星のかけら
東京を出たときはあんなに晴れていたのに、盛岡は雪だった。降りしきる雪を払うように静かに列車はホームに滑り込む。
新幹線から東北本線へ、乗り換えの列車を待ちながら、北上するにつれて白い部分が多くなっていく車窓の風景を思い、初めて訪ねる、恋人の生まれた町を思った。
雪が降ると姉を思い出す。
姉が死んだのも雪の日だった。わずか十歳で逝ってしまった姉。
当時五歳だった私の記憶は頼りなくて、前後のことはほとんど思い出せない。ただ、その日たくさん雪が降ったことと、フリルのいっぱいついたピンクのワンピースを着せられて木の箱の中に寝ている姉を見て、お人形みたいだ、と思ったことを覚えている。
死ぬってちっともこわいことじゃないんだよ。みんな星のかけらだから。
病気がちだった姉はよくベッドの横に私を座らせていろんな話を聞かせてくれた。なかでも星のかけらの話は二人のお気に入りで、何度も何度も繰り返し聞いた。
わたしたちはね、みんなお空のお星さまとおんなじものでできているんだよ。わたしもなおちゃんもおかあさんもおとうさんも、猫のミーもお庭のお花も、地面だっておうちだってみんなおんなじ、地球っていう星のかけらなの。だから、ずっとずーっと遠くから見るとみんな光っているんだよ。ずーっと、お星さまのあるところぐらい遠くから見るとね。ほんとだよ。
幼い私は暗い夜の空に、きらきら光る姉の華奢なからだや、猫のミーや鉢植えのポインセチアや、いろんなものを浮かべてみた。鼻の奥がつーんとするようなへんな気持ちがした。
死ぬっていうのはね、星のかけらの形がほんのちょっと変わるだけなのよ。ただそれだけ。
私が初めて教えられた死は、とてもやさしかった。
青森行きのはつかり11号は吹雪の中を走っている。雪の隙間から時折風景らしきものがのぞく以外、窓の外は白一色の世界だった。
駅には修二の兄が迎えに出ているという。修二の故郷の話に必ず出てきた、いかつい顔の兄。兄貴というより親父みたいだ。修二はよくそういっていた。
星のかけらはみんなつながるのよ。
十歳の姉はいう。
だってほら、かけらだから。かけたところはそこにぴったりのちがうかけらが、かならずどこかにあるの。どんな星のかけらだって、かならずべつの星のかけらとつながっているんだよ。
生きている星のかけらと死んだ星のかけらはね、つながりかたがちがうの。形が変わるから。でも、形が変わっても、ちゃんとつながっているんだよ。だから、さびしくないの。
姉はそういって穏やかに笑った。
つまらないことばかり覚えている。
オレンジジュースの銘柄に妙にこだわったこと。何にでもマヨネーズをかけて食べるくせ。ものを食べるときの怒ったような顔。へんだからやめてっていくらいっても絶対手放さなかった赤い毛糸の帽子。脱いだ靴下のにおいを嗅ぐくせ。うそがばれたときの言い訳のパターン。
たっぷり用意されていたはずの二人の時間に、ぼろぼろこぼしたたあいない会話。携帯の調子が悪くて途中で切れた電話。ずっと聞きそびれている、あのときいおうとしたこと。あとでいうよ。
修二は私とつながっていたのだろうか。今もつながっているのだろうか。
ここ二、三日仕事がつまっていて疲れているといった。朝から風邪気味だった。アパートの非常階段。警察の事情聴取。人とあらそった形跡もなく、自殺する動機も遺書もなく、過労による目まいで平衡感覚を失い落下したための事故死として処理された。薄っぺらな調書。死の理由。
そういうのは修二に似合わないと思った。
修二はもっとのほほんとしている。修二はもっとずぼらだ。いい加減で全然大したことなくて陽気でうそつきだ。のんきでへんなくせがいっぱいあって私が笑うとすぐむきなって、まるで子供だった。
ふざけていていつもへらへら笑ってあしたもあさってもあって、ずっとずっと不完全だった。
そういうのは全然、修二じゃないと思った。修二はどこにいるのだろう?
窓の遠景にかすかに山並みが見える。吹雪はようやくおさまりはじめたようだ。粉雪より少し大きな雪片が列車の速度につられて横になびいている。
星のかけらにも雪が降るのよ。
姉はいった。
星のかけらに降る雪は、『たましい』が眠るための毛布なの。冷たいんだけど、あったかいの。それはね、うちがわに降る雪なの。
少し眠ったら? 青森までまだ時間あるからさ。
隣で修二がいう。
頭のどこかで何かへんだと思う。でも何がへんなのだろう? それより、ひどく眠い。
さっきからずっと修二が私の手を握っている。すごくなつかしい感じがする。つきあってまもないころのようだ。
あのな、おまえさあ、兄貴に会ってもあんまり緊張すんなよ。ああいう顔しててもわりとぶっちゃけたやつだからさ。たまにさむい冗談もいうけどな。あの顔でいうから無理しなくても笑っちゃうよ。絶対。
修二は手を握りなおす。私は目を閉じたまま、修二の手の感触を確かめる。
それから、おやじとおふくろにも気を使わなくていいから。ふたりとも口下手だから最初はとっつきにくいかもしれないけど、なれてくるといわなくてもいいことまでしゃべるんだ。あ、おれのことは話半分に聞いとけよ。子供のころの話なんてたいていろくでもないことなんだから。
修二は握りしめていた手をちょっとゆるめて、私の指をなぞりはじめる。一本一本ていねいに。いつくしむように。
なあ、笑うかもしんないけどさ、こんなこというの、すんげえ照れくさいけど、おれ、なおに会えてよかったと思ってる。おれ今までなおにさんざんうそついてきたから、全然信用ないだろうけどさ、これはマジで本当。おれだってたまには本当のことをいうときもあるんだぜ。
修二は私の手をふたたび強く握った。
あと十分ほどで青森駅に到着するという車内アナウンスが流れる。
気がつくと私は、修二の帽子を握りしめていた。私が大っ嫌いで、修二が妙に気に入っていた、赤い毛糸の帽子。なぜこんなものをもってきたのだろう。この帽子をめぐるさまざまなやりとり。むきになって鼻を膨らませた修二の顔。私は思わずにんまりしながら、隣の空席を見る。
あれは修二だったのだと思う。まぎれもなく修二だった。
私はにんまりした顔のまま、少し泣いた。
窓の外は大きなぼたん雪が、ときどき列車の速度に逆らってふわふわと舞っている。
この列車はどこへ行くのだろうか。
みんな星のかけらだから、さびしくないよ。
十歳で死んだ姉はいう。
私は五歳の小さな妹にもどって、おとき話の続きをまっている。




