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全てを奪うもの【連載版】  作者: 黒井雛
11/15

 ジェロシアをもっと知りたいと思ったフロルは、ジェロシアの思惑に乗って、懐柔されたように振る舞うことにした。

 自分が望みの反応をすれば、ジェロシアがどのような反応を示すか、興味があった。

 やってみれば、ジェロシアに心を開いたかのように振る舞うことは――「常人」の演技は、酷く簡単だった。こんなに簡単ならば、孤児院時代からやっておけば、無駄な暴力を受けることもなかったろうにと思う一方で、わざわざ演技をしたいとも思わなかったのだから、それくらい自分にとって暴力による苦痛はどうでもいいことだったのだから仕方ないとも思う。

 ジェロシアは、幼い年齢にそぐわず、頭の回転が早く、聡明な少女だった。だが、それを全て台無しにする程に、傲慢だった。

 自らを出し抜ける人間なんていやしない。無意識のうちにそう思い込んでいるジェロシアは、フロルの演技を疑うことなく信じ、自身の人心掌握の能力に酔いしれていた。


 あぁ、なんて、愚かな。


 フロルを完全に掌握し、自らの都合が良いように操っているつもりで、実際はフロルの手のひらの上で転がされているジェロシアは、たまらなく滑稽だった。滑稽で、愉快で、フロルをどうしようもなく惹きつけた。

 ジェロシアという人間を知れば知るほど、フロルの好奇は膨らんでいった。そしてその好奇は、空白だったフロルの心を、満たしていった。

 ジェロシアに出会って、フロルは生れて初めて「愉しい」という気持ちを知った。


 フロルがジェロシアを知ることに夢中になっていた頃。

 フロルを「真の後継者」ではないかと疑っていた王は、フロルにもジェロシア同様に王となる為の教育を受けさせることを決めた。

 ファートス家にとって、偉大なる先祖が定めた慣例は絶対。フロルが異能を持っていることが発覚さえすれば、フロルが王に使命されることは既に決定事項だった。だからこそ、もしもの時に備えて、フロルには王になる為に必要な教育を受けさせる必要があったのだ。

 ジェロシアと二人だけでで、ルクス王国から厳選された教師たちから、国で一番高等な教育を受ける贅沢な環境。

 だが、フロルにとってそれは、欠伸が出る程退屈なものだった。

 初めて知る知識も、不思議な程すんなりとフロルの頭の中に入り、そしてそれはけして忘却することがないまま脳内に貯蔵された。フロルの脳は、まるで乾いた布か何かのように、一瞬にして知識を呑みこみ、自らのものへと変換する。

 自らの発想を必要とするような分野でも、まるで答えを知っているかのように、フロルの脳は瞬時に最善の解答を導きだした。反論する教師と討論になっても、フロルは簡単に教師の主張を封じる返答を見出せた。

 フロルの脳の構造は、驚くほどに優秀に出来ていた。それはきっと、異能の能力のうちの一つだったのだろう。

 一月も経つ頃には、フロルはジェロシアよりも、ずっと多くの知識を有するようになっていた。だが、フロルは理解度を確認するためのテストではわざと手を抜き、ジェロシアの優越感を保たせることにした。

 深い理由はない。ただ、その方が面白そうだと思ったからだ。


 だがある時、ぼんやりとしていたら、フロルは手を抜くことを忘れてしまい、一つの教科でジェロシアよりも良い成績を納めてしまった。

 フロルを絶賛する教師を脇に、フロルは内心で舌打ちをする。

 ジェロシアは、このことをどう思うだろうか。

 フロルが今まで、密かに手を抜いてテストを受けていたことに気づいてしまわないだろうか。

 気付かれたら、この愉しい遊戯は終わってしまう。それは、嫌だった。


 フロルは返却されたテストを手に、密かにジェロシアの様子を盗み見た。


「…っ」


 そして、次の瞬間、全身の毛が逆立つような衝撃に見舞われた。


 いつだってけして揺らぐことなく強固なままだった、ジェロシアの仮面。

「慈善に満ちた姉」という、虚飾で塗り固められた、作り物の姿。

 それが今、剥がれていた。

 ジェロシアの顔は、今、取り繕うことも出来ない激しい屈辱で醜く歪んでいた。

 その眼は負の感情で爛々と燃え、向けられる刺すような視線には、明確な殺意が滲んでいた。

 今までは、自身の目の能力を通じてしか見れなかった、ジェロシアの真実の姿を、その時フロルは確かに見た。

 フロルの視線に気が付いた瞬間、すぐさまジェロシアは普段の仮面を被りなおしたが、間違いない。


 心臓が、どくんと、跳ねた。




 フロルは講義の時間が終わるなり、足早に与えられた自室へと戻った。

 湧き上がる感情を必死で抑え込みながら、誰もいない部屋に駆けこむ。

 聞こえる自身の鼓動は、最早早鐘のようになっている。もう、駄目だ。もう、耐えられない。


 フロルは部屋に、自分以外の存在が確かにいないことを確認すると、口元に当てていた手を離した。



「――あはははははははは」


 解放された口元から、堪えきらない、歪んだ嗤いが溢れ出る。

 作り物ではない、フロルの真実の笑みだった。


「あはは…可愛いね。義姉様、可愛い…あははははは」


 腹を抱えて、そのまま一人、大声で笑い転げた。


 愉快だ。愉快でたまらない。


 こんな気持ちは、初めてだ。


 女王になることだけに、全身全霊を掛けているジェロシア。女王になることだけに、その心の全てを捧げてるジェロシア。


 そんなジェロシアが、自分の行動でその感情を揺らしている。


 その姿はなんて、可愛らしいのだろう。


 なんて、愛おしいのだろう!!



 フロル・ファートスが、ジェロシア・ファートスに対して抱いた三番目の感情は「嗜虐心」


 フロルはその日、初めて感情のままに笑うことを覚えた。


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