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全てを奪うもの【連載版】  作者: 黒井雛
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 王族の婚姻は、主要貴族を招いた教会の中で、太陽神ソーレルに司祭を介して夫婦となる宣誓を行うことで成される。

 ジェロシアは、フロルの腕に手を回すようにして、大司教が待ち構える祭壇の前に立った。


「フロル様、ジェロシア様。太陽神ソーレルの御名のもと宣誓をお願いします」


 大司教は、ジェロシアの内心の葛藤も知らずに、お決まりの台詞を述べる。


「私、フロル・ファートスは、太陽神ソーレルの御名のもとに、ジェロシア・ファートスを妻にすることを誓います」


 あっさりと告げられるフロルの宣誓後、ジェロシアもまた、同じ宣誓を行うことを求められる。


「……」


「ジェロシア様…?」


 思わず言葉に詰まったジェロシアを、大司教は怪訝な表情で見つめた。

 フロルと夫婦になる宣誓など、口にしたくもない。

 そんなジェロシアを、フロルの鮮やかなエメラルド色の瞳が射抜く。


『国や民を、滅ぼしてもいいの?』


 その眼は、そうジェロシアに問いかけていた。

 思わず噛み切っていた唇から、鉄の味が口内に広がる。


「…私、ジェロシア・ファートスは…太陽神ソーレルの御名のもとに、フロル・ファートスを夫とすることを誓います」


 ようやく絞り出した宣誓の言葉は、教会の中をひどく無機質で白々しく響いた。


「――それでは、誓いの口づけを」


 そしてまた、フロルの唇がジェロシアの唇に重ねられる。


 途端に上がる歓声の中、ジェロシアは大切なものを、また一つフロルに奪われたことを感じずにいられなかった。


 貴族の前での婚姻が終われば、次は国民への披露が行われる。

 ジェロシアはいつもの儀礼時同様に、フロルと並び立ってお披露目用のバルコニーに立つ。

 湧き上がる群衆。一心に集まる視線。

 いつもの儀礼と同じ。…だが異なるのは、通常は常に父がメインの存在であったのに対して、今日の主役はジェロシアとフロルの二人であるということ。


「…皆が皆、義姉様に注目しているよ。嬉しいでしょう?」


 答えが分かりきっている言葉を、フロルは愉しげにジェロシアに問いかける。

 嬉しいはずがない。

 こんな形で、メインの存在としてこの場に立つはずではなかった。

 戴冠式で、女王として喝采を浴びるはずであったのに…。


 ジェロシアは燃え焦がすような内心の憤りを抑えて、無理矢理笑みを作って群衆に手を振って見せる。


(…今だけだ。今だけは、私を征服したと、得意になっていればいい)


 こんな屈辱も、今日かぎりだ。

 明日からは、ジェロシアはフロルの妻ではなく、婚姻直後に不幸にも夫を亡くした、悲しき未亡人になるのだから。


(もともと人に頼ったのが、いけなかったのだ。最初から、自分で手を下せば良かった)


 ジェロシアの、エメラルドの瞳の中で真っ黒な憎悪の炎が燃える。

 今夜、ジェロシアは自らの手で、フロルに引導を渡す。

 この手で必ず、憎い男を殺して見せる。


 他国との婚姻を画策するのと同様に、ジェロシアはまた、フロルの暗殺もまた諦めてはいなかった。

 幾度も人を雇い、策を巡らし、フロルの命を亡き者にしようとしていた。

 だがことごとく暗殺は未遂で終わり、そしてその失敗をフロルは酷く愉しそうにジェロシアへ報告してきた。


『義姉様は、本当にかわいいね。こんなことで、私を殺せると思ったなんて』


 嬉しそうに、嘲るように、告げられるフロルの言葉にジェロシアは、自分の中の憎悪がさらに燃え上がるのを感じた。

 フロルは、ジェロシアを馬鹿にしているのだ。全てを分かったうえで、ジェロシアを掌で転がしながら、弄んでいるのだ。


 憎い、憎い、憎い、憎い!!


 ジェロシアの、フロルに対する憎悪は、殺意が日増しに増していく一方だ。それがフロルの画策していることだと、フロルの思うつぼだと分かっていても、感情は止められない。


(必ず…必ず殺してやる…っ!!)


 婚姻を終えれば、初夜だ。

 王族の初夜は、必ず翌朝に、その処女喪失まで確かめられるのが通例。――けして逃げられは、しない。

 憎い男と肌を合わせるなぞ、冗談ではない。

 必ず事が成す前に、殺して見せる。

 絶対に、絶対にだ…!!


 奥歯を噛みしめて、ジェロシアは自分自身に、憎い義弟の命を奪うことを誓った。

 そんなジェロシアを、フロルは全てを見透かしているかのように、愉しげに眺めていた。



 婚礼が終わると、ジェロシアは全身をメイドによって清められる。

 沸かした湯の中につかり、繊維質の布で、皮膚が剥けるくらいに擦られ、垢一つ、汚れ一つないように全身を磨き上げられる。

 黄金色の髪もまた、王族であるジェロシアすら滅多に使えない他国の妙薬をもってして、輝くばかりに洗い清められた。

 湯あみが終われば、全身に化粧が施される。

 薄暗い情事の場所では、姿などはろくに見えぬだろうに、よくもまぁというこだわりぶりである。


「…あ、そこは自分でするわ」


 ジェロシアの手を取ったメイドを、ジェロシアは静止した。


「…ですが…」


「私なりの、こだわりがあるの…どうか、後で自分でさせて頂戴」


 メイドは暫く答えに窮してから、やがてしぶしぶながら従った。

 ジェロシアは、臣下に優しく、滅多なことでは我が儘など言わない主だ。そんな主の滅多にない要望ならば、と本来ならば順守すべき慣例を破る決断をしたのだろう。

 常日頃のジェロシアの行動の賜物である・


 そう、ジェロシアにはこだわりがあるのだ。

 譲ることが出来ぬ、ただ一つのこだわりが。


 ジェロシアは、他の箇所への化粧を施すことに一心不乱なメイドたちに気づかれぬように、一人口端を吊り上げた。



 ―――そして忌まわしき夜が、やってくる。


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