一時の休息③
「落ち着いたか、中津」
「そ、それは、私の、台詞、ですっ」
突っ込み疲れたぞと、息を荒げる中津。
「っと、色々話訊きに来たんだった。こんな馬鹿なことしてる場合じゃねえぞ」
「……………………さて、何をお訊きしたいんでしょうか?」
にこにこと微笑みながら無視しやがった。
「……まずは――――えーっと、何を訊こうとしてたんだっけ?」
「私に訊かないでください……。とりあえず私が持ち得る情報を全てお話しましょう」
「ああ。よろしく頼む――――――いややっぱ俺が訊く」
「どっちなんですかっ!」
「というのは冗談で、やっぱおまえに任せる」
「……怒りますよ全く。では“咒鬼”について。“咒鬼”は簡単に言えば、咒力を用いて咒術を行使する存在、です」
「咒力?」
「はい、魂から生み出されるマナのことです。咒力の量は個体差があり、まあこれは、個人の咒術の限界があることと同じですね」
「咒術の限界……ところでそれは変動したりするものなのか?」
「変動、ですか。まあ、それもあり得ることですよ。限界へ挑むということは精神の状態が大きく関わってきますから。焦っている時は限界の半分程度の力しか発揮できないことが多いですし、逆に落ち着いている時はきちんと力を放出できますし」
「……なるほど」
「その一段階上、限界の境界線を疾る、というものもありますがね」
「境界線……」
「はい。一髪千鈞を引くというのが良い例えですね。精神の磨耗を恐れず、一針の集中力で力を引き出す――――――その時、自身の限界に迫ることが出来るのではないでしょうか」
……バイラヴァを倒した力はこれだったのかもしれないって訳か、なるほど。
「ふ~ん。じゃあ、次行ってみよ~う」
「自分から訊いておいて……」
頬を膨らませる中津。だが、俺は止めないぞ。
「次行ってみよ~う」
「はいはいわかりましたよ。ええと、次に今日、先輩が戦うことになる男――――ウーヌスについてお話します」
ああ、あいつのことか、って――――
「あいつのことで何か知ってんのか!?」
「はい。その、雪村さんのことで情報を受けたのもあの人からです。私は元々、とある機関に属していました。その情報をどこかで掴んだのか、ウーヌスは私に接触し、雪村さんについての情報を伝えました。……ごめんなさい」
悄然とする中津。
「……いいよ、気にすんな。そんなことよりもあいつについて、知ってること全部、教えてくれ」
少しでも情報が欲しい。
「はい。ウーヌスは端的に言えば、化け物、です」
「化け物……?」
それはどういう……
「化外王権という組織はご存知ですか?」
「ごぐまごぐ……? 何だそれ?」
「化外王権――――――それは二十一の王から成ると聞きます。第零位から第二十位までの王から」
「王…………なんだか強そうだな」
「ええ、強いです。……いや、強いなんて言葉も生温いのかもしれません」
最強にして最凶。一人一人が一騎当千。鎧袖一触、怪力乱神、百戦錬磨、活殺自在――――――――化け物、“王”、なのだと。
「アレはその王権の一柱――――第一位であるが故にウーヌスなのでしょう」
「…………ウーヌスってどこかの言語の数字だったりするのか?」
「はい。一はラテン語でウーヌスだったと思います。おそらくは――――――咒術師の名を冠する“咒王”」
「じゅじゅつし、せふぃろと…………なんか複雑だな」
「別に複雑じゃありませんよ。アレが咒術師だということは咒術に長けているだけ、ですから。まあそれが…………アレを王たらしめているのですが」
「……咒術に長けてるって?」
「言葉通りです。ええと、咒術には種類があります。昨日、私たちが使ったような肉体の硬質化――――ああ、これは武器などにも咒力を送り込んで発動させることも可能です。器用な人ならば、反射神経の向上――――眼の強化も出来ます、昨日の私のように。これを戟化咒術といいます」
ああ、あれか。
「他には雪村さんが行使していたような五大咒術。肉体治癒の再生咒術。主に武器創造に使われる創造咒術。他にも色々と存在するのですが、まあ、今は置いておきましょう」
あの武器は中津が事前に創ってたのか。
「まあ、これも関係は無いのですが――――――私が昨日最後に使ったような、一般的には“特殊咒術”と呼ばれるものも存在します」
最後……ってーと。
「なんか言った後に強くなった劍のことか」
「はい、武刃槌命之劍、戟化の限界を消滅させるという咒術です」
「ふーん。他に一言っ」
「へっ? えーっと、“特殊咒術”は基本的には先天的なものだと聞きます。……まあ、当然のように例外は存在するらしいですが」
「他に一言っっ」
「……話がずれてしまってましたね。ええと――――――」
無視したらオーケーみたいな扱いなってないか、俺の扱い――ってそれより――
「ちょっと待ったっ」
「何ですか、もうっ?」
「……確か咒鬼ってのは、脳を壊されたら再生できねえんだろ。なら、どうして俺は…………」
生きているんだ――――――――
「そ、それは…………」
言い澱む中津。
「ごめんなさい……。私にもどうしてなのかわからないんです。再生咒術の高位の術、なんだろうと思うんですが……」
可能性としては低いが、魂からの肉体の再生が先輩には可能だったのかもしれません、と続ける。
「魂からの肉体の再生? どういうことだ」
「えーと、正直これは荒唐無稽な話なんですが……」
「荒唐無稽って、咒鬼とかいう存在がいる時点で十分、現実味がねえよ。話してくれ」
「……わかりました。では、咒鬼の構造についてから。まず、私が先輩の脳を切り裂いた時に、終わりを確信したのは何故だか、わかります?」
「そんなの――――――――」
脳が潰れたら考えることが出来ない。やられたという感覚すらも認識できない。意識が無いんだ。
「だったら――――――――」
その後は物言わぬ屍と同じだ。再生しろという信号すら発せられないんだから。
「その通り。脳の破壊は他の箇所とは違い、不可逆的な死と等しい。私もそう思ってます。ですがこういう考え方も有ります。脳が壊されたのならば、魂が代わりに再生させたのでは、という」
「は……? 魂?」
魂って考えるものなの?
「そもそも魂とは肉体に宿る肉体以上の高次元的な霊魂です。そして咒術とは本来その魂への攻撃を可能とした手段」
「た、魂への攻撃? な、何言ってんの?」
「えーっと、創造咒術っていう主に武器形成のための咒術がありますよね。あの武器は本来、霊的な攻撃性を有したものなんですが、物質具現時に物理的な攻撃性もついてくるって話です」
「は? 物質具現?」
「はい。ですが“武具”と呼ばれる武器位階の強さのものでは、物理的な攻撃性が主なんです。物理的な攻撃性は肉体への攻撃を目的にしたもの――――魂自身の装甲は堅固すぎて、魂が宿る肉体破壊を狙うしかできないんです」
「………………お、おう」
「本来、肉体無くして魂は活動できない――――そういう条件があるからこの戦法は有効なんですけど」
「……………………は、はあ」
「わかりますか、せんぱいっ?」
いつのまにか中津の顔はにこにこしている。
「…………あのさ、話変わってない?」
「えっ?」
「魂が考えるとかどうとかって話しじゃなかったっけ?」
「……。…………。………………。――――――――――そう言えばそうでした、ね」
…………やっぱり。
「しかもよ、わけわかんない話しやがって、何笑ってんだ」
「わ、笑ってなんかいませよっ。ただ先輩に仕返しが出来て楽しいなあ……なんて思ってませんよ。全然思ってませんからねっ」
……仕返し、か。
「気にするな気にするな。さあ、本題に戻ろう――――――」
いつか何らかの仕返しをしてやるからな、覚えてろよぉぉぉ。
「そ、そう言って頂けると助かります。え、えーっと魂の話しでしたね。先程言った通り魂は普段、肉体の脳で思考しているんです。でも魂自体、肉体無しでも考えることができるかもしれない、ですね」
「でも、脳を壊されたら普通、思考することはできなくなり、そのまま肉体は再生すること無く、朽ち果てる、だよな」
「はい、朽ち果てて消滅します。これは咒術関連のものは全てそうなる運命なんです。氷杭や武器なんかも含まれます」
血も臓器も、か。
「それで魂は実態のわからない霊魂です――物事に例外が存在するように、肉体無しで活動できる魂が存在するのかもしれません」
「かもしれません、か」
「はい、結局の所、憶測の域を出ません」
「なるほどな。つまりはわからないってことか」
この話し自体、意味があったんだろうか?
「わ、私は先輩を翻弄できて良かったですよっ――――――って違います違いますっ。う、嘘。嘘ですっ。そんなこと微塵も思ってませんっ」
慌てて訂正する中津。
「そっかそっか」
…………覚えてろよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。
「えっと魂のことを除いて言いたかったことは、ウーヌスが咒術の威力、多様性において先輩を遥かに凌駕してるってことです」
言い放った後、その顔は昏かった。
「…………つまり、まともに戦えば先輩には勝ち目が無い、ということで、す……」
悄然と俺に謝るような声。
「……ばーか、おまえが気にすることじゃねえだろ」
「気にしますっ。私にも関係ありますっ。私は先輩のお手伝いをするって言ったんですからっ」
「あっ、悪い…………」
ごめんな中津。
「忘れてたわ……」
「忘れないでくださいよっ!! 全くもう…………せっかく仕返しが少し出来たっていうのに」
「悪い、悪い。冗談、冗談…………忘れてなんかねえよ」
ただ、今は穏やかな時間だ。気持ちの良い涼しい風が吹いている。程々に心地よい夏日が射している。そして何よりも――――――――血の匂いがしない。
怒りも今は少し、収まっている。
なら、楽しく、面白おかしく話をしねえとな――――今は。
「……それと先輩、一つ忠告しておきたいのですが」
忠告……? なぜか中津は暗然とした表情だ。
「なるべく、怒りを抑えてくだ、さい……」
――――――――――怒りを抑えろ?
「それは昨日の“ヲレ”のことについて注意してくれって言ってるのか」
「はい。あの状態では先輩の力は著しく向上しています。先輩の限界を遥かに超越しています。間違いありません……」
……………………。
「ウーヌスと渡り合うにはあの力が必要でしょう……」
…………………………。
「でも、あの力は、おぞましい、禍々しい――――――先輩が一番、わかっていますよね…………」
………………………………禍々しい、か。ああ、あれは確かに。
全身が灼き尽くされるような感覚。体中が凶へと堕ちるような感覚。殺意だけで塗り潰されるような感覚。
ああ、あれは恐ろしい。殺戮を厭わぬ鬼になってしまう。それ以外は何も考えられなくなってしまう。俺が俺でなくなってしまう。
だから――――――――
「――――――――あんなのにはなんねぇさ」
こちらからお断りだ。ご免こうむる。
「…………よかったです」
安堵の表情。
「っと、話は変わるんだけど、おまえ、今日の決戦に来るつもりなんだよな?」
ウーヌスは一対一の戦いを望んでいるが。
「はい、私は先輩の手伝いをさせていただきたいと申し上げましたから。私にはこれぐらいのことしかできませんから…………」
これぐらいのこと、ね。
「中津――――――ありがとな」




