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全てを奪うもの【連載版】  作者: 黒井雛
8/15

「……嘘よ」


 ようやく喉から絞り出した声は、震え、掠れていた。


「嘘に、決まっている」


 弱々しいその声は、否定よりも、むしろ懇願の色を帯びていた。


 嘘であってくれ。


 お願いだから、嘘であってくれ。


 もし、それが真実だと言うならば


 ジェロシアは最初から


 生を受けたその瞬間から


「お父様は私に、そんなことは何一つ告げなかったわ…っ!!」


 女王になる資格など、有してなかったみたいではないか。


「……あまり叔父上を責めては行けないよ、義姉様」


 フロルはそんなジェロシアを、幼子をあやすかのような猫なで声で、追い詰める。


「異能の力は、王と異能を有するものにしか伝えられない、ファートス家の最大の秘密だ。いくら娘といえど、王女といえど、それを告げることは禁忌だ。それに私は最近まで叔父上に自身の力を打ち明けなかった。叔父上は、それまではちゃんと、義姉様を女王にするつもりだったんだよ。異能の力を持つものがいなければ、直系王家の継承権は現王の子が優先されるから」


 そしてフロルは、絶望の縁にいたジェロシアに、止めの一言を告げた。


「――まあ、異能を持たない王なんて、次の異能の子が生まれるまでの中継ぎの存在に過ぎないけれど」


 ――その瞬間、ジェロシアの中で、ジェロシアをジェロシアたらしめる大切な何かが、永遠に喪われた。


「……ねぇ、義姉様。義姉様は私を化け物というけれど、化け物の血を引く義姉様も、純粋な人間とは言えないんではないかな」


 全身が弛緩し、力なくベッドに倒れ伏したジェロシアに、フロルは覆い被さりながら嗤った。


「さぁ、義姉様。化け物の血を引くもの同士、二人で次代の化け物を作ろう?」






 ――――――


 熱い、熱い、熱い



 全身が、ひどく、熱い。



 触れあった箇所から、フロルの熱が、ジェロシアを侵す。


 フロルが、大嫌いな義弟がジェロシアのありとあらゆる箇所に、浸食していく。



 ジェロシアは感じる熱さに、苦痛に、そしてけして認めたくない別の感覚に、ただひたすら喘ぐ。



 どこもかしも熱いのに、ただ一箇所、胸の奥だけが冷たかった。

 氷のように冷たくて、ひどく空虚だった。


(どうして)


 虚ろなジェロシアの瞳から、一筋、涙が零れ落ちた。


(どうして、ただ一つの願いが、叶わないの)


 多くを望んだわけではない。

 ジェロシアの望みは、いつだってただ一つだけだった。

 ただ一つの願いを、ジェロシアは人生の全てを賭けて、望んでいた。


(私はただ、女王になりたかっただけなのに)


 国民から尊敬される、後の世まで讃えられる、そんな女王になることだけをジェロシアは18年間、ただひたすらに望んでいたのに。


(化け物でも、良かったわ)


 女王になれるなら、自分が異能を持つ化け物だったとしても構わなかった。

 悍ましい、忌み嫌われる存在である運命も、喜んで受け入れた。

 それなのに、何故、ジェロシアは異能の力を持って生まれなかったのだろう。

 何故、忌まわしい義弟は、それを持って生まれてきたのだろう。

 ジェロシアほど、その力を、王位を、望んでいる存在など、きっと他にいないのに。


(あんまりだわ)


 酷い。

 あんまりだ。

 ジェロシアが最初から、王になる資格を有していなかったというのなら、この18年間は何だったというのだ。

 ただ女王になることだけをひたすら望んで生きてきた、ジェロシアの人生は。



 奪われていく。


 無くなっていく。


 ジェロシアにとって、大切なものが、全て。


 フロルが触れた箇所から、フロルの中へ流れ込んでいく。



 ジェロシアの中は、最早空っぽだった。

 最早、ジェロシアの体は抜け殻も同然だった。

 だけど、そんなジェロシアに、自分を形成する殆ど全てを失ったジェロシアに、ただ一つ残されたものがあった。

 ジェロシアは、自分の中に残った唯一のそれに、必死にしがみつく。


「…て、やる…」


 唇を動かした瞬間、虚ろだったジェロシアの目に、光が戻った。

 ジェロシアは涙に濡れた眼で、フロルを睨み付けながら、叫ぶ。


「…必ず…必ずお前を、この手で殺してやる…!!…」


 ジェロシアの中に残ったもの。

 それは、フロルに対する激しい殺意。

 元々ジェロシアの中に宿っていたそれは、胸の奥の空白を埋めるように、今まで以上に激しく燃え上がっていた。

 ジェロシアの全てを奪ったフロルを、ジェロシアは、けして、許さない。

 例え胸に宿った炎に、自らをも焼け焦がされようとも、いつか必ず、フロルを殺して見せる。

 それが、フロルを滅ぼすことが、女王になるという願いを失った今のジェロシアの、ただ一つの望みであり、生きる意味だ。



「…あぁ、義姉様。素敵だ…!!」


 ジェロシアの言葉に、フロルは歓喜の叫びを漏らした。

 抑えきれぬ喜びで、フロルの頬が紅潮する。


「…素敵だ、たまらなく、素敵だ…義姉様、もっともっと私を憎んでっ…もっともっと、私のことを、考えてっ…」


 陶酔したかのように告げられた言葉と共に、ジェロシアを浸食する行為が激しさを増した。

 与えられる刺激の強さに、ジェロシアは頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなる。


「私のことだけで、いっぱいになって、義姉様…」


 フロルの声が、ひどく遠くから発せられたもののように聞こえた。

 視界が霞み、そのまま意識が薄れていく。


「――愛しているよ、義姉様」


 耳元に囁かれた愛の言葉を最後に、ジェロシアは意識を失った。


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