ⅩⅣ
ずっと疑問だった。
何故偉大な英雄だったという父が、母の様な愚かな女を愛したのか。
何故ジェロシアが、あれほど「女王になること」に固執できるのか。
だが、今のフロルには、分かる。
そう言ったものは理屈じゃないのだ。理屈ではなく、気が付けば胸の奥に芽生えているものなのだ。
フロルがジェロシアを愛したように。
「――誰にも、渡さないさ」
フロルは決意を胸に、うっそりと陰惨な笑みを浮かべた。
「義姉様は、私だけのものだ」
ジェロシアから、全てを奪って見せる。
全てを奪って、ジェロシアの全てを自分の物にしてみせる。
ジェロシアの全てを、手に入れる。
例え、どんなことをしようとも。
そして、フロルはジェロシアから全てを奪った。
―――――――
「…愛しているよ。義姉様」
目に涙の痕を残したまま気を失ったジェロシアの手をとって、そっと自身の頬に当てる。
頬に感じるジェロシアの熱に、多幸感がフロルの胸を満たす。
ジェロシアは、自分の全てを奪ったフロルを、未来永劫愛することは無いだろう。
だが、それでも構わないと思う。
従順にフロルがジェロシアに従い、ジェロシアの望む行動をとったとしても、どの道ジェロシアはフロルを愛さない。
気まぐれに愛を囁くことがあったとしても、それはフロルが望むだけの、フロルがジェロシアに向けるのと同等な強い愛にはけしてならない。そんなこと、分かりきっている。
そんな不安定で曖昧なものより、もっと強くて確かな感情が欲しい。
憎悪でも殺意でも、構わない。フロルがジェロシアに向ける愛と同じだけの「想い」が欲しい。
愛とは、見返りを求めることなく、与えることだと誰かが言った。与え、慈しむことだと、本心では自分でも真実そう思ってもいない癖に、綺麗ごとを並べていた。
その考えが真実なのならば、フロルがジェロシアに向ける感情は、「愛」ではないのだろう。
だが、その名称に何の意味があるというのだ。
ジェロシアしか見えない。ジェロシアしかいらない。
その事実がフロルにとって全てだ。それが愛でないというなら、勝手にそう否定すればいい。
けれども、焼け焦げるかのような強すぎる感情を、名づけるに相応しい名称をフロルは知らない。
だからこそフロルは自らの想いを「愛」とする。
返されることはないと理解しながら、ジェロシアに愛を囁く。
ジェロシアの手を口元に運び、その指先に口づけを落とす。
毒が仕込まれた人差し指に唇が触れた瞬間、更なる幸福感が胸の奥から湧き上がってきた。
ジェロシアが、フロルを殺そうとした。
人を殺めたことは愚か、人を殺す道具すらまともに手にしたこともないジェロシアが、自らの手で大罪を犯そうとした。
それ程強く、フロルをジェロシアは思っている。
それが、どうしようもないほどに、嬉しい。
「――いつか義姉様の新たな望みを、叶えてあげる」
微笑みながら、フロルはジェロシアに囁く。
ジェロシアが女王になるという望みは、けして叶えることは許さない。
だが、先刻ジェロシアの中に芽生えた新たな望みだったら、いつか叶えてあげてもいい。
「いつか、義姉様に殺されてあげる」
フロルは夢想する。
ジェロシアによって、いつか命を散らされるその瞬間を。
宿願を達成したジェロシアの、歓喜に満ちたその表情を。
悪くないと、思う。寧ろ、最期に見るものが、触れるものがジェロシアなら、フロルにとってそれは最高な死に方だ。
いつか命を散らす時が来たら、そうやって死にたいと思う。
だけどその時は、必ずジェロシアも連れて逝く。
フロルがいなくなった世界でジェロシアが生きることなぞ、生きてフロル以外の誰かを想うことなぞ、けして許さない。
どんな手を使っても、ジェロシアの命の灯が消えることを確認してから、逝く。なにがあっても、絶対に。
ジェロシアと二人で逝く、終末。
それはきっとフロルにとって、人生で一番幸福な瞬間に違いない。
「いつか殺されてあげる――だから、それまでずっと、私を憎んで」
眠るジェロシアの体を、優しくかき抱いて、そっと耳元で懇願する。
「殺したいくらい憎んで、私の事だけを想っていて」
全てを失ったジェロシア。
それでも時が経てば、再び得るものもあるだろう。
だがフロルはジェロシア何かを得る度、何度だってそれを奪う。
フロルはジェロシアの全てを奪い続ける。
いつか幸福な終わりが訪れる、その瞬間まで。