歪む日常③
――――――雪村は今日も休みだった。
遅刻ぎりぎりに登校。寝て授業を過ごす。
いつもどおりの光景。いつもどおりの場景。
いつもどおりの風景。
――――――違う。そんなんじゃ、ない。
他の奴にはそう感じるかもしれない。ありふれた日常と感じるかもしれない。俺みたいには感じていないかもしれない。
どうして俺は……
わからない。わからない。何故そう感じるのかわからない。
ただ雪村が居ないというだけで、胸はこんなにも締め付けられる。
雪村が居ないから苛々する?
――――――ああ。もしかして、そういうことなのか。
雪村が居ない。
――――それはつまり、日常の欠落と感じているからなのか――――――――この、痛み、は。
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――――――――異形在於黒闇。
闇夜を闊歩する姿。そこには異形が存在する。
暗夜の中、不遜な姿。そこには鬼が存在する。
路地裏を歩く人々。彼らは知らない――――――それが何なのかを。
鬼は歩いていく。路地裏を。
――――――――――――――見つけた。
昨日と同じようなグールを五匹。
――――――――――――――殺す。
鬼はまた、グールの元へ駆け、今度は脚の部分を切断、五のグールは逃げる手段を失った。
そう、逃げる手段を失っただけに過ぎなかったのに――――地面に落下、不動――――痙攣すらせず。
そうして消滅――――――何もなかったかのように。
昨日と同じ風景。
――――――――――――――糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞!!!
脆い、脆すぎるぞ!! 脆い脆い脆い!!!
脆弱、脆弱!! どこまでグール共は脆く、弱いのだ!!!
これでは陵辱を愉しむなどとは――――
ああ、クソクソクソ! 思い道理にいかぬことばかりだ!!
もはやグールなどでは我慢できぬ! 鬼の分際で人間に劣るなど――――どこまでも屑な連中だ。
襲いたい―――――――人間を襲いたい――――――――!
グールの殺戮など人間の半分にも満たない興奮だ。
所詮、アレらは、鬼になることの出来なかった出来損ない。
所詮、アレらは、鬼になることが出来なかった畸形。
人間だ、人間を襲いたい。もっと良いモノを喰らいたい。
人間、人間なら喰ってみたい。グールは不細工で皮膚も腐ってるから不味いに決まっている。しかし人間、人間人間人間人間人間人間、特に若くて意気の良いに人間が良い。
腐敗を知らぬ肌。畏れを理解できぬ双瞳。全盛期を誇る生殖器。色の堕落を殲亡せし若人の臓物。
肉、眼球、陰茎陰核、胃大腸小腸十二指腸肝臓膵臓脾臓肺臓腎臓乳房下垂体脊髄胆嚢子宮睾丸――――――そしてメインディッシュの心臓。
脳漿や血液を飲み物に。デザートは脳髄にしようか。
――――――――――ああ。
興奮が止まらない。全身が昂ぶる。禁欲の果ての淫乱を待ち望む雌の如く。
――――――――――しかし、まあ。
先程の怒りももっともだが、それを差し引いても殺戮は愉しい。悔恨や執念が残ってしまう、が、それでも彼らの命を奪う瞬間には愉悦を禁じ得ない。
殺せればそれで――――
我は殺したい。我は壊したい。我は喰らいたい。我は我は我は――――――――――
殺したい、戮したい、亡したい、喰らいたい。
この衝動に身を任せたい。
「くっ――――――――」
はっ――――――――――――
あはっ――――――――――――――
喰いたいから喰う。殺したいから殺す。食う喰うアアア嚼む咬む殺すコロスクウ滅す戮す亡す殺す喰う戮すクウクウクウクウクウ咬む亡す嚼む滅す食ボウボウボウボウボウう亡す亡すリクリクリク殺戮す殲亡す滅喰す殲殺センセンセンセンす亡咬す食戮す嚼喰ウウウウウウウ滅戮亡メツメエエエツ咬喰サツサツ“サツサツツツサツササツツ”ツサツサツ殺殲滅滅滅滅嬲嬲嬲嬲嬲嬲コロスコ愉ロ愉愉愉愉スコロスコロスコ愉愉愉yロスコロスコロ愉愉愉愉yス亡亡亡亡コロスコロスコロ愉愉愉愉yyスコロスコ壊壊壊壊壊ロスコロ壊壊ス――――――――――
マザリマザリマザリマザリマザリマザリマザリ。
ホッスホッスホッスホッスホッスホッスホッス。
――――――――――オット。
オット、オット、おっと。落ち着け落ち着け落ち着け。
混濁する欲望。それに気をとられすぎていたのか。
――――――――――しかし。
我はどうしてこんなにも興奮しているのだろう? 食したこともない味にこんなにも発情しているのだろう。
理由はわからない。わからぬ、が――――――きっとそれは美味なのだろう。
故に、故に故に――――――――――
この欲望のままに在ろう。
この欲望ののままに在りたい。
そうだ――――――――今日こそ人間を――――――――!
――――――――やめてください……!
またか。
――――――――やめてください、やめてください……!
またこの声か、まったく――――――
――――――――理解しろよ。
黙ってもらいたい。煩い、煩いのだよ、アナタの声は。
――――――――やめて、くだ、さ、い…………!
……ああ、喧しい。止めておいてやるよ。どうせすぐにアナタの意識は消える。浮上できなくなる。この躯は我のものになる。
煩わしいので、通信を無理やり切ってやる。
にしても、何故、理解できぬのか。
この欲動は否定できぬほどの絶大なる興奮。
故に――――忘れてしまえよ、元主殿。
ヒトであった事など、もはや意味を成さない。せめて、ヒトを襲わないようにするなど無駄だ。
元主殿がしていることなどはヒトと畸形を区別しているに過ぎん。取捨選択、アナタは見捨てているのだよグールを。
なあ――――この欲望を貪り尽くそう。
コレに果ては無く、永遠なのかもしれん。だが、悪くは無いだろう。
永遠に殺し続けよう――――――――
加速する融合。我と元主殿の融解。我の主と成る刻、元主殿の消滅の刻、それは刻一刻と迫ってきていた。