っていうか宝石って魔法使いが独占してるんじゃなかったっけ。本気で見たこと無いぞ。そもそもガラスだって魔法使いが作った炎でしか作れないのに。あれ、水晶ってガラスと同じなんだっけ?


「触っても?」

「別にかまわないよ。持ってるんだろう」

「ええ、まあ」


 ポシェットから出した手袋をつけてそっと触れてみる。硬い。そして見た目に反して温かい。そっと、両手で包み込むように持ち上げると、まるで赤ん坊でも抱いてるみたいにずっしり重い。


 ぱしゃん


 瓶に張られた水面がはねる。うっかりしていたけど当然これにもいるのだ、精霊が。驚かせてしまったのだろう。顔を出したのは珍しく人間を模した形に成長した精霊……っていうか、若さん? 小さな顔にこぼれそうな目、右の耳を出すようにこめかみから後ろまで編み込まれてそのまま流された髪型。あとなんとなくその他諸々。そうとしか見えない。下半身が魚で、全長15センチ程でも。いや、明らかに瓶の中の水より体積増えてない?


「あの、ヨゼウ様?」

「うん? その子にするのかい?」

「いや、全部の部屋見て回るのがルールなんですよね」

「ときどきね、いろいろなことがめんどくさくなってねぇ」

「だったら最初から風精霊の部屋……」


 若さんは苦手でも、そっくりの精霊には思うところはない。他に候補がいなかったらこの子でもよかったかもしれないけど、僕にはジスコという深く馴染みのある精霊がいるのだ。他の精霊に浮気する気は無い……じゃなくて、


「じゃなくて、なんでこの子若さんそっくりなんですか」

「さぁね、偶然じゃないかい?」


 まぁ決めるのは今じゃないんだ。そう続けてヨゼウさんは部屋を出る。釈然としないものはあるけど時間は有限だ、いつまでもこだわってる場合じゃないと思い直して瓶を棚に戻し部屋を軽く見回してみた。水晶の瓶の精霊は一跳ねして姿を消したけど、他の精霊は一片だって姿を見せてはくれない。僕がこの部屋を苦手にしてるように、この部屋の精霊達もやっぱり基本的には僕が苦手なようだ。

 さて次は地精霊の部屋かな。部屋というか、まぁ中庭だけど。

見切り発車する連載小説です。書き溜めなし。木曜分。

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