表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
全てを奪うもの【連載版】  作者: 黒井雛
3/15



(あぁ、早く。早く報告に来い。暗殺者でも、メイドでもいい。あいつが死んだと。突然の賊に襲われたのだと、そう告げに来い)


 その報告を聞けば、心から笑える気がするのだ。

 フロルが義弟になって以来、意識して浮かべていた、貼り付けたような作り笑いではない、本物の笑みが、久方ぶりに浮かべられる気がするのだ。

 フロルが、フロルさえ、いなければ。


(――来たっ)


 扉から聞こえてきた激しいノック音に、ジェロシアはほくそ笑んだ。自分にかつてない最大の歓びを与えてくれる報告者が、やって来た。

 ジェロシアは高揚する心を落ち着かせながら、普段通りの平常な声で、入室の許可を出した。

 しかし、扉を開けて入ってきたのは、ジェロシアの予想外の人物だった。


「ひっ」


「…こんな姿で突然部屋に押しかけて申し訳ありません。義姉様。実は先程、私の部屋に賊が押し入りましてね。よもや義姉様も被害にあってはいないかと、心配で心配で、そのまま部屋に来てしまいました。義姉様が無事なようで、なによりです」


 部屋に入ってきたのは、血まみれの、フロルその人だった。


「…そ、その血は、貴方の血なの!?大変、急いで止血しなければ」


「いいえ、義姉様。この血は全て賊の血。私は一切怪我を負っていませんよ」


(使えない奴だ)


 ジェロシアは内心舌打ちをする。安くない金額を払ったのに、フロルに傷一つ負わせられないまま殺されるとは。本当に使えない暗殺者だ。


「……そう。貴方に怪我がなくて良かったわ」


 ジェロシアはいつもの笑みを張り付けながら、心底安心したように微笑む。

 そんなジェロシアに、フロルもまた、微笑みかける。


「――嘘つき」


「…え?」


「死ねば良かったのにと、そう思っているくせに。義姉様は、本当に嘘つきだなぁ」


 内容とは裏腹に、穏やかに告げられた言葉に、ジェロシアの笑みが引きつった。

 まさか、まさか、ばれているはずがない。

 自分は完璧に、慈愛に満ちた義姉を演じられていた筈なのに。


「…可愛いね。義姉様。動揺しているの?自分の演技が完璧だと、そう思っていたの?義姉様の演技なんて、私は最初からお見通しだったよ」


「…何を、言っているの…わからな…」


「『こんな汚い子供が義弟なんて冗談じゃない』『でも慈悲深い存在じゃないといけないから、人心掌握を極めないといけないから、しょうがないから仲良くしてやろう』…そう、思っていたでしょう?初めて会った、あの時」


 ジェロシアは目を開いた。

 それはまさに、あの時のジェロシアの本音。

 そんな、まさか。まさか最初から、フロルは知っていたのか。

 まだ互いに幼かった、初めて会ったあの時から、分かっていたというのか。


 フロルは固まるジェロシアの様子に満足げに目を細めた。


「徐々に私が心開いていく様に、優越感でいっぱいになっている義姉様は本当、馬鹿で可愛かったなぁ。自分が知っていること、お姉さんぶって、一生懸命教えようとしてさ。その癖、私に抜かされそうになると、必死に焦って。あんまり可愛いから、本当はもっと早く、義姉様より優秀な成績とれたんだけど、焦らしちゃった。全ての成績が私に抜かれた日の、絶望に染まった義姉様の顔。本当に愛らしかった。そのまま切り取って額縁に飾りたいくらいに」


「………」


「でも、あの時の義姉様より、今の義姉様の方が可愛いな。あの時よりも、ずっとずっと絶望が深いからかな」


 立ち尽くすジェロシアを、フロルは宝物のように抱きしめた。

 そして耳元で睦言のように甘く囁く。


「――ねぇ、義姉様。ずっと夢見ていた立場を、見下していた義弟に奪われるのって、どんな気分?」


「…っ!!」


 カッと頭に血が上るのが分かった。

 フロルは全てを知っていたんだ。全てを知ったうえで、ジェロシアを馬鹿にし、最終的にその存在意義まで奪ったのだ。


「…っ死ね!!下賤な盗人が!!」


 憎悪を露わに、貼りつけた仮面を金繰り捨てて、その頬を叩こうと繰り出した手のひらは、あっさりとフロルによって封じられた。


「…あぁ、義姉様。ようやく、本当の姿を見せてくれたね。いつも可愛いけど、本当の姉さまは、もっともっと可愛い」


「私に触るなっ!!賤しい庶民の血を引く、盗人が!!殺してやる殺してやる殺してやるっ!!」


「あぁ、嬉しいな。今、義姉様の頭の中は、私に対する憎悪で一杯なんだよね。他の事なんか全部考えられないくらい、私のことを考えてくれているんだよね。ああ、幸せだ」


 暴れるジェロシアの体を、あっさりと抑え込みながら、フロルはジェロシアの頬に手を当てて、うっとりと陶酔したような表情を浮かべる。


「義姉様。私を嫌いなら、下賤だと見下すなら、私に構ってはいけなかったんだよ。私を視界に入れず、無視しないといけなかったんだ。義姉様がどんな思惑であれ、ずっと私に構いかけるから、私のことを気にしてばかりいるから、私はすっかり義姉様を愛してしまった」


「お前に愛されているなんて思うと、虫唾が走る…っ!!」


 大嫌いな義弟。

 こんな男の愛などいらない。

 愛しているとほざくのなら、王になることを辞退して、女王の立場を寄越せ。

 それが、ジェロシアの一番の望むことだ。

 しかし、ジェロシアの拒絶に、フロルは全く動じない。


「うん。いいよ。義姉様は私を愛さなくて、構わないよ。…愛じゃなくても、私のことで頭の中がいっぱいになっていればいい。私のことを考えてくれていれば、それでいい」


 鮮やかなエメラルド色の瞳の奥に、狂気が揺れる。


「…女王になんかさせないよ。そうしたら、義姉様は、私のことより、民や国のことを考えるようになるだろう。そんなことは許さない」


「……」


「あぁ、義姉様。代わりに別の立場をあげるよ。別の権力者としての立場を。国で二番目に偉い立場だ。それで、妥協してくれないかな?」


 ジェロシアは、フロルの言いたいことが分からず、思わず眉を寄せた。

 宰相の立場でも与えるというのか。ジェロシアが抱いていた、将来の構想を逆転させて。

 そんなジェロシアの様に、フロルは口端を吊り上げた。


「王家直系の血筋が途絶えそうな現状では、より王家の血が濃い次代を成すことの方が、他国との絆を深めるよりも、大事だと思わないかい?…そう、例えば従兄弟同士の婚姻とか、最高だよね」


「…っ!?」


「義姉様は、次代の国母になるんだよ。…嬉しい?」


 思わずあげそうになった悲鳴は、重ねられたフロルの唇で封じられた。



 その日以降、ジェロシア・ファートスは、次代の王という立場を奪った大嫌いな義弟に、人生全てを奪われることになる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ