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歪む日常②

「はあはあ、はあ、はっ――――――」

 走る。ただ走る。遅刻しないためにひたすら走る。

「畜生っ。なんだって朝っぱらから走らなきゃいけねえんだよっ」

「喜助が私の部屋のベットの真下で寝てるからだよ!」

「どうだっ、驚いただろっ!」

「驚いたよ! なんだって、あんな所にいたのっ!」

「俺は考えてたんだっ。お前を驚かせることをっ。そして俺はある一つの結論に至ったのだっ」

「それが、あの場所なのっ!?」

「ああっ。効果てきめんだったなっ」

「今度そんなことしたら、起こしてあげないからねっ!」

「それはかんべんっ」

「本当にびっくりしたんだからっ!」

 そんなことをいっている間に校門に。そして予鈴のチャイムが。

「ふう。なんとか間に合ったようだ」

「喜助のせいだよっ。毎朝忙しいのはっ」

「忙しいのは、生きてるって感じがしないか?」

「変な台詞で流さないでっ」

 そして教室に着く。ほとんどの生徒が既に登校していた。

「皆、よくこんなに早く学校にこられるよなあ」

 すげえ、すげえと感嘆の声を漏らす。

「喜助だけだよっ。こんなに遅いのはっ」

「お前も同じだろ」

「喜助を起こすのに時間がかかってるだけだよっ」

 もう、と席に座る栞。

 さて、俺も授業を受ける準備でもするか。


******


 奇跡が起きた。すごい、すごいぞ。

 まさか―――――――俺が四時間ずっと寝ずに授業を受けることができたなんて。

「それが当たり前だよ……」

 心の中にまでツッコミを入れてくる栞。

 視線を巡らす。雪村は…………………あれ、いない。

「栞、雪村って今日、休みなの?」

「うん。そうらしいね」

 それは困った。フェスのことで話がしたかったのに。

………………しかたねえか。

「食堂、行って来るわ」

「うん。いってらっしゃい」

 教室を後にした。


         ******


「よっしゃー、とれたぜ」

 放課後。朱色夕日の下、俺は再び商店街に来て、ナマズを取ろうと悪戦苦闘していたのだ。

 使用金額2000円――――――俺の全財産。

 これじゃあ、10円ガムすら買えねえ……! と焦りもしたが、まあよしとする。

「よっ、終わったのか?」

「ああ」

 他のところで遊んでいた阪木と合流。

「しっかしおまえいつも黒のタンクトップだな」

 そう、この阪木という男の黒のタンクトップ姿以外を見たことが無いのだ。

「ああ、制服であり、普段着でもあるからな――――って、それより」

 俺の持っていたヌイグルミを指して一言。

「……それ、ナマズ、なのか……?」

 困惑の表情。

「ああ……」

 ナマズなんだ。七つ目があるけど。

「まじで?」

 ナマズなんだ。翼が生えてるけど。

「あいつがそう言ってたんだから、多分」

「そ、そうか。でも、お前も物好きだよな。雪村さんが物欲しそうに見てたからって取ってやろうなんてなあ」

「……あいつは俺の友達だから」

「そうなのか?  あの子、いつも独りでいるじゃないか」

「それでも、だ」

「それに、たかだか一週間前に知り合った奴に誕生日会を開いてやろうとするなんてな。ちょっとおまえ、変わってるよ」

「……そうかい」

「まあでも、あの子、お前と一緒にいるときはなんか楽しそうな気がするしな」

「そう…………見える、か」

 やっぱり昨日、あいつは確かに微笑んでいたんだよ、な。

「もうやることもねえな。よし桐島、そろそろ帰ろうぜ」

「…………そーだな」

 さっさと帰ろう。 それにしても……

 ナマズ? らしきヌイグルミを抱えている男子高校生……不気味すぎる。阪木に持たせる。

「おまえが持てよ!!」

 阪木を無視して走る。

 明日は、あいつ学校、来てるといいんだけどな。


         ******


――――――――異形在於黒闇。


 闇夜を歩く姿。いや、徘徊すると表現した方が良いか。暗夜の中、ギョロギョロと目を尖らせる一の鬼がそこに在った。

 ハアハアと息が荒い。ソレは何故苦しそうなのか。

 ハアハアと息が荒い。ソレは何を求めているのか。

 ハアハアと息が荒い。ソレは何故苦しみながらも恍惚の貌を浮かべているのか。

 その鬼と同様に、息が荒れながらも叢の中に屹立する、一見、人のようなもの。

 そう、人のように見えるようで、あれは人ではない。正確には“畸形鬼(グール)”と呼ばれる存在。

 全身は腐敗しており、鬼になれなかった出来損ない。闇の支配する“夜”にしか活動できぬ名前通りの出来損ない。

 一夜を超えることも出来ぬ弱者。


――――――――――見つけた。


 そう呟いた気がする。鋭敏な瞳で。


――――――――――殺す。


 そう呟いた気がする。享楽に満ちた貌で。


――――――――――壊す。


 そう呟いた気がする。歓楽の声で。


――――――――――刹那一念、それは一瞬の出来事だった。


 鬼は一瞬で不成鬼へと疾り、貫手で右腹部を穿つ。そして、一文字に横薙ぎで上半身と下半身を両断する。

 苦悶の声は吐かれず、ただグボ、という声が生命活動の停止を質素に示していた。


 亡骸は動かない。


――――――――――つまらない。


 亡骸は動かない。


――――――――――もっと壊させろ。


 亡骸は動かない。


――――――――――もっと殺させろ。


 亡骸は動かない。


――――――――――もっと愉しませろ。


 亡骸は動かない。


――――――――――もっともっともっともっともっともっと。


 亡骸は動かない。


――――――――――モットモットモットモットモットモット。


 亡骸は動かない。


――――――――――――糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞。


 殺された鬼は空へと帰し、消滅した。


 鬼は睥睨を止め、公園の奥へ。誰にも見られない奥へ。


――――――――――――もう少し手加減するべきだった。

 

 ギリっと歯を鳴らして後悔する。

 緩やかに嬲るべきだった、段階的に。

 我の絶対性を、凶大なる力を、誇示するべきだった。

 そして、それに気づき、逃げ惑う不成鬼を徐々に虐めれば良かった。

 叫喚を、断末魔を、もっとじっくりと愉しめば良かった。


 陵辱を、蹂辱を、穢辱を――――――――そうだこれからまた捜せば――――――――――


“――――――――そこまでだ。”


 脳髄に直接、声――――? おお“ダンナ”、あんたか。


“――――――――今日の所はそこまでにしておけ。あまり派手に動いては『奴等』に気づかれる”


…………仕方がない。明日はもっと殺らせてもらうぞ。   


“――――――――そうしろ。その娘の声が気にならねばな――――”


 その言葉を最後に通信が途切れる。さて…………


――――――やめてください……!

 声――同じ躯の主の声がする。


――――――やめてください、やめてください……!

 この体の元主の声がする。


――――――こんな、こんなひどいことは……!

 黙らしてやろう――――そう思うが、中々上手くいかない。


 無視するとしよう――――――――


 この娘の言葉は否定しかない。やめろやめろ、と喧しいったらありゃしない。

 殺戮を否定する、殺戮を否定しろと。


――――――否、断じて否。


 殺戮を否定するだと? ふざけているのか、元主殿は。

 それは――――――我を否定するに等しいのだ。

 耳障りな声だ。ああ煩い

 今日のところは眠ろう。明日に備えるために。

 明日は殺そう。もっと殺そう。一杯殺そう。

 もっともっともっともっともっともっと。

 モットモットモットモットモットモット。

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