歪む日常④
今日も雪村は休みだった。
「…………帰るか……」
クラスメート一人が休んでるだけで、なんだか胸に孔が空いたよう。
「やめやめ…………」
ようやく距離が縮まった感じがした。それなのに、急に会えなくなった。
「そう、それだけ……」
家に帰って……………………寝るか。
学校を後にした。
******
夕日の照らす帰り道を歩く。
「………………」
テンションは下がりっぱなしだ。
「………………」
阪木あたりとゲーセンにでも行けばよかったか。
「…………いや」
そんな気分でもないから一人で帰ってるんだろうが。
「まったく……」
浮上するのは不の感情。…………早く寝よう。
歩く……歩く……歩く…………やがて昨日分かれた場所に、あの公園がすぐそこに。
「………………」
なんとなく見つめる。
「………………いない、よな」
そう言いながらも公園へ足を進める。
そして、公園を見渡す――――――――
「…………やっぱ、いない、か」
――――まあ、別に期待してなかったけど。
「しかしまあ…………」
子供すらいないとは……最近の子供には公園は受けないのかねぇ。
「昔は受けてた…………と知ってるんだが」
記憶ではなく、知識として……俺は知っている。
「…………帰るか」
今度こそ、俺の家に帰ろう。
踵を返し……歩く……歩く……歩く……。
歩く……歩く……歩く……よし、家に着いた。
「明日は来てると良い…………」
いや……
「…………来いよ……なんか、気分悪ぃだろ」
がちゃりと鍵を開け、扉を開け――――――――
“――――雪村衣鈴の居場所が知りたいかね――――?”
「――――――――なっ?」
――――ようとした瞬間、声が届く。
“――――彼女は家に居ないのだよ――――――――”
男の、重い、声が直接脳に――――
「誰だッッ――――!?」
吼えて辺りを見廻すが――――
「――――え?」
誰も居ない。声が聞こえたのに。なんで。どうして。
“捜せ――――彼女を。そうせねば彼女は――――”
「おい、それは――――」
どういうことだ、と訊こうとした瞬間。
「――――づっっ」
頭にびきりと小さな痛みが奔る。
喩えるならそれは、通信が途切れたような感覚。
「なんだってんだ――――あれは?」
わけのわからない、理解不能。俺の頭はどうかしてしまったのか。
「わからない……」
だけど……
「雪村は家に居ない…………?」
そして捜さなければ――――どうなるってんだ?
「ああ、くそっっ」
――――ここが――――――だからです。
唐突に蘇る、その言葉。
「まさか、もしかして…………」
あそこにいるのか。あの公園に居るのか。
直感的にそうだと思う。
「はっ、なにを馬鹿な――――」
俺はさっき公園を見てきたばかりじゃないか。
「いや、でも…………」
公園の近辺、雪村の帰り道方面は捜していない。
「憶測の域は出ない――――――――」
――――――が、これ以上の手掛かりは無い。
とりあえず、あの近辺を探るとしよう。
「――――――――よし」
******
「クソ。見つかんねえな」
捜し始めて、かれこれ二時間。見つかる気配は一向に無い。
「この辺りにはいないのか――――――?」
辺りも徐々に暗くなり始めている。
栞には阪木の家に泊まるって連絡してあるから、時間に制限は無いが。
「………………疲れた」
とりあえず、公園のベンチで休むことにする。
さっきまで、立ちっぱなしだったせいか、座った途端に随分と楽になる。
「あれ――――――――」
そして同時に、今までの疲れが、眠気が、一斉になって俺を襲う。
「く、そ――――――――」
このままじゃ、こんなところで、ねむ、っち、まう――――――――
******
閑かな夜だ。眠るには絶好なくらいの閑けさ。
でも――こんなところで寝ちゃ駄目だ。カッターシャツだし風邪引いちまう。
朦朧な意識の中、必死に瞼を開く。
そして、公園の時計に目をやると――
「げっ。もう、十二時かよ……」
結構な時間寝ていたわけか。
これから、どうしよう。栞に言った通り、阪木の家に行くか。
これ以上、捜しても何も見つからない気がする。
――――――いや、やっぱりもう少しだけ。
厭な胸騒ぎ。自分でもおかしいって思うくらいに。これが中々収まってくれない。
――――だからもう少し。
俺はあいつの友達だから、な。
ベンチから立ち上がり、伸びをする。
…………さて、捜すとするか。
――――――――リ。
――――――チャリ。
――――グチャリ。
「え――――?」
気持ち悪い音。
「う――――――」
今すぐ耳を塞ぎたくなるような音。
例えるなら、それは躯の破壊されるような音で。
例えるなら、それは臓器をえぐられるような音で。
例えるなら、それは命が弄ばれるような音で。
そんなこと、経験したことも無いくせに、何故か――――適切だと感じさせる厭な音。
こ、こは、おか、し、い。
「き、もちわ、るい――――」
で、も。
「あ――――」
いったい、何が――――
見に行くべきなのか。見に行かないべきなのか。
――――イクナ。
後者が正しいんだろうけど。
――――イクナイクナイクナ。
そう、脳は命令するけど。
――――彼女は家に居ない。
――――捜さねば彼女は――――。
蘇る、その言葉。
そんなこと、ありえ、ない、あ、りえる、わ、けが――――――でも。
確認しなくちゃ。
その音のする方へ足を向ける。
――――刹那。
――――迸る紅。
俺の腕、胸にかかる紅い液体。同時に俺の胸に飛び込んでくるナニカたち。
「――――――エ?」
つい、間抜けな声が漏れる。
頭にドン、と鈍い音がした。ナニカがぶつかったみたいだ。
一体、なにが――――そう、思って落ちたナニカたちを目で追うと。
――――そこには、皮膚がまだ残っている髑髏の見習イたちがあった。
「――――――うわああああああああああああっっっ!!!!」
鮮血と髑髏が俺を汚していたんだ――――――――!!!!
「うっ――――――」
胃にたまったものが逆流するような感覚。
「おえっっ――――」
口から胃の内容物が吐き出される。
黄色を帯びた吐瀉物。醜いとしか形容のしようがない反吐。
絶え間なく吐き出されるソレは地面をより鄙劣に汚していく。
き、もちわ、るい。
がは、がは、と嘔吐を続ける。それでも、胃は蠕動を強制する。
次第に赤を帯びていく液体。吐き続けてしまったが故の結果だろう。
でも――――――
きもちわるいきもちわるいきもちわるい。
今の俺を落とすにはこれしかない。これを続けるしか、吐き続けるしか。
こんなもの見たくないこんなもの忘れたいこんなものこんなものこんなもの――――――――!
ど、うして、こんなも、のが。ひどい、ひどすぎ、る――――――――
こんなことをした奴にはには憎悪すら湧いてくる。どうして、こんなことを――――
でもそれ以上に、忘れてしまいたいんだ。
こんなもの、こんなものは見たくない見たくない見たくない――――――!
それなのに、一向に意識は消えちゃくれない。喉が破れたと錯覚してしまうほどに赤い血と泡が踊るに踊っているのに。
畜生――――
こんなことし、たって、無駄って、か。
――――――く、そ。
「――――あ、はあ、は、あ、はあ」
嘔吐しきった後、回らない頭で考える。
どうして、こんなものが――――――
わ、けが、わからない。どうし、てこんな、ものが。
――――――刹那。
ゾワッ、という寒気。全身の毛が逆立つような感覚。心臓を鷲掴みにされているように感覚。
「はあ、はあ、はあ――――」
今度はいったい、な、にが――――
必死に前方を向き、睨みつける。
――――――凶ツ(ツ)瞳。
ナニかに睥睨されている。
――――――恐い。
徐々にナニかが近づいてくる。
――――――怖い。
その貌は血化粧で嗤っていて。
――――――コワイ――――!!!
咄嗟に飛び退いた。そして、それは、正しい判断だった。
何故なら、その場所はナニかによって瞬時に破壊されたからだ。
地面に突き刺さった腕。細く見えるのに大の大人のそれよりも遥かに剛く見える腕。獣牙を去来させる鋭い腕。それをゆっくりと引き抜くナニか。
ナニかは、ただこちらを凝視している。
――――――――――エ?
さっきはただ嗤っているとしか視認できなかった。
しかし、今なら判る。煌々たる月の光が示している。でも――――――――
――――――――――――そんな馬鹿な。
間抜けな声を。
――――――――――――嘘だ。
つい、願望を口に。
――――――――――――ありえない。
脳は現実逃避を。
――――――――――――ナア、嘘ダロ。
同意ヲ求メル虚弱。
――――――――そうか、俺はユメを見てるんだ
愚鈍ナ思考。
――――――――ユメなら醒めてくれよ……………………
脆弱ナル不諦。
――――――――早く
惰弱。
――――――――早く早く
ヨワサ。
――――――――早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く――――――――――!!!!
俺の前に立っているのは化ケ物だ。
俺の前に立っているのは化外だ。
俺の前に立っているのは化鬼だ。
だから早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く――――――――――こんな悪いユメは醒めろ。
「桐、島――――――――く、ん――――――――?」
だが俺の望みは無情に砕かれた――――