桐島喜助 対 ウーヌス
「は、あ――――――!」
先手必勝――――彼我の距離約十メートルを疾走する。
「ふん――――――」
鼻を鳴らし、悠然と待ち構えるのはウーヌス。
「お、ら――――――!」
射程範囲に肉薄――――――放て、その戟を。
ウーヌスの鳩尾に拳を叩き込む――――
「遅い――――――」
不届――――ウーヌスの右手によって掴まれた。
「はっ――――!」
構うものか――――――次いでウーヌスの下顎骨にアッパーを放つ。
「遅いぞ――」
頭を僅かに反らし、回避される。
「――――――」
転じて左側頭部への裏拳、心臓への貫手、横薙ぎ――――
攻撃に次ぐ攻撃、間断も仮借も存在しない閃撃。斃すつもりで放った連撃。
「――遅いぞ全く」
――――――が、その悉くをいとも容易く防ぐウーヌス。
「威勢だけか、小僧――――――」
その嘲りを契機に
「――――――づっっ、――がっっ!!」
掴まれていた右拳を握りつぶされ瞼を一瞬閉じたその刹那に、鳩尾に迅にして重い蹴突が無造作に叩き込まれた。
「ごっ、ふ――――――」
地面を滑り、止まったところで血塊を吐き出し、呼吸を整えようとする。
――――――く、そ、何が咒術師だ。
俺の攻撃の悉くを容易に処理――――時に掴み、時に回避し、時に防御した。
右拳を握り潰した破壊力と格闘術とは似ても似つかは無い、素人丸出しの蹴突にも関わらず、その一撃は迅く、重い。
更に、咒術においても二手三手上だというのだから――――全く、反則じみてる。
「――――――弱い」
落胆の響き――――ウーヌスの声が届く。
「が、これだけでは面白くはない――機会をくれてやる。まずは、お前の相手は“私の隷”にしよう」
そう言い放ち、奴は右腕を前方に伸ばした。
「出て来い、“セルウィー”――――――」
一言、そう漏らし、奴の手の前方に黒い人型が現れた。
「これは“魔隷”といってな、創造物――――機能する使役物の一種だ」
人型――――身長は190センチほど。茶色いコートに黒色のズボン。
「破壊のエスを組み込み、これを造った」
夜の闇に溶け込む黒い貌に血を連想させる赤い瞳。
「これを前にその威勢――――――いつまで続くか、愉しみだ」
その呟きを契機にセルウィーは俺を視る。
――――来る――――――!
「――――――おおっっ!」
彼我の距離約十五メートルを一瞬で疾駆してから、放たれる石火の拳を無我夢中で頭を振ってなんとか回避する。
「こん、の――――――!」
鳩尾への拳で反撃――――――
「――――――」
――――ならず。俺の拳は奴の手によって握り、止められていた。
「またそれか、よ――――――!」
狙うは受け止めた手首の斬断――――手刀を奔らせる。
放しやがれ――――――!
「――――――」
だが、手首へ届いた感触は無かった。
「ずっっ――――――!」
代わりに鋭い痛み。血の迸る感覚。失敗したと否応無く感じさせる悪寒。
やられた――――――奴は俺の手刀へ手刀を奔らせ、斬断したのだ。
信じられない――――視認からの反応、判断が恐怖してしまうほどにに迅い。
「――――――」
無機質な目で俺を捉え、
「があっっ――――――!」
鳩尾への膝突。
「ぐあっっ――――!!」
どん、と腹部に強い衝撃。
ふ、ゆう――――――?
そんなことを思った後にどんと背中に衝撃。
浮遊、衝撃――――――もしかして。
ああ――――――俺は殴り飛ばされたのか、奴の拳によって。
理解した――――今の状況。奴の強さ。
拳突――――――たかが一つの拳。されど一つの拳。
その拳、さっきの俺では防御はおろか視認すら不可能だったのだ。剛にして迅――――それが似合う。威力、速度――――――申し分無い。俺のものよりずっと上だ。
――――――そう、さっきの俺よりは。
「敗ける、か……!」
何度も抱く不屈をここに。
「敗けてたまる、か……!」
破損箇所再生――――そして肉体強化。
まだまだこんなものじゃ無い、俺の力は、俺の限界は。
中津が言っていたイメージを思い出す。
――――限界の境界線。
そう、俺はそれを目指す。その境地を。
「はっ、あ――――――!」
イメージ。強化のイメージ。戟化のイメージ。
戦え――――さっきの力等、限界には程遠い。
戦え――――その為の躯だ、その為の桐島喜助だ。
迅く、迅く、迅く――――石火、閃電。
剛く、剛く、剛く――――破砕、潰絶。
そして次の瞬間――――。
――――――越、越、越――――戟化完了。
「――成った――――!」
迅く、なったと。
剛く、なったと。
感じさせる――覚えさせる――戦える―――!!
――行くぞ――――――!!!
「はっ――――!」
肉薄は刹那――――いける。
「おらっ――――!」
拳は弾指――――相手の咄嗟の回避で、鳩尾への拳は逸れ、肋を砕いた音が届く。
「つぎ――――!」
間髪入れずに下顎へのアッパー。
「――――――」
結果、脳を揺らすことに成功し
「終わり、だ――――!」
視線が定まらない間隙に、狙うは鳩尾。
水月、心窩――――胸の正鵠――――!!!
今までの一撃では最高にして最速と自負出来るほどの戟を放った。
届いた――――殴り飛ばした感触は確かにこの拳に。
「やった、か――――――」
さっきの俺のように浮遊し、落下。
どんと地面と衝突した音――――そしてむくりと立ち上がる音。
「足りねえ、か……」
頭部――――頭を狙わないと駄目か。
バイラヴァの時のような意識を奪うほどの一撃――――今、それが求められている。
「弱い、な――――――」
突如生じたウーヌスの呟き。
「弱い――――――?」
今の俺は弱いと、お前の眼には映るのか。
「無論だ。この程度のセルウィーを一度制したことがそんなにも嬉しいのか。脆弱――――素のお前ではやはりそれが限界か」
…………なんだ、こいつ。
「では、アレに咒力供給を、戟化を行おう。今度は――――敗けるかもしれんぞ」
にやり、と貌を歪める。
――――――腹が立つ。
俺は準備が出来た――お前を斃すための。
俺はお前を斃しにきたんだ――――セルウィーなんて眼中には無い。
だから早く――――
「斃してやるさ――――――」
セルウィーがこちらを視る。
「行くぞ――――!」
ウーヌス――――!
その目的を胸に、疾――――――れなかった。
――――――グチャリ。
胸に大きな孔。
孔には腕がささってる。
「ぁ…………」
ひゅーひゅーと風が通り抜ける。
「ご…………」
貫通しているからなのだろうか。
「ほ…………」
血塊が吐き出されても、口から血が止まらない。
「ぇ…………」
孔からも。止まらない。
そして何よりも――――――――痛い。
胸の中心が。
――――痛い痛い。
胸の正鵠が。
――――痛い痛い痛い。
胸の核が。
――――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――――――!!!
「あ、あああああああっっっ――――!」
破損箇所、再、生――――――出血を急いで止める。
衝撃、衝撃――――――何よりも衝撃だったのはこのこと。
――――――今の俺でも視認できないほどに迅かったということ。
何よりもそれがショックだった。
「く、そ……」
敵わない、俺は敵わない。
「くそ、くそ……」
きっと力も。
「くそ、くそ、くそ……」
それが意味するのは――――
「くそ、くそ、くそ――――――!」
俺の敗北。絶対的な敗北。それを意味していた。
「やれ――――――」
ウーヌスの愉悦に満ちた声。
「あ――――――」
殺られる、殺られる、殺られる。
さっきのはきっと再駆動を許可した声。
ならば――――――
――――――ぐちゃり。
咽を潰された。頭が胴と離れる。
「――――――」
そのまま地面に失墜――――――させてくれないようだ。
頭蓋を掴まれている――――まるで脳が握られてるような感覚。
きりきりと頭 蓋が軋 むお、と。
「――――――」
頭、脳、脳が脳が脳が潰れつぶれ、つぶ、れ、つぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれ――――。
きっと次の瞬間には脳はつぶれ、――――――――――――
******
ぐちゃり――――――脳の爆ぜた音。
鮮血が飛び散る、紅が舞う――――さながら石榴の紅。
「――――――」
セルウィー、何も語らず。
そもそも破壊のエスだけを与えられただけの存在。
そしてその破壊の対象は桐島喜助のみという制限が付いている。
傀儡――――桐島喜助を駆逐する為だけのもので、それ以外の余分は存在しない。
バイラヴァのように破壊のエス以外にも知識を与えられ、雪村衣鈴という人間を観察し、知識と照らし合わせ、嗤うという感情表現を学んだものでは無いのだ。
故に語らず。
「――――終焉」
ウーヌス、ぽそりと呟く。
「いや――――――ここからが始まり」
真の始まり。彼の欲する“力”はこれからなのだ。
「さあ――――」
桐島喜助は復元される――――元の肉体を捨てて、新たな肉体が創造される。
「――――――始めようか」
今こそ覚醒――――その“力”を見せろ。




