「まぁ前に進めばいいんだろ?」
東京 12:53 某大学の501教室で教授の講義が行われていた。
「エントロピーというのは――――――――」教授が話し始めた刹那――――それまで眠気が皆無だった山田太郎の瞼が完全に閉じ・・・
「ハッ!!!」机から顔を上げた山田太郎が見た景色は、授業を受けていた教室をそのまま鏡写しにして血と錆でデコレーションしたような景色であった。
「Oh....」もはや幻想的と言っても差支えないその光景に山田太郎は言葉を失う。
そうして物語は唐突に始まる。これ以上の回想なんて必要はないだろう。
山田太郎は、その身を硬直させて思考する。(ヤバい!――なんで?――怖っ!――なんでだ!?)
だが、その思考が山田太郎の置かれた状況を完璧に説明する事はないだろう。
なぜなら山田太郎には、目を覚ましたら鏡写しの世界を血と錆でデコレーションしたような世界にご案内されるような理由はないからだ。
悪い事だってしていないし、怪しい宗教に入った覚えもない、ましてや死んでもいないし、これがドッキリだったとして自分が役者に選ばれるような
人間ではないからだ。
まとまらない思考を唐突に止め、山田太郎の脳みそは一つの結論を導き出す。
「まぁ前に進めばいいんだろ?」
ここで山田太郎という人物に対して少し紹介をしよう。
昨今の子供に対して、「じゃすみんちゃん」や「みかえる君」と名付ける親が居るように、まさか事欠いて山田に「太郎」と名付けるとは、
その名前だけでもはや神に愛されていると言っても過言ではない・・・知らないけど。
取って付けたように山田太郎の設定を説明すると、
極度なゲーマーでありスポンサーの付いているチームに所属しているプロFPSプレイヤー
年齢は21歳、大学3年生、また、国からの奨学金の殆どを費やしてPCを組んでいるので、
もはや国からの援助を受けているプロゲーマーと言っても差支えない。
山田太郎という人物に対しての少しの紹介はこれで終わりだ。
そして極度のゲーマーである「山田太郎」が自身の思考では計り知れない不測の事態に陥り、導き出した結論が
「まぁ前に進めばいいんだろ?」
そう、ゲームは進まなければクリア出来ないのである。
その結論を導き出してからの山田太郎の行動は早かった。
ここが初見殺し系のゲームだとしたらゲーム開始位置にずっと留まっていたら死ぬだろうと、そう考え周囲を見渡し、
この教室には自分一人しか居ない事。教室の備品や壁の一部は損壊していたり、窓ガラスは割れてその付近に散らばっている。
窓の外の他の建物もある程度損壊していて、木は枯れていて動くものの影は見えない。
空の色は青空を色彩反転したようなピンク色で、太陽は黒く輝いている。
そして、その全てが鏡写しの様に左右反転していてまた、血のような茶黒いシミが付着し金属類は錆ついている事を確認する。
そう、ここが鏡写しの世界を血と錆でデコレーションしたような世界だという事を再確認したのだった。
山田太郎は一考する。
(もし鏡写しでなければ、3次大戦後の未来にトラベルしてしまったって言われても信じるかもな。)
そして山田太郎は一言呟く
「ふぅ・・・」
何か口に出さないと気が狂ってしまいそうだから、自分という存在がここにいる事を、山田太郎はここにいるのだという事を、
口に出して確認しなければ怖かったから、まだ見ぬ初見殺しに見つかる危険を無視してそう口にしたのだった。
そして山田太郎は、初期スポーン地点である501教室を後にする。