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全てを奪うもの【連載版】  作者: 黒井雛
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「義姉様、義姉様。今日は剣術の稽古で先生に褒めて頂きました。剣士でも、これほど優秀な生徒はいないと」


「…そう。流石フロルね。貴方のように優秀な義弟を持って、私は誇らしいわ」


(なぜなぜなぜなぜ、賤しい庶民出のフロルなんぞが、私の上を行くというの…!?)


 子犬のように纏わりついて、誉めてもらいたそうに擦り寄るフロルに賞賛の言葉を掛けながら、ジェロシアの心は灼熱のごとく荒れ狂っていた。

 ジェロシアなぞ、一度剣を握っただけで、適正なしだと言われ、二度と稽古なぞ受けさせてもらえなかったのに。

 その分、フロル以上の時間を勉強に費やしているというのに、何故…っ!!


「…そうだわ。フロル。私が女王になったら、貴方は宰相になればいいわ。優秀なあなたなら、きっとなれる。姉弟二人で、ルクス王国を繁栄させるの。素晴らしいと思わない?」


 ジェロシアは荒れる心を必死で抑えて微笑みながら、フロルに微笑んだ。

 例えどんなに優秀でも、フロルは賤しい血筋の身。王になぞ、なれない。

 ジェロシアが女王として、完全にフロルを掌握してやればいいのだ。臣下が優秀なのは好ましいことだ。何も焦る必要なぞ、ない。

 劣等感なぞ、感じる必要はないのだ。


「私が宰相に、ですか?」


「そう。フロルは、どう思う?」


「…そうすれば、ずっと一緒にいられますか?」


「え?」


 フロルはその美しいエメラルド色の瞳をジェロシアに向けた。

 端正だが、少年から脱却し男らしくなりつつある顔は、ひどく真剣な表情だった。


「私が宰相になれば、ずっと義姉様の隣に、いられますか…?」


 ぞくりと、肌が粟立つのが分かった。

 恐怖ではない。歓びで。


(ほら、何にも心配することは無い)


「――もちろんよ。フロル」


 この優秀過ぎる義弟は、すっかりジェロシアに忠実な犬と化しているのだから。


「ずっと一緒よ。…隣で私を、支えてね」


 ジェロシアは優秀な犬を従えた、女王になるのだ。すっかり人心掌握した優秀な犬を、自らの為に操って、国を繁栄させるのだ。

 何も、心配することなぞ、ない。



 だけど現実は、ジェロシアにとって非情だった。


「――フロルを後継者にしようと思う」


 父から告げられた言葉が、にわかに信じられなかった。


「なんてことを…っ!!貴方は自分の娘が可愛くないの…っ!?」


 母が金きり声をあげて父を咎めるが、ジェロシアの耳に母の言葉は入ってこなかった。

 ただただ呆然と、父王の顔を眺めていた。


「…私は父親という前に、王だ。ならば、ルクス王国にとって最善の王を選ばないといけない。娘可愛さに決断を先延ばしにしていたが、本当はもっと早く決断すべきだった。どう考えてもフロルの方が、ジェロシアよりも王に相応しいのだから」


(なにを、言っているの、お父様)


(いつも、私を、誉めていてくれていたじゃない)


(優秀だと、女王に相応しいと、そう言ってくれたじゃない)


「だからって、どこの馬の骨とも知らぬ子を…っ!!」


「――あれは、フロルは、先の戦争で英雄と謳われた、兄エローエの落胤だ」


 母とジェロシアは揃って息を飲んだ。

 英雄エローエ。その名を知らぬものはいない。優れた政治的頭脳と、鬼神のごとき強さで、長く続いた戦争を終わらせた救国の英雄。

 順当にいけば、父ではなく、エローエこそが王となるはずだった。だがジェロシアが生まれる直前に、流行病にかかり命を落とし、父が王になった。


「兄が、町娘に生ませた子こそ、フロルだ。叶わなかったが、結婚の約束もしていたらしい。色々あって町娘も亡くなり、孤児院で酷い扱いを受けていたところを、私が保護した。兄の息子の証である、特別な紋章を、母親の形見として持っていたから、まず間違いないだろう。…何より、兄譲りの鮮やかなエメラルドの瞳が、年をとるうちに酷似していく顔が、高い能力が、兄の息子である証だろう」


(フロルが、王家の血を引く存在?私と同じ、直系の血筋の?)


「あれほど、王としての適性の高い存在は、まずいないだろう。フロルならば、今以上にルクス王国を繁栄させられる…ジェロシア。お前では、力不足だ。…分かって、くれるな?」


(分かるって、何を分かれというの。私は女王になる存在なのに。女王になる為だけに生きて来たのに)


「幸い、お前はまだ18だ。女としての結婚適齢期は過ぎていない。お前なら、いくらでも妻にと望む男はいる…いい嫁ぎ先を選んでやろう」


 その日、ジェロシアの世界は、崩壊した。



 呆然自失の状態で自室にかえったジェロシアは、一人幽鬼のごとく部屋で佇む。

 完璧に、それこそ爪の先まで完璧に、マナーを叩きこんだ体は、感情のままに暴れて室内を滅茶苦茶にすることすら、ジェロシアに許さない。


「――…殺してやる」


 言葉が勝手に、口から零れた。

 一度零れたら、止まらなかった。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」


 血走った目から滝のように涙が零れ落ちた。

 ジェロシアの存在理由を、生きる意味を奪った義弟。

 優しくしてやったのに。傷を癒やしてやったのに。

 永年の恩を、あいつは仇で返した。


「――絶対に許さない」


 絶対に、殺してやる。惨めに、滑稽に、哀れに!!死体まで蹂躙して、貶めてやる!!

 そして、取り戻して見せる。

 女王としての、立場を。

 私の存在意義を、必ず…!!


 ジェロシアはそうして、義弟を殺すべく、暗殺者を雇った。


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