表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/28

回る日常③

「はあ、はあ、はっ…………」

 学校に到着。

 三時四十分……ホームルームが終わって、二十分。もう、学校を出ちまってるかな。

 とりあえず、教室へ向かう。そこには――――――――

「……遅いです」

 これは少し、怒っている……ように見えるな。

 雪村が怒っているなんて、不謹慎だが新鮮だな。

「わ、悪い。後輩と遊んでたら、いつのまにかこんな時間になってて」

「六時間目さぼってそんなことしてたんですか……」

「ああ、瞬間の気分に従って行動するからな、俺は。……それじゃあ、行こうか?


「……はい」

 俺たちは教室を後にした。


******


 夕暮れ時の商店街。燈色の光が降り注ぐ賑やかな場所。そこには――――――――

「くっそー、中々取れん」

 ゲーセンのクレーンゲームで苦戦する俺がいた。

「……別に、いいですよ」

「でもさ、欲しくないのか、これ?」

 そういって、景品の一つであるナマズのヌイグルミを指さす。

「でも、もうお金ないって言ってましたし。何より、そこまでしてもらう義理は」

 お金とは俺の金のこと。なんと、ズボンの後ろのポケットに入っていたのだ…………先に気づけよ俺、とつっこみをいれたくなった。

「義理ならあるさ。焼き蕎麦ぱんのな」

 それに、何よりも、雪村がショーウィンドウ越しにじっとナマズのヌイグルミを見つめていた。あまり物欲の無さそうな雪村が、だ。珍しい。

「でも、お金はありません」

「うぐっ……」

 それをいわれると言い返すことができない。

「夕飯の準備が遅れては困りますし、急ぎましょう」

「ああ。悪いな、雪村。その……とってあげられなくて」

「……別に頼んだ覚えはありません。でも……しかったです」

「うん、何て言ったんだ?」

「……いえ、別になにも」

 すたすたと歩いていく雪村。

「おいおい、待ってくれよ」 

 早足で追いつく。そして、スーパーへと入る。


*******


「――――――――――買い物終了か」

「……はい、終了です」

 両手には買い物袋。大した量じゃないから重くは無い。

「あとは、帰るだけか」

 この荷物もち楽しかった気がする。一人で来るときとは違うしな。

 そうしてしばらく歩いていると

「おっ、かっこいい刀が」

 店頭でおもちゃの安売りが行われていた。

「おもちゃ、好きそうですね」

「いや、そんなことは無いんだがなあ」

 ていうか、俺っておもちゃ大好きっこに見えるのか。

「……この刀、鍔が無いな。柄が木」

 なんだ……これ。

「刀……お好きなんですか?」

「いや別に。ゲームや漫画で見たことがあるレベルだよ」

 意味もなく、刀を鞘から抜いたり差したりしてみる。

「よし。この刀を買ってあげよう」

「要らないです」

「暴漢に襲われたらどうするんだ」

「そんなおもちゃじゃ撃退できませんよ」

「なら、スタンガンを買ってあげよう」

「もっと要らないです」

……つれねえなあ。

……つれねえなあ。

「あれ、喜助と雪村さん?」

 声のした方向に目をやると、学園一のスケバン、壱ノ谷栞がそこに立っていた。

「変なナレーションしないのっ」

「てか、おまえ、何でこんなとこにいんの?」

「ちょっと買い物にね」

 そう嗤って、札束で俺を叩いてくる栞。

「だから、変なナレーションしないのっ。ていうか喜助、雪村さんと遊んでるの?」

「ああ、ちょっと……って、あ」

 栞は今、金を持ってる。その金を後で返すってことで借りて、雪村に何かしてやればいいんじゃないか。恩を返すのは今がチャンスかもしれない。

「ちょっと栞……」

 雪村から離れて栞と二人になる。

「どうしたの、喜助?」

「栞、金貸してくれ」

「何かあったの?」

「ああ……実はな」

 雪村から受けた恩、今の状況について説明する。

「わかったよ。はい、二万円」

「……いや、二千円だけど」

「どうっ。今の喜助っぽくなかった?」

……いや、俺はそんなつまらないギャグは言わない。

「ていうか、お前も来ねえか? 一緒に遊ぼうぜ」

「うーん。一緒に行っていいのかなあ」

「いいじゃん別に。どうせフェスで顔、合わせるだろ」

「……やっぱり止めとくよ。夕食の準備、遅れちゃいやだし」

「じゃあ、仕方ねえか」

「フェスに来るときに、いっぱいお話しするよ」

「そっか。じゃあな」

「うん、あんまり遅くなっちゃ駄目だよ」

 栞と別れ、雪村のところへ戻る。

「遊ぼうぜ、雪村」

「お断りします」

 スタスタと歩いていく。

「な、何でだよ?」

「……夕飯の準備」

「ちょっとだけだからさっ」

「お断りします」

 くっそー、どうすりゃ良いんだよ。

「めっちゃ辛いもん、おごってやっからっ」

 辛いもん? 自分でも何を口走ってるのか、わからない。

「……辛いもの……。辛いもの……ですか……!」

……もしかして辛いもの好き? 

「あ、ああ。この近くにすんげえ辛い料理屋があるんだ」

「……連れて行ってください……!!」

……………………もしかしなくても、辛いもの好きだ。

「じ、じゃあ、ついてきてくれ」

 歩く。歩く。歩く。……よし、商店街の端にある“目的地”が見えてきたぞ。

「ここだ」

 スパイシーインディアンαという看板。

「辛い料理ばっかの店なんだ」

 特に辛かったのはラーメンだった気がする。

「早く入りましょう……!」

 率先して店に入っていく雪村。

「お、おう……」

 普段の雪村とギャップがありすぎる。

「早く早く早く…………!!」

 テーブルへ猛進して行く雪村。ぎゃ、ギャップがすごい。

「で、何食う――――――――」

「このラーメンを一つお願いします」

――――――――は、はや。

「……何も食べないんですか?」

「え、えっとじゃあ、同じのもう一つっ」

「……いいんですか? これ、この店で一番辛い料理らしいですよ」

「むっ…………」

 『おまえには無理だ』と言ってんのか。

「い、いいぜ。俺は学校一辛い物好きとして君臨しているんだ」

 わけのわからないことを口走っている。でも退くわけにはいかない。

「αラーメンはナイアルネ」

「無いのかあるのか、どっちなんだっっ!!」


「アルアルネ(にやっ)」 

 αラーメン二つアルネ、と言って厨房へ戻っていく。

「ここ、本格インドの店だよな……?」

 でもだったら何でさっきの人はチャイナ服を着てたんだ? 

 αなんて、料理名につけるか?

 そして、テーブルには寿司屋においてあるガリがある。

 他にもアルコールランプとか置いてるし。

 おっと、シーサーも置いてやがる。ひぃ、あっちにはなまはげが踊ってやがるっ。

………………わけわからん。前、来たときはこんなもの無かったはずだ。

 奇を衒った店だなあ…………なんて暢気なことを考えていた。


――――――――頼んだラーメンのことなど忘れて。


   ******



「か――――――――――――っ」

 鼻腔をつく匂い。

「う――――――――――――っ」

 舌を焼き尽くす辛酸。

「お――――――――――――っ」

 喉を殲すが如きの極熱。

――――――――――――感想は一言。


「かっ、からひぃぃぃぃぃ!!!」

 辛い、辛い!! なんだこれは!! 何を食っているんだ俺は!! 何をしているんだ俺は!!

 わからない、わからない!! とりあえず、とりあえず、みず、ミズ、水、水ゥゥゥゥ!!

 無我夢中で水へ手を伸ばし、口へ水を放り込む。

「………………いいんですかって、聞きましたのに」

「ずう、はあ、はあ――――――――こ、こんなに辛いとは思ってなかったんだよっ」

 なんだよこれ。こんなの料理なんて呼べないぞ! 

 口直しに他のものを頼む金の余裕なんて無いから、これを食うしかないんだが。

 それなのに……それなのに………………

「お、おまえ、平気なのか?」

「おいしいです」

 そ、即答!! いつも、ワンテンポ遅れて返事が返ってくる雪村が!!

「お、同じの注文したんだよな?」

「はい、αラーメンです」

 し、信じられん。これが真の辛いもの好きなのか。

「雪村、一つ提案があるんだが」

「…………はい」

「これ、食ってくれないか?」

「お断りします」

………………ですよねー。

「新しく、注文するのなら構いませんが」

「そ、そんなに気に入ったのかっ?」

「はい。おいしいです」

……わからない。その感想が。このラーメンの魅力が。

 でも。でもだ。食べ続けることで魅力が理解できるのならば。そんなことがあり得るのならば。

「……前言撤回、食い尽くしてやる」

 ああ、食いつくしてやる。金を出している以上、飯を残すなんて選択肢はナンセンスにもほどがある。出されたものは食う。こんな当然のこと、俺は忘れてしまっていたのか。

 ありがとう、チャーシュウ。ありがとう、ラー油。ありがとう、メンマ。ありがとう…………全ての食材。

 その感動の中、俺はラーメンを食べ続けた。

 その結果――――――――――――

「……なんほか、食ひきっやったそ」

 暑い、体が熱い。痛い、舌が痛い。よく食いきれたもんだ。

 最後に、水で流し込む。……飯を食った後なのに、すごい重労働をした後みたいに疲れてる。

「よーし、んじゃ帰るか」

「…………お口、汚れてますよ」

「へ、ああ、これか」

 手の甲で拭く。そうすると――――――


――――――――――――ふふっ。


「え――――――――――――っ」

 笑い声が聞こえた気がする。小さな、微かな、聞き逃してしまうほどの。

 笑っ、たのか――――――――――?

「…………子供、みたいですね。駄目ですよ、服で拭いちゃ」

「あ、ああ」

 穏やかな顔をしている。いつもより、少し優しく見える顔。

 わ、笑ったのか――――――――――

 初めて見たように感じる雪村の顔。なんだかそれに俺は――――――

「って置いてくなよっ!!」

 この野郎、ちょっと見惚れてた間に店を出て行くんじゃねえ!!


            ******


しばらく歩く内に道の別れ目に着く。

「俺、今日は家に帰りたくない」

 俺の思う最高のいい声で言ってみた。ハスキーな声で。

「…………」

「帰りたくない」

「………………」

「帰りたくないんだ」

「……………………」

「………………なんかつっこんでくれよっ!」

「…………………………はあ」

 ギャグをスルーするなんてひどいぞ。

「もう一回、いくぞ。…………今日は帰りたくない」

「………………そうですか」

「イヤソレツッコミジャナーイ」

「…………………………はあ」

「もう一回な。………………今日は帰りたくないんだ」

「…………………………………………」

「いやいや、対応の仕方がわかんないからって無視するなよっ!!」

 ギャグにつっこみを入れてもらいのがこんなに悲しいなんて。

「解決策を提案するだけでいいんだ。良いな?」

「はあ………………」

「今日は家に帰りたいんだ」

「…………毎日、家には帰ってほうが良いですよ」

 あっ、今度は俺が振り間違ってんじゃねえか。でも、まあ。

「及第点かな、ぎりぎり」

「なんで、貴方が偉そうなんですか」

「ギャグの師匠だから?」

「私、貴方にそんなこと師事してるつもり、ありません」

「そう、それだ。それがつっこみというものだ」

「…………はあ…………。そうですか」

「ああ、精進を怠るなよ」

 なんだか少し、話やすくなった気がする。

 ギャグの指南をしている内に道の分かれ目に着く。

「じゃあ。私、こっちなので」

「ああ。また明日。気をつけて帰れよ」

「はい」

 そう言って、歩いていった。

…………うーん、何か面白くないな。

 そう、もう少し面白おかしく…………あ、その手があったか。よし――――――尾行しよう。そうしよう。善は急げだ。

 早歩きで雪村の一メートルほど後ろの位置へ。

 鞄から取り出し、馬ヘッド装着。時折ひひぃぃん、ひひぃぃぃん、と唸りながら、ついて行く――――が。

「え――――――――?」

 次の瞬間、馬ヘッドを外され、眼前には雪村の顔が。 何故ばれたんだ?

「何故ばれたんだ?」

 口にも出してみる。

「……ばれないと思っていたんでしょうか?」

「当然」

 じゃなきゃ変装なんてしない。

「これをあげ――――――」

 かぶせようとして無言で弾かれる。

「ひひぃぃぃん、ひひぃぃぃんと言いたくなる――――――」

 またも無言で弾かれる。

「………………」

 すたすたと歩き、公園へと歩いていった。馬ヘッドを鞄につめ、俺も公園の中へ。

「……ふーむ」

 変哲のない公園。木馬、ブランコ、鉄棒、自販機、ジャングルジム、砂場……普通の公園だな。

 雪村は――――――っとベンチか。ベンチにすわ――――。

「…………そこ、座るのは駄目です」

 隣を指して雪村はそう言った。

「……へ? なんで」

「……………………」

 沈黙する雪村。訳ぐらい説明してくれても良いじゃないか。

「まっ、別に良いけど」

 ぼーっと景色を眺める。 

「……………………」  

 夕日。水彩画のような茜色の景色が広がっている。

「…………夕日……」

 ぽつりと呟く雪村。

「なんだ、夕日がどうかしたのか?」

「……いえ。ただ、もう終わりなんだなって、そう、思っただけです」

「なんだ、終わって欲しくなかったのか?」

「……そう、なのかもしれません…………」


――――――――え?


「……な、なあ、今日は楽しかったか?」

「………………」

「はいなら右手を挙げる、いいえなら鼻でラーメンを食べる」

「…………ラーメンを食べます」

「ちょ、どんだけラーメン好きやねーん」

 思わず、関西弁でツッコンでしもたやないかーい。

「……冗談です」


――――――ま、また微笑んだ。い、今がチャンス――――


「フ、フェスのこと、考えてくれたか?」

 フェスとは雪村の誕生日フェスティバルの略称、俺主催の。

 前から何度も誘っているがいい返事はもらえてない。

「………………」

「楽しいぞ」

「………………………………」

「みんなで馬鹿みたいに食って飲んで」

「……………………………………」

「近所から苦情が来るくらいに騒ぎまくって」

「………………………………………………」

「きっと忘れられない、楽しい、時間になるはずだ」

 終わって欲しくない、と思ってしまうほどに。

「………………………………………………………………いいかも、しれませんね」

「――――――ほ、本当か!」  

 だ、だったら――――――

「まずはこの書類にサインをっっ!」

「……詐欺師ですか、あなたは」

 あ、やべっ、嬉しくてつい、ギャグを披露しちまった。つーかナイスツッコミ。

「……そろそろ、家に帰ります」

 立ち上がり、そう告げる雪村。

「おう。あっ、フェスは週末だからな」

「……はい。さようなら」

 背を向け、歩いていった。

――――――――そういえば。

「なあ、どうしてここに寄ったんだーーーーーーー!」

 少々、距離があるため、声が大きくなってしまった。

「それは、ここが――――――――だからです」

 その声は小さかったためか、途切れ途切れでしか聞こえなかった。

 そしてまた歩いていった。

「おーーーーーーーい!」

 それはただ――――

「最高のフェスにしてやっからなーーーーーーーーー!」

 ただ彼女の言葉に何故か哀しみを感じていたから。

「楽しみにしとけよーーーーーーー!」

 彼女を励まそうと無意識に発していた。

「――――――――」

 振り返った雪村の顔は驚愕で。

 でも――――――――次の瞬間には微笑みに変わっていた。

「――――――――」

 雪村が何か呟いた。

 それは小さく、さっきのものとは比べ物にならないほどに小さく、言葉一つ聞き取ることは出来なかったけど。


――――――“また明日”。


 そんな言葉が、いつもの“さようなら”とは違った言葉が、放たれた――――そんな気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ