回る日常②
「喜助、起きてっ」
誰かが、俺を揺さぶっている、俺に呼びかけている。
「喜助、起きなさいよっ」
……栞か。でも、なんでここがわかったんだ?
「喜助、起きてよっ」
……煩いので、起きてやることにする。
「あーっ、だっりぃなあー」
コタツから出て大きく伸びをする。
「だっりぃなあー、じゃないよ。早くしないと遅刻しちゃうよっ」
「うるせえー、遅刻が怖くてツッパリがやってられっか」
ソファーに寝転がる。
「わけわかんないこと言わないで起きてよっ」
再び揺さぶる栞。
「悪い、悪いな、悪いね」
三段活用で対抗。
「妙な謝り方しないでいいから、起きてよっ」
「本当に悪いーーー。俺はお前の親としての務めを果たせそうに無いーーー」
「喜助は私の弟だよっ」
諦めずに揺さぶってくる栞。
「起きて起きて起きて起きて――――――」
…………煩い。
「起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きてーーーーーっっっ!!」
「――――――煩いわっっ、ボケっっ!!」
「はあ、やっと起きた……」
疲れた、という表情の栞が眼前に。
「ぁ…………」
思わず立ち上がって吼えていたのか。
「仕方ない……」
食卓に着き、食パンと目玉焼きを食う。
そして――――――――――再び寝る。
「寝ないでよっ、喜助っ」
******
「はあ、はあ、はっ――――――――――」
走る。ただひたすらに走る。遅刻しないために必死に走る。
「クソッ、なんで朝っぱらからこんなに走らなきゃんらんのかっ」
「喜助がっ、中々起きようとしてくれないからでしょっ」
「俺は悪くない。悪いのは一時間目開始が八時半だってことだ!」
「どこの学校も一緒だよ!」
「畜生!」
会話するのにも、疲れ、無口になり、ひたすら走る。走る。走る。
走り続けて、ようやく学校の玄関に到着する。
そして同時に予鈴の音が聞こえる。
「ふう、な、なんとか間に合ったぁあ……」
「き、喜助のせいだからね……」
荒れた息をゆっくり整え、教室へ向かう。
ふと、朝に覚えた疑問を口にする。
「なあ、俺、コタツの中で隠れて寝てたのに、どうして見つけられたんだ?」
「喜助、隠れてたの……。足出てたんだけど」
アウチ! そんな初歩的なミスをしてたなんて!
「くっそー、馬鹿なミスしちまった」
「喜助らしいけどね、そういうミス。喜助、抜けてるから」
……カッチーン。
「俺が抜けてるだと、この野郎」
「うん」
臆面無く答える栞。
「……けっ。今度、ビックリさせてやるからなっ、覚悟しろよっ」
「そんなことに気合入れなくていいから授業聞こうよ……」
どかっ、と席に着き、うつ伏せになる。
考える、考える、考える――――――やっぱめんどいから寝る――――――
******
「喜助っ、起きてよ」
揺さぶられている。呼ばれている。
「喜助っ、もうお昼だよ」
そうか、もう昼になってたのか。
「ご飯、食べないのっ?」
ぎゅるるるるるる。
確かに、飯が食いたい。でもそれ以上に、それ以上に…………!!
「ぐ……お、おおおう…………」
慟哭しているんだ、俺は。
「ど、どうしたの……?」
栞の心配する声。
「うるせぇ、おまえの声なんか聞きたくねぇ…………!」
「えっ、わ、私、何かしたっ?」
「ああ、しやがった……!」
俺の、俺の…………!
「俺のギャグを馬鹿にしやがった……!」
「えっ、そうなのっ!? い、いつ!? どこで!?」
「さっき、夢の中っ!」
「そ、そんなことしてないよっ。喜助のギャグ、最高だよっ」
「嘘つけっ! だったら俺のギャグ、軽ーく100個ぐらい挙げてみろっ!」
「えっ、そ、それはっ」
狼狽する栞。ほらな、俺のギャグなんか…………!
「あっ、ていうかさっ、あ、『あれ』良いの?」
「あーん、『あれ』だあぁぁ?」
俺のギャグ以上に重要なものなんてあるってのかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
「う、うん。喜助が言ってた伝説のパンって今日、売られるんだよね?」
………………
………………………………
――――――――――――――――!!
「しまった、忘れてた!!」
「……やっぱり。忘れてると思った」
「買ってきてくれ、栞!!」
「自分で買いにいきなよ!!」
「買って来い栞!!」
「だから自分で行きなよ!!」
「畜生――――――――――――!!」
だん! と立ち上がり、即座に走り出す。
すっかり忘れてた、今日がその日だっていうことを!
今日は、伝説の日じゃねえか!!
購買は一階の東にある。走れ、俺!!
疾走、跳躍、回避、その悉くを全て正確に行う―――――――いや、行うつもりだった。
どん! と曲がり角で人とぶつかる。
相手は、青髪ショートの女生徒だった。尻餅をついてしまっているが――――――
「悪い、今日は伝説の日なんだ!」
急げ急げ急げ――――――――――――!!!
******
――――購買には一がかりが出来ていた。
大人しい生徒なら恐れてしまう程の喧騒。
一般生徒なら、何らかの策を講じる程の状況。
だが、俺は――――――――その中心を進む。
こういた状況には、何も考えずにただ猛進する。それが一番。
突撃……突撃……突撃――――――――――――って、中々前に進まん!!
が、悪態をついたところで何も変わらんのでひたすら突撃。
ほらほら、そんなことをしている内に最前列へと近づいてきたぞ。
もうすこしだ……!
よし、『おばちゃん、伝パン一つ! 』という台詞を伝えるだけだ。
喰らえ、おばちゃん!!!
――――――おばちゃん、伝パン一つ!
そう言い放った。さあ、俺にパンを寄越せ……!
「あいよ、二百円ね」
それを聞き、二百円を出そうとポケットに手を突っ込む。
――――――――――――あれ?
二百円が無い……!
他のポケットの仲も探すが、見つからない。
もしかして……教室か家に忘れたとか……?
ばかな、そんな馬鹿な! 俺がそんな初歩的なミスをするなんて!
しかし、見つからないのが現状。
おばちゃんは、そのことを察したのか俺を無視して、パンを売るのを再開する。
「ひゃっはー、邪魔だ邪魔だ!」
他の生徒たちに吹き飛ばされ、人混みの外へ。
「俺のSPAS-12(なおみ)が火を噴くぜ!」
「P90(じゅんこ)も敗けねえぜ!」
「AK-47(ともえ)でぶっとばしてやる!」
「ああもう、めんどくせえ! 鋸で殲滅してやるぜぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「「「「それだけは勘弁!!!」」」」
………………相変わらず物騒な連中だなあ。
って、そんなことよりも、くそ。
俺が……こんな……。
「おっ。桐島、どうだった?」
茫然自失としていた俺に、阪木が声をかける。
「……ああ、ゲットしたぜ」
きめ顔でそう告げる。
「変な見栄張んなよ! なんも持ってねえじゃん!」
「うるせえ、馬鹿には見えないんだい」
「……そんなこと、言って良いのかな、桐島?」
……何故か、勝ち誇った顔をしている阪木。
「お前、財布忘れたろ?」
「……! なぜそれを!?」
「おまえのことだ。最前列にまで行くだけ行けたんだろう。しかし、買えなかった。だったら、財布を忘れたぐらいしかないだろ?」
コイツ……華麗に推理を披露しやがる…………!!
「お前……中々切れるな……!」
「へへ。そうか、そうだろ」
でへでへ、とにやけだす顔。
「そんなお前に、俺は飯を奢ってやろうと思う」
………………!!!
「今日だけはついていくぜ……阪木」
「いや。そこは、一生って言っとけよ」
******
食堂のほうはあまり混んでいない。生徒の大半が『パン』の方へと向かったからだろう。
とりあえず、牛丼大盛りと肉皿を注文する。阪木は、カレー蕎麦を注文する。
「お前……ほんとに肉好きだよな」
「当然――――――ああ、新しく出来た店の肉パフェが食いてぇなあ…………」
俺の肉嗜好家ぶりを話しながら、席を探す。窓側の席は……と、あった。
「いただきまーす、と」
牛丼を食い始めようとした瞬間――――前の席の奴に睨まれてるのに気がついた。
「――――――――」
青髪ショートの女の子が俺を睨んでいる。
そして、青いリボン……たしか、一年生。
「――――――――」
俺、何かしたっけ?
「――――――――」
うーむ。駄目だ、思い出せん。
「――――――――」
つーか、一方的に睨まれるなんてのは不公平じゃないだろうか。よし、俺も相手を睨みつけてやることにするか。
「――――――――」
「――――――――」
「――――――――――――――――」
「――――――――――――――――なんで貴方が睨むんですか?
先に口を開いたのは相手のほうだった。
「だって、君が俺を何故か睨んでるからさ。俺も睨み返したほうが良いのかな、と。君にとっての一種のコミュニケーションじゃないの、これ?」
「そんなわけ、ないじゃないですか!!」
ダン! と席を立ち、俺を再び睨みつける。
「だったら何で睨んでるの? 俺、睨まれる様なこと、君にしたっけ?」
「したっけ……!?」
ふつふつと怒りを溜めていくような様子。
「あなたは、廊下でぶつかった相手に謝罪もせずに走っていくんですからね! 私のことなんか憶えてないかもしれませんね!!」
廊下で………………あっ。
「俺の半身を吹き飛ばしてしまうほどの迅さで突撃してきた子か」
「突撃してきたのはあなたの方でしょうが!!!」
そうか、そうか、あの時の子か。でも……
「謝罪はしたはずだぞ。悪いって」
「さっきまでそのことを忘れていた人がそれを言いますかね……!?」
むう。中々、静まってくれないなあ。
「…………君ら知り合いなの? ていうか、完全に俺、空気なんですけど……」
さっきまで黙っていた阪木が尋ねる。
「どうした空木、黙っていられなくなったのか?
「さらっと、俺の名前と空気を混ぜるな!!
いいツッコミだ。さすがは俺の心友。
「ああ。知り合いっつーか、もうゴールインしちまった感じだ」
「してません、そんなこと!!」
「おお、いいツッコミだ。お前、俺の心友になれるぞ」
「なりたくありません!!」
「お金、あげてもか?」
「なるわけないです、あなたなんかと!!」
「やっぱり、なれよ。良いツッコミもってんじゃん」
「私の言うこと聞いてください!!」
ぜえぜえ、と呼吸が乱れている少女。
「で、実際のところ、どうなんだ?」
空木が再度、尋ねてくる。
「いや、もうそのネタいいから!!」
俺の心にまで突っ込むとはさすがだな。
「実際は、ただ廊下の曲がり角でぶつかっただけ」
「なんだよ……つまらねえ」
「……なんか、面白いこと言ってやってくれ、後輩」
「無茶振りしないでください」
「つれねえなあ」
「私は、あなたが嫌いですから」
「うん、大好きって?」
「大嫌いです!!」
怒鳴るなよ、そんなに、うるせえなあ。
「………………」
「………………………………」
静かに食事をとる。
「……なあ後輩、面白いギャグ、披露してくれない?」
「嫌です」
「そんなこと言わずにさあ。そうだ。俺の誕生日、教えるからさ」
「そんなもの教えてもらって、どうしろって言うんですか?」
「うーん、焼肉にでも連れて行ってくれ」
「………………………………」
おい、こら。てめえから振っといて無視するな。
「無視するな無視するな無視するな無視するな無視するな無視するな――――――――」
「うるさいですっ!」
「わはははははははははははは!!」
「どこに笑うところがあったんですか!?
いやー、面白い奴、見つけちまったなあ。
「少しお礼がしたい。よし、俺たちの鉄の胃を見せてやろう。わさび、ケチャップ、タバスコ、ごまだれ、ウスターソース、ポン酢、七味、カレーパウダー……なんでも来いよ」
「何を言って……」
「まあまあ気にするな、夏美」
「私の名前は夏美じゃありません!!」
「うるせえなあ、おい」
「あ、な、た、がそうさせてるんでしょうが………………!!」
おお恐い恐い。
「まっ、楽しませてくれたお礼に、な」
「…………ふーん。なんでも良いんですね。わかりました。じゃあ、トイレにでも行ってて下さい」
承諾してくれたようだ。
「んじゃ、行くぞ。阪木」
「お、おう」
席を立ち、トイレに向かって歩き出す。
「おい、桐島。大丈夫なのかよ?」
不安げに訊いてくる阪木。
「だいじょぶ、、だいじょぶ。まあ、俺の作戦を聞け」
「作戦……?」
「ああ。彼女は俺たちに蓄積された怒りをぶつけてくるはずだ」
「蓄積させたのは、おまえだけだろーが」
「さっき、提案したもの全てを混ぜてくるかもしれない。でも、大丈夫だ。俺の牛丼への愛は並大抵のものじゃないからな」
阪木の言葉を無視して、話を進める。
「なるほど。それで、彼女に参ったと言わせるわけか」
「おう、完璧だろ」
「おう、完璧だな」
二人で笑いあう。俺の作戦に狂いは無い。
「もう、良い頃合だろ」
再び、食堂の俺たちの席へ向かう。
――――――――そこには、俺たちの飯が存在していなかった。
「な、――――――――――――」
そんな間抜けた声を漏らすしかなくて。
「俺たちの飯がねえじゃねえかよ!!」
「そ、そんな馬鹿な……」
困惑。何故、どうして。なんで俺たちの飯が無くなってるんだ。不可解だ。
全方位に目を奔らせていると、テーブルにある一つの紙切れに気づく。
『食器は、もう片付けて置きましたよ』
質素な一言。
「「お、俺たち……まんまとやられたんじゃ……!?」」
俺たちは……ただ、崩れ落ちることしかできなかった。
******
五時間目の授業が始まる。どこか、落ち着かない……いや、
ぎゅるるるるるるるる。
まじで……腹減った。あの後、まともに飯を食う時間も無くて、教室に帰ってきたからな。
……これは寝て過ごすしか無い。まじでやばい。
俺は、即座に眠り始めた。
******
五時間目終了のチャイムが聞こえる。よし、パンでも買ってくるか。
倦怠感にさいまれながらも、空腹を満たすために体を動かす。
ドアを通り抜けようとした瞬間……俺は、あることを思い出した。
やべえ……俺、財布、家に忘れてたんだった……!!
頭を抱える俺。これは、栞に金を借りるしか無いのだが……。
『喜助らしいけどね、そういうミス。喜助、抜けてるから』
頭の中で木霊する。
『喜助、抜けてるから』
残響すらも、俺を苦しめる。
「うう……」
今、借りたら、絶対にこの言葉が来るんだろうな。クソ、絶対に借りるもんか!
でも、どうすれば……!?
「あの……」
阪木はもう、金貸してくれないだろうな。
「聞こえてますか……?」
白瀬に借りに行くのは……?
「…………………………」
「え――――――――おおう!!!」
煩悶としている俺の前に、突如、焼き蕎麦パンが現れた!!
開封し、中身を一気に口の中に入れる。ああ……なんて、美味いんだ……!!
空腹は最大のスパイスとはまさに正鵠を射ている発言だなっ!
そんなことに感動しているうちに、ふと一つの疑問が……。
何故、突然、焼き蕎麦パンが現れたんだ。
………………まあ、普段の善行が幸運を呼んだんだろう。そうに違いない。
「お金……」
「え、……?」
その呟きに目を向けると、そこには雪村がいた。
「金って……さっきの焼き蕎麦パンって雪村のだったのか……?」
「はい」
そうか。雪村だったのか……俺の命を救ってくれたのは。
「ありがとう雪村。支払いは俺の第二ボタンで良いか?」
「良いわけないです」
「でも俺、今日、財布家に置いてきちまったんだよ」
「……抜けてますね」
ぐはっ。言ってほしくないことを……
「金は後日にしてくれないか。俺にできることなら何でもするからさ?」
「……返していただけるのなら構いません」
「そんなこと言わずにさあ。俺、感謝してるんだよ」
「結構です」
「頼む」
「要りません」
「後生だから」
「要らないです」
「プリーズ!」
「……」
「………………」
「………………………………わかりました。なら、荷物持ちをしてください」
「荷物持ち? どこかにでも寄って帰るのか?」
「はい。スーパーへ夕飯の材料を」
「へーっ、自分で夕飯――――」
キーンコーンカンコーン。チャイムの鳴る音。
「っと、じゃあ、また後でな」
そう言って、自分の席に戻る。
席に座り、窓越しに校門へと目を向けると、そこには昼間の青髪少女が……!
「おい、阪木、校門」
「うん……? あっ、昼間の食器女!! なんで、あんなところに?」
「わからん。一年は五時限終わりかもしれん」
だが、それ以上に重要なのは――――――
「仕返し、しようぜ」
「えっ、あの子にか! でも、教師にチクられたら、どうすんだよ?」
「そんなこと恐れるな。俺たちは何年、突っ張ってると思ってんだよ?」
「いや。別に突っ張ってる覚えは無いんだけど……」
「いいのかよ、なめられたままで。女がすたれちまうぞ!!」
「いや俺、男なんだけど……」
「やんなきゃ、人間性がすたれちまうぞっっ!!」
「あ、ああ、わかった。やるよっ」
「よーし。なら、さっそく行動だ」
「お、おう!」
今は六時間目前の休み時間。六時間目の授業はサボるか。
終わった後に、学校に戻ってきて、雪村との約束を果たせば良いや。
俺たちは外へ駆け出した――――――――
******
夕日に照らされた小径を歩く青髪。それを後ろかストーキングする俺たち。
時折、こちらをちらちらと向く少女。おそらくは、俺たちの尾行に気づいているのだろう。
「な、なあ。多分、ばれてるよな?」
情けない声を漏らす阪木。
「ああ。それが何か問題か?」
「いや、普通、追跡っつーもんは隠密行動じゃないのか?」
「馬鹿だなお前。隠密じゃ、相手は気づかないだろ」
「……気づかせることに何か意図があるのか?」
「勿論だ。追跡で相手に不快感を与える…………わざと相手に気づかせるということだ」
「わざと……?」
「ああ。馬ヘッドの二人組みが後ろからついてきているとわかったら『恐いいいいいいいいいい!!!』ってなるだろう?」
俺たちは今、馬ヘッドを着け、件の食器女を追跡しているのだ。
「……ああ、成る程な。お前頭良いな!!」
「だろう。そして、この追跡に観念した時、あいつの財布がスッカラカンになるまで、チ牛丼を奢らせるということだ」
プラス肉皿、卵、サラダ、唐揚げ。よし、チーズもつけてやる!
「おおう。これで、昼間の分も帳消しになるってわけか」
「そうだ。これで、俺の牛丼も救われるってわけだ」
哀れ、完食もされずに片付けられた牛丼。おまえの仇はとってやるからな……!
「……あれ。いなくなった」
阪木が素っ頓狂な声をあげる。
「ほんとだ。どこにいきやがったんだ?
視線を巡らすが、姿が見えない。
いったいどこへ……、そう困惑していたところに。
「ああんんんっっっっっ!!!」
柄の悪い、野太い声が聞こえてきた。
「ふ、不良……!?」
その他には、女の声が聞こえる。からまれてるようだ。
「……ちょっと、様子見に行くか」
「お、おう」
声のする方向に俺たちは近づく。
そこには、二人のリーゼントとアフロがいた。そして、白瀬未央。
白瀬未央――――――茶髪で小柄な俺の後輩。
「おい阪木、知り合いが絡まれてる、ちょいと気を引いてくれ」
「あ、そうなの。…………しゃーねえな」
不良たちの前に出て行く阪木。
「おい、放してやれよその娘」
こもった聞き取りにくい声。まあ馬ヘッド着けてるんだから当然なんだが。
「な、なんだこのやろうはッッ!?」
「なにって、馬阪木だよ」
「う、うまさかきッッ!?」
「そうだ。この馬阪木が放してやれって言ってんだ。……もう一度言う、放してやれ――――――」
一泊おいて、息を吸い込んで
「ひひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんんんんん!!!」
吼えた。阪木が吼えた。
「な、なんだこいつは!? や、ややややっちまうぞッッ」
「なんでびびらひひぃぃぃぃぃぃぃぃん!? ひひぃぃぃん!? ひひぃぃぃぃんん!? ひひぃぃぃぃぃぃぃん!?」
阪木遁走――――――二人組追走。
鞄に馬ヘッドを突っ込む。よし、そんじゃあ、白瀬の横に回りこんで――――――
「おい白瀬、行くぞ」
「え――――――――――?」
「ひひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんんんんんんんんん!!!」
耳元で吼えてやった。馬桐島のヴォイスを轟かせてやった。
「うっ、ううううううううう……」
耳元を押さえ、うずくまる白瀬。
「な、なんてことするんですかぁ……。鼓膜がやぶけちゃうかと思いましたよぉ……」
次いで俺を糺す白瀬。
「おまえが不良に絡まれてた罰。助けてやったんだから文句言うな」
「そ、それでも、み、耳がきーんってなって、きーんてなって、きーんてなっちゃいましたよぉ……」
なるほど、耳がきーんとなったのはわかった。
「絡まれた理由はなんだ?」
「私はただ、あの人たちに『時代を先取りしてますねっ』て一言挨拶しただけですよ」
アフロ、リーゼントを先取り!? 絶滅危惧種の現代からの復活が来るというのかこの女は!?
……読めない。この女は読めない。俺のギャグを超越している。いや、ギャグのつもりで言ってないのが尚更すごい。
「ていうか、お前、あんなところで一人、何やってたの?」
感嘆させられるのはいつものこと。気にせず進める。……気にしてなんか無いからな。
「ちょっと、友達を追いかけてて」
「ふーん……」
――――――――未央?
声がした。その方向を向くと。
「しょ、食器女…………!!」
「誰が食器女ですかっ!!」
「食器魔人がどうしてここに……!?」
「…………。未央、捜したんだよ」
無視かよ、この野郎。
「ごめんごめん。ちょっとアフロなリーゼントさんたちにからまれちゃって」
「アフロなリーゼントさんたち……? えと、何もされなかった? 大丈夫?」
「うん、喜助さんが助けてくれたから」
俺を指差しながら返す白瀬。
「え、この非常識人が…………!?」
…………おい、こら。
「うん。喜助さんは非常識で馬さんみたいに吼える時があるけど、優しいんだよ、文」
「う、うま……? そういえばさっき、馬の被り物をつけた人が走っていったのを見たけど」
「まあそれは、この地域に潜伏する馬人間の一人だと認識してくれ」
訝しげな視線を俺に向けてくる青髪。……可哀相なやつめ、馬ギャグの良さがわからんとは。
「白瀬。こいつ、文って言うのか?」
「はい。中津文ちゃんです」
中津文というのか、ならば……
「よろしく、文ちゃん」
「誰が、文ちゃんですか!!」
「いや、君の事だけど」
「そんなことを言っているわけじゃありません!!」
「落ち着け文ちゃん。牛乳でも飲むか?」
「そうだよ、文。牛乳、飲む?」
「いりませんそんなもの!」
「文。牛乳、嫌いなの?」
「嫌いだよっ!」
「……そうなんだ。文、牛乳嫌いなんだ」
白瀬が落ち込んでいる。そういえばこいつは牛乳オタクだったな。
「べ、別に嫌いじゃないんだよ。さ、さっきのは言葉のあやで」
「あやだけにってか、文ちゃん。つまんないな」
「うるさいですね、あなたは、いつまで文ってよんでるんですか!」
「そうカリカリするな文ちゃん。牛乳、飲むか?」
「文。牛乳、飲む?」
「会話がループしてるじゃないですか! 少し黙ってくださいよ!!」
ぜえぜえ、と疲れた様子の文ちゃん。
「……心の中で文って呼んだりしてませんよね」
ぎろりと睨む文ちゃん。
「絶対、文って呼んでますよね」
その睨みをより強くする文ちゃん。
「んーなんか疲れたから、もう帰るわ」
「疲れたのはこっちの方です……」
「じゃあな。白瀬、中津文ちゃん」
「中津だけで十分です!」
「さようなら、喜助さん」
そして、別れる。
「――――――えっと、それでね――――――――」
………………声がする方向へちょっと振り返ってみる。
話をしている二人。そして、何か面白いことでもあったのか、笑い合う二人。
いや、面白いことがあった、そんなんじゃないんだろう。
なんだかそれは話をするだけで楽しいという幸福の響きがあるように感じる。
……友達って感じだ。仲、よっぽど良いんだな。まったく、俺にもあれぐらいの笑顔をくれてもいいんじゃねえの。
まっ、面白い奴だから、又、ちょっかいかけてやる。
さーて、次はどうすっかな…………
今日は、もう家に帰っちまおうかな。今から学校に帰っても用事は無いし、授業は終わってるだろうし。
時計を見ると、針は三時を示していた。
もうちょっとで、下校時間。学生たちが寄り道をする時間帯がやってくる。
ん……寄り道……、何か忘れてるような。
――――――――なら、荷物もちをしてください。
あ――――――――――忘れてた!
今から、学校へ全速力で向かったら三時半ごろか、ちんたらしてられねえ!
全速力で学校へ向けて走り始めた。