決戦前②
カチ、カチ、カチ。
時計の針の音――――――時計へ目をやると。
「……十一時」
時間的には余裕。
「……よし」
ベッドから立ち上がり、ドアを開け、階段を下り、リビングに顔を出す。
「ちょいと出かけてくるわ」
栞へ一言、声をかける。
「えっ、今から? もう遅いよ」
心配してくる声……相変わらずだな。
「悪い、今からじゃねぇと駄目なんだ」
「そう、なの……うん」
「何かあんのか?」
「――――――ねえ、喜助はちゃんと還ってくるよねっ。行ったっきりになんてならないよ、ね……?」
どこか焦燥感が見える顔。
「……どうした、急に?」
「……なんとなく。ただ、喜助の顔を見たら言いたくなったの」
私もわかんないんだけど、と続ける。
「……帰って来ないって言ったら?」
思わず不安を吐いてしまった。
「そんなの――――――悲しいに決まってるよ」
嘘偽り無き、真偽を疑うことなど不要、と感じさせる炳焉とした響き。
「私、そんなことがあったら、きっと泣いちゃうよ…………!」
うる、うる、と潤み始める瞳。――――――――って、うる、うる?
「ぅ……ぐ、ずっ、ぅ、すぅ、ぐすっ………………!」
な、泣いてんじゃねぇか――――――!
「泣くな泣くな泣くな――――――還って来ないなんてうそうそうそ! うそ、うそだから! だから真に受けんなっ!」
「うっ、ほんとに……?」
ゆっくりと覗いてくるような瞳はまるで幼い子供のよう。
「ほんとーだっ!」
冗談を挟み込めねぇ状況! なんて状況だ!
「だから早く泣き止めっ」
精神に悪いっ。非常に悪いっ。
******
「ぅ、うう…………ごめんね、急に泣き出しちゃって」
顔を赤くしながら謝ってくる栞。
「…………全く」
まあ、でも、俺も無神経だったかもしれない。
栞も俺と同じ。俺と同じで親を亡くしている。
その時の悲しみが再び――――そう思ったら、泣かずにはいられなかったのかもしれない。
でも、それは愛情の表れなんだよ、な。
好きな人に、大切な人に、もう、会えなくなってしまう。
――――――悲しい。
死は悲しい。死は別れだ。
生者は現在を生きていくのに、死者は過去に留まるしかない。
――――――悲しい。
そこに交差は無く、生者はただ歩くていくしかできない。
死者をどれだけ思おうとも帰って来ない。
嘆こうとも、否定しても。
そう、だからこそ、彼女はこう考えたんだろう。
――――――出会わなければ良い。
そうすれば、悲しみを味わわなくても良い、と。
失わない、落とさない、私は悲しまなくて済む、と。
…………確かに、それは正しいのかもしれない――――――防衛手段としては。
そう、それは防衛手段として優れているだけで、楽しくはないんだ。
そう、それを知ったから俺は――――
「喜助……?」
「――――――っと、どうした?」
ちょいとばかり、感傷に浸ってたか。
栞が俺の顔を覗き込んでいた。
「その私のせいで遅らせちゃってたんだから言いにくいんだけど、そろそろ行かなくて良いの?」
――――――あ。
「今は……って、十一時半、か」
今からなら歩いて向かってもぎりぎり間に合う。
「んじゃ、そろそろ行くわ」
そう言って、リビングを抜け、玄関へ――――って。
「なんでついてきてんだよ?」
「そんなの、見送りに決まってるよ」
当然、といった表情の栞。
…………全く。
靴を履き、ドアを開く。
「喜助――――――行ってらっしぃ」
「ああ――――――行ってくる」
そして還ってくる――――この日常に。
そして雪村を助けてみせる。俺は――――俺もこの日常に還ってきてみせる――――




